第四十四話:放たれた金貨①
「——!」
秒針が頂点を指したあと。
サァアア……
気づけば、森の中にいた。
(……懐かしい)
静かな森に、ぽつんとひとり。
それは、ひと月半ほど前、
この世界に来た日とよく似ていた。
ただ、その時と違うのは、
知らない服と、傘の代わりの——剣。
腰に巻かれたベルトに下がる鞘に、視線を注いだ。
「……」
試しに抜いてみようと、柄に手をかけた。
(……音鳴らしちゃ、だめなんだっけ?)
そんな話を聞いたことがあるような、ないような。
……スゥ。
念のため、慎重に鞘から剣を抜いた。
「わぁ」
(剣だ……)
鋼色の剣身を、日の光がなぞった。
光はまっすぐ反射していて、凹凸が少ないことが分かる。
とてもよく切れそうだ。
「……」
辺りをゆっくりと見回した。
目に映るのは風にそよぐ木々ばかりで、人の影どころか動物の気配もほとんどない。
遠くからわずかに聞こえる鳥のさえずりと、風の音だけが耳をくすぐった。
(……近くに人はいない)
正面に向き直って剣を構えた。
そして、
ブンッ、ブンッ!
二回、左右に振ってみた。
(……うん。大丈夫そう)
感覚は、傘を振るときと変わらない。
それが分かって、ほっと息をついた。
「……あっ」
はっと、急いで剣を納めた。
まずは地図を確認しようと思っていたのに、すっかりと忘れていた。
(えっと……地図)
心の中で唱えると、目の前に地図が浮かび上がった。
周りは青く、海に囲まれているのが分かる。
地図のほとんどを占める島は、森だったり町だったり……。
とても大きな島というわけでもないのに、所々に人が集まりそうな場所があって、なんだか不思議な島だった。
(……あ)
地図の一点、赤い小さな丸が光っていた。
おそらく、
そこが今、自分がいる場所なのだろう。
(地図の下側だから……南)
地図は北が上。
それは、この世界でも同じだった。
今私は海から森に入ってすぐ、ちょうど真南の位置にいた。
そこから一番近い町を探すと、ここから北東の位置にある町が一番近そうだった。
(よし)
町を見つけてすぐ、向かいはじめた。
宝の数は限りがある。
うかうかしていたら、すぐに他のプレイヤーが見つけてしまうだろう。
(フィンも見てるし、がんばろう)
ひとり張り切って、
森の奥へと進んでいった。
***
《エヴァン視点》
「おいしい!」
〔……〕
〔……〕
にこにこと美味しそうに料理を頬張っているフィンと、大人しく果物を食べているネロたち。
さっきまでは喧嘩をしていた二人だったけど、
「ごはん、おいしくたべたい」
フィンの一言で、両者とも口を閉ざした。
(この中で一番強いのは、実はこの子かもねぇ)
トーマはネナちゃんに弱いし、そのネナちゃんもこの子に弱い。
一番厄介な妖精もこの子にかかればすぐに大人しくなる。
加えて、
もぐもぐ……
「……?」
見られていることに気づいたフィンは、不思議そうな顔をして首を傾げた。
にこっ。
笑顔を向けた。
フィンは一瞬目を丸めたあと、すぐに笑い返した。
(内面的な話だけじゃない)
フィンはこの歳にして、セイレーンの歌を止めるほどの魔力を持っている。
正しい魔力の使い方を学び訓練を重ねれば、
恐らくは俺と同等、もしくはそれ以上の闇の魔力使いになるだろう。
(偶然なのか、運命なのか)
能力開花のタイミングで、師としてこれ以上ない人間が側にいるなんてことそうそうない。
運が悪い時には、
魔力が暴発し、巻き込まれた家族が死んだケースもある。
特に闇と光は扱える人間も多くない。
俺たちですら、魔法学校に入るまでは独学で扱いを学んだ。
安全が確保されていて、のびのびと魔法を使える環境がどれほど恵まれているのか、
痛いほどよく知っている。
(心の抑圧は、成長を止める)
「なくなっちゃったぁ……」
フィンは料理がなくなった皿を見つめ、残念そうに呟いた。
パチンッ。
「えっ?!」
何もなかったはずの皿の上に、小さめのケーキが現れると、
フィンは目を大きく見開いて、あんぐりと口を開いた。
「もうすぐゲームが始まるから、とりあえずそれだけね」
「!」
驚いているフィンにそう伝えると、フィンは満面の笑みで頷いた。
(純真だねぇ……)
自分で抑圧を振り切った人間は、大抵どこかネジが飛んでいる。
魔塔に集まる人間に変人が多いのは、そういった背景があるからだ。
(なるべく、このままでいてほしいなぁ)
この無垢な子どもが健やかに成長できるよう、密かに願った。




