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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
六章:船上の遊戯盤
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第四十三話:王座への羅針盤



「ん〜〜っ!」


フィンは膨らんだ頬に両手を当てて、感嘆の声を上げた。

きらきらと、まんまるの目が輝いている。


(フィンはほんとに、おいしそうに食べるなぁ)


ぱくぱくと、頬をほのかに赤らめて食べる姿に「ふふっ」と声が漏れた。



みんなと部屋で過ごしていたら、あっという間に晩餐会の時間がやってきた。


甲板には昼間はなかったテーブルやベンチが増えていて、至るところに装飾も施されていた。


手すりの縁からは淡い光が滲んでいて、辺りを優しく照らしている。

海面にも反射していて、波に揺らめく光は幻想的だった。


基本的には立食のようで、ベンチに座っている人もいるけれど、立っている人がほとんどだ。


そんな中、私たちは展望デッキの隅にあるベンチで料理を楽しんでいた。



『ここが一番、観やすいんだって』


料理を取り終えたあと、エヴァンさんが船長さんから教えてもらったと言って笑った。


ゲームの様子は、空に映像が映し出されるらしい。

だから展望デッキの方が首が痛くなりにくいのだと、エヴァンさんは補足した。



(ゲーム観戦もだけど……)


船尾の先、深い藍色が広がる海を見つめた。


いつも甲板に訪れるのは昼ばかりで、夜に来るのは初めてだった。


暖かい海風が、そっと髪を揺らす。


リベルタを離れて一週間以上が経った。

薄着でも心地の良い夜風が、着実にプルーヴィアへと近づいていることを教えてくれる。


(あっという間だなぁ)


残りわずかな船旅に、

もっと早く夜の海を見に来たらよかったと、少しだけ悔やんだ。


今日は多くの人で賑わっている甲板だけど、普通の日ならここまで人は多くないはず。


(夜散歩、しに来ようかな)


明日来てみようと、ひっそり予定を立てていたとき、



「音凪、そろそろ時間だ」



透真が声を掛けた。

小さく頷いて、そっと立ち上がる。



「それじゃあ、フィン。いってくるね」


「うんっ! ネナ、トーマ、がんばってね!」


応援してくれるフィンに笑みを返す。

そして、フィンの隣に座るエヴァンさんに頭を下げた。


「フィンのこと、よろしくお願いします」


「安心して行っておいで〜」


エヴァンさんはひらひらと手を振りながら、ヘラッと笑った。


〔ネナチャ ガンバッテ!〕


〔ネナ! 頑張ってもいいけどそいつより先に捕まりなさい!〕


〔ネナチャアト! ネロカツ!〕


〔そんなの許さないし!〕


〔ネナチャカツ!〕


〔ああん?〕


ミントとネロは額をくっけて睨み合う。

さっきまでそれぞれ料理に夢中で静かだったのに、またケンカが始まってしまった。


「……ミントのことも、よろしくお願いします」


そう口にして、もう一度頭を下げた。



フィンに手を振って、透真とふたり二階の食堂へと歩き出す。

甲板から出る前にお皿を返却し、船首側の扉から船内に入った。



キィイ……パタン。



扉が閉まった途端、

外の賑わう声が遠くなった。


ゆっくりと階段を降りはじめると、

しんとした空間に二人分の足音が響いた。



(……緊張してきた)


静かになったからか、急に胸がばくばくしはじめた。


私はたまらず、透真に話しかけた。



「どきどきするね」


透真はちらっと私を見て、


「そうだな」


静かに笑みをこぼした。


透真はきっと、本当は緊張なんてしていないのだろう。

私に合わせてくれていると分かっているけれど、

それがむしろ、うれしかった。



「透真は何にするか決めた?」


少しでも緊張をほぐすため、会話を続けた。


透真はすぐに頷いて、


「魔法士」


と答えた。


このゲームは、暗示系の魔法で作られた仮想世界の島を舞台に行われる。


現実世界での魔力やスキルは使えず、事前に選んだ職業の能力を活かして宝を集め、そして最後まで生き残ることが勝利条件だった。


選べる職業は、

『魔法士』『武闘家』『弓術士』『斧使い』『商人』『剣士』の六つ。


職業専用の能力は、集めた宝の数と時間の経過で段階的に解放されていくらしい。


(魔法士は遠戦が得意だけど、目立ちやすくて、人伝の情報が集めにくい)


仮想世界には、情報を教えてくれる人が色んな場所にいる。

宝の情報はその人たちから聞くのが一番簡単なようだ。


弓術士も遠戦が得意だけど、魔法士と違って目立ちにくく、情報も得やすい。


(それなのに魔法士を選んだのは……)



「弓は難しそうだもんね」


透真は弓を扱ったことがない。

同じ遠戦職なら、魔法士しか選択肢がなかったのだろう。


「興味はあるけどな」


透真はふっと目元を緩めた。

そして一拍、私の腕へと視線を移した。


「音凪は……」


それだけで、透真が何を言おうとしているのかはすぐに分かった。



「……うん。剣士だなって」



ゲーム内で傘は使えない。


だけど、剣として一緒に戦ってきた経験がある。


私にとって、剣士以外はあり得なかった。



(傘を使っていなかったら、商人を選んでいただろうけど)


商人は戦闘は一切できない代わりに、他の職業より抜きん出て情報を得やすい。


そして唯一、鬼に対して交渉ができる。


(捕まらないように、頑張らないと)



そう、このゲームには鬼がいる。



鬼——狩人は開始時に五人。

時間の経過と共に人数は少しずつ増え、私たちプレイヤーを捕まえるために追ってくる。


さらには狩人だけではなく、プレイヤーは魔物からも狙われる。


脱落条件は狩人に捕まるか、仮想世界での死。


(あとは、他のプレイヤーへの攻撃)


そんなことは全く考えてはいなかったけれど、念入りに注意喚起のアナウンスがされていたから、しっかりと頭に残っていた。


残りの職業、『武闘家』『斧使い』『剣士』の違いは、

戦闘スタイルと俊敏性、ダメージ量がそれぞれ違うくらいだった。



二階まで降りて、食堂に近づいてきた。

入り口の前まで着くと、透真が静かに足を止めた。



「……あいつらは勝てとか言ってたけど」


そう切り出した透真を、ゆっくりと見上げる。



「気にせず、楽しもう」



目を細めて笑う透真に、私もそっと微笑んだ。


間もなくして、

どちらからともなく、食堂へと入っていった。



(あれ?)


三階の食堂とは違って、二階の食堂は広いテーブルがいくつか置かれていたはず。

それなのに、今は三階のように仕切られているようだった。


首を傾げながら、透真と受付をしている船員さんの元に近づいていった。



「参加者専用の腕輪をこちらにかざしてください」


指し示された石板に、私と透真は順番に腕輪をかざした。


「ありがとうございます。確認が完了いたしましたので、お席にご案内いたします」


船員さんの先導で奥へと進んでいく。


「……!」


長机に間仕切りを立てているのかと思っていたけれど、そうではなかった。


席は一つ一つ、箱を並べて区切られていた。


(机、どこいっちゃったの……?)


元々あった机は大人二人分の身長くらいの長さで、奥行きも両腕いっぱいほどの広さがあった。


折り畳めそうな物でもなかった。

狭い通路を運ぶのは難しいだろう。


(……きっと、魔法)


あらためて、

「魔法は便利だ」と、ひとり頷いた。



「こちらと、こちらでございます」


足を止めた船員さんは、背中合わせの箱を順番に手で示した。


どちらがどちら、ということはないようだ。

私と透真はそれぞれ近い方を向いた。


扉の取手を握り、顔だけ振り向いて、



「それじゃあ……あとでね」


「ああ」



束の間の別れを告げて、

私たちは箱の中に入っていった。


箱の中には、三方の壁で支えられているテーブルと椅子しかなかった。


そーっと椅子を引いて、

ゆっくりと腰を下ろした。瞬間、



パッ!


「?!」


目の前に、人の顔が飛び出した。


『はじめまして』


「……は、はじめまして……」


肩から上しか見えていない女の人が微笑んでいる。

よく見ると、これは映像のようだった。


(びっくりした……)



『この度はゲームへのご参加ありがとうございます。

 私、ゲーム説明担当のケイトと申します。

 どうぞよろしくお願いいたします』


「よろしくお願いします……」


まだ落ち着かない胸の鼓動を整えながら、小さく会釈をした。


『ゲーム説明に入る前に、お飲み物をご用意いたします。

 こちらよりお選びください』


ケイトさんが示した方向を振り向くと、右の壁にメニューが表示されていた。


「お水で、お願いします」


『かしこまりました』


ケイトさんが頷いて、ひと呼吸。

テーブルの隅に、コップと見覚えのある筒が現れた。


『そちらの筒の中にお水が入っております。

 お好きな分だけ、お注ぎください』


ケイトさんにお礼をして、静かにコップを手に取った。

そして少しだけ水を注いで視線を戻すと、ケイトさんは再び話しはじめた。



『それでは、さっそくゲームの説明をさせていただきます』


その言葉を合図に、

今度はケイトさんの上に、また新しい映像が現れた。


『本日のゲームは、私の上に映っている島が舞台となっております。

 皆様は島の至る所に隠された宝を探し出し、解放された能力を駆使して最後の一人を目指してください』


『脱落の条件は、

 狩人に捕まるか、ゲーム内で死亡するか、他プレイヤーへの攻撃が確認された場合です。


 他の人との協力は問題ありませんが、勝利条件は

「最後の一人になること」

ということを、お忘れなきようご注意ください』


『また例外として、最初の二十分は狩人に捕まっても死亡しても脱落はしません。


 ただし、死亡及び捕獲後は初期位置に強制移動し、集めた宝は別の場所に隠されます。

 そのため、安易に行動なさることはお勧めいたしません』


ケイトさんはその後も丁寧に説明を続けた。

私は時折小さく相槌を打ちながら、聞くことに集中した。



『……以上で、説明は終了でございます』


どれくらい経っただろうか。

一通りの説明が終わると、ケイトさんはそう締めた。



『ご不明点、ご質問はございますか?』


きょとん。


(しつ……もん)


聞き逃さないように精一杯で、疑問を持つ余裕もなかった。


しばらく考え込んで、


「その……

 お宝は、見てすぐに分かりますか?」


こんなことしか浮かばなかった。


『それはですね、分かるとも分からないとも言えます』


「……?」


首を傾げた。


『事前に情報を知っているときは、現物を目視した瞬間にそれが宝だと本能で気づきます。

 しかし情報がない場合、宝に触れるまではそれが宝だと気づくことは難しいでしょう』


なるほど、と頷いた。


(触れたら、能力が解放されるから……)



『他にご質問はございますか?』


「……いえ、大丈夫です。

 ありがとうございます」


これ以上考えても、新しい疑問は浮かびそうになかった。


(またそのとき、考えよう)


ケイトさんは

『こちらこそ感謝いたします』

と言って微笑むと、


『最後に』


そう紡いだ。


じっと、ケイトさんの言葉を待つ。



『プレイヤー名は——ハルミ。

 ハルミ様で、お間違い無いでしょうか』



この世界に来て、

初めて呼ばれた——私の姓。


「……はい」


受付のとき、

観客にプレイヤーの名前を公開するからと、

呼び名の記入を求められた。


あまり目立ちたくなかった私たちは、ふたりとも自分の苗字を記入した。



(これからも……苗字を名乗るつもりは、ないから)


だから、問題ないだろう。



『ありがとうございます。

 それでは私からは以上になります』


「ありがとうございました」


小さく頭を下げた。

顔を上げると、ケイトさんの横にまた新しい映像が映し出された。


(時計……?)


丸い形に、秒針のような物が付いている。

今は二時あたりを指していて、ゆっくりと下がり続けていた。


『こちらの針が頂点に戻ったら、ゲーム開始です。

 開始まで、もうしばらくお待ちくださいませ』


ケイトさんはにこっと笑った。

やがてすぐに、

ケイトさんの映っていた映像は、静かに消えていった。


「……」


訪れた静寂に、ふっと息をついた。


時計の針はゆっくりと、だけど確実に進んでいる。


(また、どきどきしてきた)


心臓の音が、今にも聞こえてきそうだ。



ゲームが始まったらまずは町を目指す。

そこで情報を集めて、宝を探しに行く。


(……うん)


島の地図はゲーム開始と同時に配布されると言っていた。

始まったら、それも確認しなければ。


「……」


気を紛らわそうと色々考えるけど、余計に緊張してきた。


(……道に迷わないかな)


そんな心配ごとも浮かびはじめた瞬間、ふと。



『気にせず、楽しもう』


透真の言葉が過った。



「……すぅー……はぁー……」


深呼吸をして、心を落ち着かせる。


(うん。せっかくだから、楽しまないとだよね)


失敗したって、何かを失うわけでもない。

ただ、思い出が増えるだけ。



ゆっくりと瞼を閉じて、

そのまましばらく、じっとした。



そして、

そっと、瞼を開いた。



時計は——頂点を指そうとしていた。



(行こう)


楽しむための、仮想世界へ。




カチッ——。




第四十三話

船上の遊戯盤-王座への羅針盤- 完

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