第四十二話:裏面の恋心
「……この方たちはお知り合いですか?」
女の子は私から視線を外さないまま、エヴァンさんに尋ねた。
「そうそう、知り合い」
ぴくっ。
すぐさま頷いたエヴァンさんに、女の子の眉が跳ねた。
「……そうですか」
わずかに落ちた女の子の声。
「……」
なんだか、睨まれている気がする。
吊り目だからそう感じるだけだろうか。
そう受け流すには、あまりにも視線が鋭い。
それに、
(この感じ、どこかで……)
馴染みのある状況に、うーんと頭を捻る。
……はっ!
反射的に顔を上げた。
(思い出した……)
学生の頃、
透真のことが好きな子たちから向けられていた視線と——同じだ。
(透真のこと、好きなの? 初めて会ったのに?)
よく分からず、首を傾げた。
だけど思い返せば、私自身は初対面の子に嫌われていることも多かった。
それなら、その反対もきっとあるんだろう。
「……」
数秒、頭の中が止まって、
——ぎゅっ。
透真に抱きついた。
「?!」
透真は突然抱きついた私に驚き、わずかに体を跳ねさせた。
女の子の鋭い視線が、少しだけ和らぐ。
「ね、音凪……?」
「……うん?」
「え?」
私たちはじっと見つめ合った。
しばらくすると、透真はゆっくりと視線を逸らした。
「……いや、やっぱいい」
なにを言おうとしたのだろう。
気にはなるけど、透真はこれ以上言うつもりがないらしい。
私は透真からそっと体を離して、
女の子へと視線を戻した。
(……あれ?)
女の子はいつの間にか私たちから視線を離していた。
エヴァンさんに向けた体は片側に重心を落とし、細くたくましい右腕は腰に添えられていた。
女の子は自身よりも頭ひとつ分以上高いエヴァンさんを見上げて、静かに口を開いた。
「幼子に叱られるなんて、いったい何をされたんですか?」
「いや、誤解誤解!」
じとっと見つめる女の子に、エヴァンさんは苦笑いを浮かべた。
「誤解ですか」
「うんうん。
ほら、フィン! 俺のこと叱ってたわけじゃないよね?」
フィンに助けを求めたエヴァンさんに、フィンはきょとんと目を丸めた。
少しして、「あっ!」と声を上げると、口元を押さえてこくこくと頷いた。
「……言わせてません?」
「言わせてないって〜」
余計怪しまれてしまったエヴァンさんは、少しだけ困っているような声で返した。
そのやりとりを見て、フィンが慌てて女の子の前に立った。
「おねえちゃん、ぼくがだめってしたの、エヴァンじゃないよ!」
フィンは言葉だけでなく、手を大きく振りながら説明した。
その懸命な訴えに、女の子はようやく納得したようで、
「それならいいんです」
眉をわずかに下げた。
「誤解が解けてよかったよ。
フィン、ありがとう」
エヴァンさんは小さく息を落として、フィンの頭を撫でた。
そんなエヴァンさんを、女の子は静かに見つめている。
(……あ)
その眼差しに、気づいてしまった。
——透真じゃなくて、エヴァンさんが好きなんだ。
「……エヴァン様」
「うん?」
女の子の目つきは元に戻っていて、エヴァンさんに声を掛けると、鞄の中から小袋を取り出した。
「明日の分です」
「あっ、助かるよ」
エヴァンさんは小袋を受け取って、女の子の頭にそっと手を乗せた。
「ありがとね」
「……」
女の子の眉間に皺が寄った。
それは一見、嫌がっているようにも見えるけど——
(よろこんでる……?)
どことなく、うれしそうに見えた。
ふと、
中学生の頃、近所で見かけた猫を思い出した。
最初は警戒心が強くて、少し近づくだけでも逃げていた猫。
鉢合わせる回数が増えるたび慣れてくれたようで、ひとつ学年が上がる頃には撫でさせてくれるようになった。
その子は撫でられているときも鋭い目つきをしていたけれど、喉はゴロゴロと鳴っていてうれしそうだった。
(にゃんこ……)
そういえば、この世界ではまだ猫を見かけていない。
プルーヴィアでは会えるだろうか。
そんなことを考えていると、エヴァンさんがこちらを向いた。
「そういえば、俺の船酔いのこと話してなかったよね」
船酔い……?
(あ、そういえば……)
『気になるなら後で話すよ』
そう言われて、そのままになっていた。
「彼女はシンイー。
ツェイファ国の薬師で冒険者だよ。
各地を冒険しながら、様々な薬草を集めてるんだよねー」
エヴァンさんはシンイーさんの顔を覗き込んだ。
シンイーさんは冷たく「近いです」と言い放って、
エヴァンさんとの間に手を入れた。
「ごめんごめん。
で、彼女とは元々知り合いだったんだけど、たまたま同じ船に乗ってたことが分かって、それから船酔いに効く薬を出してもらってるんだよねぇ」
「そうなんですね」
相槌を返すと、
シンイーさんはまた私をじっと見つめた。
「……こちらは?」
探るような声と表情。
「彼はトーマで、彼女はネナちゃん。そしてこの子はフィン。三人とも冒険者だよ」
シンイーさんの目が、わずかに見開かれた。
だけどそれもほんの一瞬で、
(気のせい……かな?)
すぐに頭の片隅へと置いた。
「フィンです!」
「……音凪です」
小さく会釈をすると、
シンイーさんは「どうも」と短く返した。
「……そういえば、シンイーもプレイヤーとして参加するんだよね」
何となく気まずい空気の中、エヴァンさんがシンイーさんに話題を振った。
「はい。プレイヤーの方が賞品狙えそうなので」
シンイーさんは最後の一人を目指しているようだ。
私も頑張りたいとは思うけど、シンイーさんほどの自信はない。
「トーマとネナちゃんもプレイヤーとして参加するんだよ」
「ほら」と、
エヴァンさんは私たちの手首にある腕輪を指し示した。
「……そうですか」
シンイーさんの声が、わずかに落ちた。
(……なんだか、また睨まれてる気がする)
シンイーさんが好きなのはエヴァンさんのはずなのに、どうしてこれほどまでに鋭い視線を向けられているのか、私には分からなかった。
スッと、シンイーさんの目が細められた。
——カツカツ
(……?)
突然、シンイーさんは動きだして私の前までやってきた。そして、
むにっ。
大きな胸を、体に押し当てられた。
「芋くさいあなたには、絶対に負けませんよ」
睨み上げながら強く言い切ったシンイーさんに、ぽかんとする。
(……いも?)
思わずゆっくりと、透真を振り返った。
「……いも?」
透真は何とも言えない表情をして、小さく首を振った。
「大丈夫。服の配色だけだ。
旅をするなら今のままで問題ない。
汚れも目立ちにくいし、落とせなくても替えが効きやすい。
自然色だから魔物たちにも見つかりにくい」
透真が気にするなと諭している間に、シンイーさんは私から体を離した。
「それでは、失礼します」
サッと、それだけ言い残して、
シンイーさんは船内に続く扉へと向かっていった。
「ごめんね〜。あんな感じだけど、悪い子じゃないから」
シンイーさんの姿が船内に消えると、エヴァンさんはこちらへと振り返ってそう言った。
(悪い人じゃないのは、何となく分かる)
ただ本当に、エヴァンさんのことが好きなだけなんだろう。
「ネナ、おイモのにおいするの?」
フィンが首を傾げた。
(……)
すんすん。
「しない……と思う」
念のため、肩に鼻を寄せて確認してみたけれど、自分ではあまり分からなかった。
「……フィン、芋くさいは"芋みたい"って意味だ」
「? ネナはおイモににてないよ?」
「そうだな」
透真はフィンの頭を撫でながら頷いた。
フィンはきょとんとしている。
「服の色が似てるねってことみたい」
よく分かっていないフィンのためにそう付け加えると、フィンは目を見開いた。
「ほんとだ! おイモとにてる〜」
分からなかったことが分かって、フィンはうれしそうに笑った。
「でもな、フィン。
殆どの人は『芋くさい』と言われても、うれしくないんだ。
だからフィンは言わないように気をつけような」
「わかった!」
フィンは元気よく返事をすると、
少しの間、考えるようにじっと遠くを見つめた。
「……あっ!」
何か閃いたようだ。
「トーマがかったお洋服なら、おイモにみえないよ」
「…………え?」
(透真が買ったお洋服……?)
一体何のことだろうと透真を見ると、少しだけ焦っているような顔をしていた。
「……透真?」
透真はわずかに引き攣った笑みを浮かべて、静かに目を逸らした。
透真は答えるつもりがないみたいだ。
だけど、私の疑問にはフィンが答えてくれた。
「お洋服やさんいったときにね、トーマがネナの服いっぱいかってた!」
「……!?」
「え?」
今度は横で聞いていたエヴァンさんも、驚いた声をこぼした。
透真はバツの悪そうな顔をして、
「……何があるか、分からないから……」
はっきりしない声で答えた。
目を合わせようとしない透真を、まじまじと見つめる。
(いっぱいって、どのくらい買ったの……?)
高校の時もそうだった。
私は無難な無地の服ばかり着ていた。
そんな私に透真は
『たまにはこういうのもどう?』
なんて言って、おしゃれな服を勧めた。
『かわいいけど、安いのでいいかな』
そう返すと、透真はその年の誕生日にたくさんの服を贈ってくれた。
(できれば、私にお金を使ってほしくないけど……)
透真は自分がコーディネートした服を着てもらうのが楽しいらしい。
将来の夢の勉強にもなるからとも言われてしまえば、何も言えなかった。
「……」
透真は怒られると思っているのか、今も気まずそうに目を逸らしている。
「透真」
名前を呼んだ。
少し待っていると、透真は観念したかのように、ゆっくりと私に視線を向けた。
「あとで……着てみてもいい?」
透真の目が大きく見開かれた。
予想していなかったのだろう。
透真はじっと私を見つめたあと、
ふっと目元を緩ませて頷いた。
「ネナのあたらしいお洋服、ぼくもたのしみ!」
フィンがにこっと笑った。
応えるように、そっと笑い返した。
透真は驚いていたけれど、買ってしまったのだから、着ないのはもったいない。
それに、
(勉強のためだもんね)
元の世界に戻るために旅をしているのだ。
戻ったあと、少しでも遅れを取り戻せるように——
そう思っていた。だけど、
「……」
部屋に戻ってきて、早速透真は服を見せてくれた。
「……これは、買いすぎだと思う」
「……」
ベットの上に広げられた、たくさんの服。
軽く数えただけでも十着近くありそう。
さらにはどれもスカートばかりで、旅の移動には不向きだった。
じーっと透真を見つめる。
透真はまた目を逸らした。
「これかわいい〜!」
〔ネロ コレスキ!〕
〔はあ? こっちの方がいいでしょ!〕
「〜っふ、……ぶふっ」
服を見てはしゃぐフィンと、ケンカするミントとネロ。
私たちのやり取りを見ながら笑いを堪えてるエヴァンさん。
四人の賑やかな声が響くなか、
私と透真の無言の攻防は、
しばらく続いた——
第四十二話
船上の遊戯盤-裏面の恋心- 完




