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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
六章:船上の遊戯盤
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第四十一話:揃えられた役



私が、プレイヤーとして参加する……?


テーブルの上で、大きく胸を張っているネロ。

その姿を呆然と見つめた。



〔ばーか! ネナはフィンと一緒に観戦するから出ないっての!〕


ネロを見下ろしながら言い放ったミントの言葉に、ネロはこれでもかというほど目を丸めた。



〔ネナチャッ?!〕


ネロは"うそだよね?"と言いたげに、私を凝視している。


(ネロには悪いけど……)



「……ごめんね、ネロ。私は出ないよ」


ミントの言う通り、私は出るつもりはない。

ネロは余程ショックだったのか、目を大きく見開いたまま固まってしまった。


(人前に出るのは、苦手)


参加人数は分からない。

だけど、観客の人数よりは圧倒的に少ないはず。

多少なりとも、注目されるだろう。


〔ネナチャ オネガイ〕


息を取り戻したネロが縋るように見つめてくる。

もう一度、出る意思がないことを伝えようと口を開いたとき。


くいっ。



「ネナ、おたからさがしするの?」



控えめに、フィンが服を引っ張った。


「えっ……?」


下を向くと、フィンが私をじっと見つめていた。

その眼差しはなんだか、期待しているようで——


「ぼく、ネナとトーマのおうえんする!」


眩しい笑顔で、フィンは宣言をした。



——くらり。



「……でようかな」


注目されるのは苦手だけど、フィンが期待しているなら、頑張りたい。



〔はあっ?!〕


ミントは絶叫とも言えるような声を出した。


〔ネナが出るならあたしがネナに賭ける!〕


ミントがネロに詰め寄ると、

ネロはぷいっとそっぽを向いた。


〔ネロサキ〕


〔はぁああっ?!〕


ピキピキという音が聞こえそうなほどの鬼の形相で、ミントはネロを睨みつけた。


ネロの主張は妥当だと思うけれど、そんなことミントには関係ないようだ。


〔ずるいずるいずるい! 文句言われると思ったからネナにしなかったのに!〕


ミントは空中でひっくり返って、じたばたと手足を振り回した。


「文句……?」


(私が言うと思ったってこと?)


言うかなぁ、なんて首を捻っていると、ミントは素早く透真の元へと飛んで行った。


〔こいつがいくらぜんぶふぉっ!〕


「?!」


ミントが何かを言いかけた瞬間、透真がミントの頭を鷲掴みにした。



「と、透真……?!」


「……」


〔ふごっ! んごぉおお!〕


透真の大きな手に頭をすっぽりと覆われたミントは、苦しそうに足をバタつかせてもがいている。


(息、大丈夫かな……)


ミントの息がもつか不安になって、ふと。



(妖精って、呼吸してるの?)



気にしたことなかったけど、どうなんだろう……?



「……俺が音凪より長く残ればいいんだろ」


〔!〕


ミントは両手で大きな丸を描いた。

それを見て、透真はパッとミントを手放した。



〔はあっ、はあっ〕


(あ、呼吸してるんだ)


ミントは顔を歪めて、大きく肩で息をしていた。



「話まとまった〜?」


黙って見守っていたエヴァンさんが、キリのいいところで声を上げた。


最初はあんなにふたりの仲裁をしていたのに、途中から息を潜めて存在感を消していたエヴァンさん。


「……」


透真がつかつかと、エヴァンさんに近づいた。


「えっ、何?」


エヴァンさんが顔を引き攣らせて、体を引いた直後、



——ガシィッ!



「飼い犬の躾は飼い主の役目だよな」


透真は、エヴァンの顔を鷲掴みにした。


「とっ、透真?!」


ミントだけでなく、エヴァンさんにまで乱暴を働く透真に困惑する。


(今日、どうしてこんなに凶暴なの……?!)


何か変なものでも食べてしまったのだろうか。

だけど、食べている物は私たちと同じで、

透真に限って拾い食いなんてしないはず。

だとしたら——



(また、体調崩してる……?)



「ご、ごべんって」


「……」


透真はゆっくりと手を離した。


入れ替わるように、私は透真の額に手を伸ばした。



「え……? 音凪?」


目を丸くして私を見つめる透真。

気にせず、手のひらから伝わる温度に意識を向けた。


(……熱はない)


ふっと、肩の力が抜けた。


体調が悪いわけではないみたいでよかった。

だけど、それならどうして透真はあんなことをしたのだろう。


「音凪さん……?」


じっと、透真の顔を見つめた。



「……!」


(もしかして……)



——すごく、仲良くなった……?



そう考えれば、透真の行動もしっくりくる。


ここ最近の透真は、まるで藤咲くんたちと話しているみたいに、エヴァンさんと話していた。


それに、ミントとエヴァンさんの顔を鷲掴みにしたときの透真は、小学校からの同級生の知崎くんと遊んでいるときと一緒だった。


(懐かしい……)


高校を卒業してからまだ一年も経っていないのに、随分と時間が経っているような気がしていた。

大人になったと思っていた。


けれど透真もまだ、

仲のいい友だちの前では、学生の頃のようにはしゃぐようだ。


(こっちの世界でも、気心知れる友だちができてよかった)


うれしくて、気づけばにっこりと笑っていた。



「ネナー! はやくこーかん、いこうよ〜!」


「! そうだね」


焦れたフィンの声に、そっと振り向いた。


そのまま、部屋の出入口に向かって歩き出した。



「……」


「……え? 今の何?」


困惑するエヴァンさんの声は、騒ぐミントたちの声に掻き消された——。


***



「二名様の参加登録が完了致しました」



受付の船員さんが爽やかに笑った。



今夜のイベント関係の手続きは、

甲板の中腹に設置された受付で行なわれていた。


甲板はいつもの数倍の人々で賑わっていて、それだけ多くの人が乗船していたんだと目を丸くした。同時に、



(クラーケンを倒せなかったら……)



何十人……もしかしたら、百人以上の命が奪われていたかもしれないと、背筋が冷えた。



「開始三十分前には、二階の食堂までお越しください」


船員さんは参加者用の腕輪を二つ渡した。

私と透真で一つずつ受け取って、

早速、左手首に身につけた。


「それでは、引き続き良い船旅を」


船員さんに小さく会釈をして、私たちは受付から離れた。



「もうはじまる〜?」


フィンが私を見上げた。

コインの入った袋を、両手で大切に抱えているフィンは、相当今夜の晩餐会が楽しみなようだ。


「ううん。まだだよ」


「え〜!」


フィンは口をつんと尖らせた。

その愛らしさに頬が緩みそうになったのを、ぐっと堪える。



「お部屋で遊んでたら、きっとすぐだよ」


アイボリーのふわふわした頭をそっと撫でた。

飛び出ていた唇が、緩やかにほどけていく。


気持ちよさそうに目を細めるフィンに、小さな笑みがこぼれた。


(フィンの頭を撫でるの、久しぶり)


最近はミントが座っていることが多くて、触れることができなかった。


ミントは、基本的にずっとフィンの側にいた。

それは、

"よく今までフィンにも姿を現さなかったなぁ"

と思うくらいに。


そんなミントだけれど、今は……



〔……〕

〔……〕



エヴァンさんの肩に乗るネロと、睨み合っていた。


部屋を出た時から、ふたりはずっとこの調子だ。


大人しくしている分、まだいい方だけれど、

できることなら早く仲直りしてほしいと、そう思わずにはいられない。


(不安だなぁ……)


晩餐会がはじまったら、一時間後には私と透真は離れなければならない。

フィンのことはエヴァンさんにお願いすることになったけれど、フィンがいるなら当然ミントもいる。



〔吠え面かく準備しておきな〕


〔シナイ ミント、スル〕



——ものすごく、心配だ。



「……ほえづらかく……?」


ぼそっと、フィンが呟いた。


「ネナ、ほえづらかくってなに?」


無垢な瞳が、私をじっと見つめた。


「えっと……」


(どうしよう……)


汚い言葉を教えていいのだろうか。


(そもそも、吠え面かくって……何?)


ぼんやりとは分かる。

だけど、それを説明してと言われると、どんな言葉が正しいのかよく分からない。



「音凪」


フィンとふたり首を傾げていると、透真が私の肩に手を乗せた。


任せろ、ということだろうか。


「……」


一拍置いて、私は小さく頷いた。

透真は小さく笑って、フィンへと目を合わせた。



「フィン……

 『吠え面』は——汚い言葉だ」



透真はそのまま、フィンに伝えた。



(それでいいんだ……)


フィンはきょとんとした顔で透真を見つめた。


「きたないことば?」


「そうだ。相手や周りを嫌な気持ちにさせる、言ったらいけない言葉だ」


「!!」


フィンは自分の口元をパッと覆った。

その拍子で落ちそうになった袋を、透真は素早く掴んだ。



「ぼく、いっちゃった……」


フィンは眉を大きく下げて、しょんぼりした声をこぼした。


「大丈夫だ。フィンは意味を知らなかっただろ?

 知ってて言うのがダメなんだ」


「……ミントは?」


フィンがミントを見ると、

透真もその視線を追った。


「ミントも知らないから言ってしまったんじゃないか?」


透真はゆっくりとフィンに視線を戻した。屈んで、フィンの目をまっすぐ見つめると、



「フィン、ミントに教えてあげよう」


そう促した。



「うんっ! ミントにおしえる!」


フィンは胸の前でぐっと両手を握りしめた。

すぐさま、ミント——エヴァンさんの前に立って、



「ミント! 『ほえづら』はわるいことばだって!」


大きな声で、悪いことだと教えた。



〔フィ、フィン……〕


「んんっ?! フィン、ここでそれは……」


フードの奥のエヴァンさんの口元が引き攣った。

フィンを止めようとするけれど、フィンは気にせず続けた。


「いっちゃだめなんだよ。もうだめだよ?」


〔ゔっ……〕


〔フィン ツヨイ〕


「フィン、あとで……! 部屋で話そう」


ネロがきらきらとした目でフィンを見つめた。

そんなネロをミントはキッと睨んだ。

エヴァンさんは周りを確認するように、わずかに首を振った。


周りの人がちらちらとこちらを見ている。

はたから見れば、エヴァンさんがフィンに怒られているように見えているのかもしれない。


「フィン、ミントも分かってくれたみたい。ね?」


フィンを宥めながら、ミントを見上げた。


〔そ、そうね〜……〕


ミントは口ではそう言いながら、そろそろとエヴァンさんの後ろに身を隠した。


「だめだからねっ」


フィンが念を押した。


「フィ、フィンくーん?」


ミントは口を閉ざし、代わりにエヴァンさんが焦った声を出した。

そのときだった。



「エヴァン様?」



かわいらしい、はきはきとした声が後ろから聞こえた。



「あ、シンイー」


振り向くと、

黒髪の女の子が立っていた。



艶のある黒髪を後ろでお団子にまとめた、

『シンイー』という名の女の子。


この世界では初めて見る武道家のような服を着ていて、思わずじっと見つめた。



ふっ、と。



女の子の顔がわずかにこちらを向いて、


まるで威圧するように、

鋭い瞳が、私を捉えた——。



第四十一話

船上の遊戯盤-揃えられた役- 完

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