第四十話:配られた手札
「わーい! かったぁ!」
フィンは手に持っていた三枚のうち、二枚のトランプをテーブルの上に置いた。
「よかったね、フィン」
スッ……。
はしゃぐフィンの手から、残った一枚を引いた。
くるっと手首を返す。
「!」
(う……)
薄ら笑いを浮かべた人が描かれたカードを、じっと見つめた。
(ジョーカー……)
〔やーい、ババー〕
フィンの頭に乗るミントが、ニヤついた顔で呟いた。
船がウブラを出港してから、二日が過ぎた。
ここ二日間、私たちはこれまでと同じく船を散歩したり、
リベルタで買ったトランプで遊んだりして過ごしていた。
そして、今日もみんなでババ抜きをしている。
「……ミント」
ニヤニヤしているミントに、そっと顔を寄せた。
「ふたりにばれちゃうよ」
声を潜めて話しかける私に、ミントはすぐ呆れた表情を浮かべた。
〔あんたの顔でバレバレでしょ〕
「?!」
私は咄嗟に、隣に座る透真と——
「ネナちゃん顔に出やすいよね〜」
「ネナチャ! ワカル!」
透真の向こう側に座る、
エヴァンさんとネロを見た。
エヴァンさんは昨日も今日も、
お昼を過ぎた頃に訪れた。
いわく、
「暇しちゃってさ〜」と。
(ずっと同じ顔してると思ってたのに……)
ふたりに「分かりやすい」と言われて、しょんぼりと肩を落とした。
透真は何も言わないけれど、何とも言えない表情で誤魔化しているのが分かる。
「……」
じっと、自分の手元を見つめて、
しゃっ、しゃっ
手札を数回混ぜた。
そして、絵柄の面を伏せたまま、透真に差し出した。
「これで、私にもわからないよ」
透真は苦笑いをして、一枚引いた。
〔フィンと同じ手じゃん〕
「おそろいだね〜」
ふたりの声を聞きながら、手元のトランプを確認した。
「……!」
残っていたのは、
ダイヤのエースと——ジョーカー。
(ううっ)
「あーがりっ」
いつの間にか、エヴァンさんの番も終わっていたようだ。
残るは、透真の手元にある一枚と、私の持つ二枚のみ。
(……あれ、この場合って……)
「音凪」
透真の手元を見つめていた視線を、ゆっくりと上げた。
「引いて終わり」
「!!」
(……負けちゃった)
しょぼしょぼと、残り一枚しかない透真のトランプを引いた。
(ハートのエース……)
「音凪」
透真が手を差し出した。
その手のひらにそっと、持っているトランプを全て乗せた。
透真は小さく笑って、トランプを混ぜはじめた。
「ネナー。きょうのよる、たのしみだね」
ふと、フィンが話しかけた。
にこっと笑いかける。
「おいしいもの、たくさんあるといいね」
「うん!」
フィンはにっこり笑って、足をぱたぱた揺らした。
フィンが楽しみにしている、今夜開かれる船の催し。
それが開かれることを知ったのは、ウブラで再乗船したときだった。
*
『皆様、おかえりなさいませ』
乗船口に向かうと、船員さんが笑顔で出迎えた。
小さく会釈をしてから乗り込もうとすると、
『お渡ししたいものがございます』
そう言って、船員さんはひとり一枚ずつ、封筒を配っていった。
『これなぁに〜?』
フィンが私を見上げた。
「えっと、」
封筒をよく見てみると、『招待状』と書いてある。
(招待状……?)
フィンとふたり首を傾げていると、船員さんが説明をはじめた。
『三日後の夜、甲板で催しを開くことが決まったのです。
今回、乗客の皆様にご迷惑をおかけしたことに対する、男爵様の計らいでございます』
『詳細につきましては、当日までの間、船内で定期的にご案内をいたします。
封筒の中にもご案内を入れておりますので、併せてご確認ください』
『それでは、どうぞご乗船ください』
船員さんは一礼して、静かに微笑んだ。
*
その後、部屋に戻って封を開けてみると、そこには晩餐会への招待と共に——
『ゲームを開催いたします』
と、書かれていた。
「そろそろ観戦用コインもらいに行かないとねぇ」
思い出したように、エヴァンさんが発した。
ゲームの内容はサバイバル式の宝探しで、
私たち乗客は『プレイヤーになる』か『観戦する』かを選ぶことができる。
そして、コインは観客のみに配られる物で、ゲーム中はそのコインを使って、賭け事ができる。
プレイヤーは、最後まで残っていた人。
観客は一番コインを稼いだ人に、賞品が贈られるようだった。
(もうそんな時間?)
ふっと、後ろの窓を振り返った。
言われてみれば、少しだけ日が落ちてきた気がする。
「忘れないうちに行くか」
透真はトランプをさっとカードケースにしまって立ち上がった。
つられて、私とフィンも腰を上げた。
——そのときだった。
〔あーーーーーー!!〕
ミントが大きな声で叫んだ。
見ると、テーブルの上でわなわなと体を震わせていた。
ミントは空になったお皿を凝視している。
(な、なに……?)
訳がわからず呆然としていると、
ミントがきつく——ネロを睨みつけた。
〔あたしのナッツ! なんで取んのよ!!〕
〔ネロ サキダッタ〕
ネロはそう返すと、
小さな両手で抱えたナッツを、ミントの目の前でぱくっと食べた。
〔はぁああ?! あたしが先に取ろうとしてたでしょ!〕
〔ネロサキ。ミント アト〕
〔あたしが先だった!!〕
〔ミントアト〕
つんとそっぽを向くネロに、ミントの怒りが激しくなっていく。
(は、早くなだめないと)
「ミントっ」
慌てて棚に向かって行ってしゃがんだ。
「こっちにあるから、それでいいでしょう?」
そう言って、ナッツの入った瓶を掴んだ——
からっ。
……はずだった。
「……え」
お昼前まではたくさん入っていたはずのナッツが、ひとつもない。
(……こぼした?)
棚の中に手を入れて探ってみる。
だけど手触りは滑らかで、ナッツは一つも落ちていなかった。
念のため、並んでいる瓶や食器を避けてみる。
そして覗き込んでみたけど……やっぱり、ない。
「消えちゃった……」
どこに消えたのだろう。
これでは、ミントの怒りを鎮めることができない。
棚の前で途方に暮れていると、フィンがとてとてと近寄ってきた。
フィンも一緒に探そうとして来てくれたのだろうか。
そんなことを思っていると、
「ミントとネロがたくさんたべてたよ〜」
そう、教えてくれた。
「……えっ?」
〔そもそも何であんたが食べてんのよ! ここの部屋でもないくせに!〕
〔ミント オナジ〕
〔同じじゃない! フィンの部屋ならあたしの部屋だ!〕
〔チガウ〕
〔違わなぁああああい!!〕
ミントの怒りがさらに激しくなって、
びゅうびゅうと風が巻き上がりはじめた。
〔チガウ!〕
ネロの周りにも、黒いモヤが浮かび出した。
(な、なにをしようとしてるの……?!)
咄嗟に、フィンを抱きしめた。
腕の中のフィンはふたりを見て、
「くいしんぼうだね〜」と笑っている。
「こらこら。こんなところで魔力漏らさない」
エヴァンさんは苦笑いをしながら、ミントを嗜めた。
〔ミント オコラレタ〕
ネロはてちてちっとエヴァンさんの元に駆け寄って、ぎゅっと抱きついた。
〔こいつ……!〕
ミントの眉間の皺が、ますます深くなっていく。
得意げなネロに、エヴァンさんは呆れた顔をした。
「ネロ、お前も」
〔!!〕
ネロの耳がぴょんっと伸びて、すぐにへにょっと垂れた。
〔やーい怒られてやんのー! ぷぷっ〕
〔ミント ショウワル……〕
〔はあっ?! それはあんたでしょ!〕
ふたりの間で、ばちばちと火花が散る。
「どっちもどっちだって。
ほら、言い合いしてないで仲直りしなよー」
〔やだ!〕〔シナイ!〕
「息ぴったりでなかよしじゃん」
〔違う!〕〔チガウ!〕
パッ!と、ふたりはお互いを睨みつけた。
〔真似すんな!〕
〔オナジ ダメ!〕
ふたりはまた息が揃って、
目を見開いて見つめあった。
〔〜っ!! あたしの風で吹っ飛ばしてやる!〕
〔ミント ミチズレ!〕
「だから魔法は使うなって……」
エヴァンさんは大きなため息を吐いた。
「ナッツがあれば……」
「いや、もうナッツじゃ解決しないだろ……」
白熱するふたりを見ながら呟いた言葉に、
いつの間にか側に来ていた透真が応えた。
「え……無理、かな?」
私はフィンに尋ねた。
ミントのことなら、フィンが一番よく知っているはず。
フィンはミントを見て、
「うーん……」と声をこぼし——
「むり!」
ぶんぶんと首を横に振った。
「ミントもう、ネロにおこってる」
「うん?」
よく分からなくて首を傾げると、
「ネロの態度にキレてる」
透真が補足してくれた。
言われてみれば、ミントはもうナッツの話をしていない。
「そっかぁ……」
岩羽の崖でもらった木の実で何とかならないか……とも考えたけど、それも難しそうだ。
(このままだと、部屋の中がめちゃくちゃになっちゃう)
修繕が必要になってしまったら——
サァアアと、血の気が引いた。
ただの修繕代でも高そうなのに、貴賓室の修繕代なんて、考えただけで頭がくらくらする。
「ふ、ふたりとも、やめてぇぇ……」
思わず、情けない声が出た。
だけど、
〔この短足!〕
〔ワルイクチ!〕
私の切実な声は、ふたりには届かなかった。
「……あいつら、外に追い出すか」
透真がそんなことを言いはじめた、そのとき。
ぱんっ!
「そんなにケンカするならさ」
何かを思いついたのか、エヴァンさんが両手を叩いた。
ふたりの視線が、エヴァンさんに向いた。
瞬間——
「今日のゲームで決着つければ?」
にやりと、
エヴァンさんは口元に弧を描いた。
〔げーむぅ?〕
ミントが眉を顰めた。
ゲームのことはミントも知っている。
どうやら、決着のつけ方に不満があるようだ。
「そうそう。ゲームでより長く残った人を当てた方が勝ち」
元々、観客は最後まで残るプレイヤーと、そのプレイヤーが集める宝物の種類に対して予想をし、賭けることができる。
エヴァンさんの提案はそれよりも単純で、ゲームの滞在時間が長い人を予想するだけだった。
〔イ・ヤ! 吹っ飛ばした方がすっきりするし〕
「ネロを吹っ飛ばした途端、この部屋立ち入り禁止になるんじゃない?」
エヴァンさんはそう言って、透真を見た。
〔っ!?〕
ミントが勢いよく振り向くと、透真は小さく頷いた。
「吹っ飛ばすつもりなら外でやれ」
「おーい、それじゃ意味ないんですけど」
エヴァンさんはやれやれと首を振った。
ミントは透真の言葉にニヤリと顔を歪めて、ネロに向いた。
〔忘れた頃に吹っ飛ばしてやる〕
〔?!〕
ネロはササッとエヴァンさんの後ろに隠れた。
その姿を見ながら、ミントは悪魔のような顔で笑っている。
「……」
「……フィン?」
ぽて、ぽて、ぽて。
ふいに、フィンがミントたちのところへ向かっていった。
テーブルの前で立ち止まって、ミントをじっと見つめている。
〔?〕
じーっと見つめるフィンに、ミントが首を傾げた。
そして、ミントが口を開こうとした、そのとき——
「とばしたら、ミントはおじいちゃんとおるすばんだよ」
フィンはミントに、そう告げた。
〔フィン?!〕
ミントは目を大きく見開いて、フィンに近寄った。
〔ひどい! あたしよりこのちんちくりんを庇うの?!〕
フィンの頬に両手を当てて叫ぶミントに、
(恋愛ドラマみたいなセリフだなぁ)
なんて、ぼんやり考えながら見守っていた。
「みんなでたのしくあそびたいのっ」
フィンの言葉に、ミントが"ゔっ"と詰まった。
そして、だらんと項垂れて、ようやく落ち着いたのかと思った、そのとき。
バッ!
ミントは顔を上げ、一目散に透真の元まで飛んできて、
〔あたし、こいつに賭ける〕
透真の肩を、ぽんっと叩いた。
「……出ないからな」
透真は呆れた顔をして、ミントの手をそっと振り払った。
〔ほら、あんたも賭けなさいよ!〕
ミントは透真の言葉を無視して、ネロに投げかけた。
くるっ、くるっ。
ネロはエヴァンさんと私を交互に見た。
(……え?)
ネロの視線がぴたっと、
こちらを向いて止まった。次の瞬間——
〔ネロ ネナチャオウエン〕
ネロは得意げに、胸を反らした。
第四十話
船上の遊戯盤-配られた手札- 完




