表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/90

第三十九話:橙に溶けた②


***


夕方、昨日と同じ馬車が迎えに来た。

ヤエルさんにお礼と別れを告げて、四人で馬車に乗った。



〔なんでこんなのに乗るわけ? 空飛んだ方が楽じゃん〕


〔ネロ トベナイ!〕


四人……六人?



「ぼくも!」


ミントとネロ、フィンが楽しそうにおしゃべりをしていた。



馬車に乗る前、

エヴァンさんはネロを肩に乗せて、部屋から出てきた。


(ネロ?)


どうしているのだろうと、じっと見つめていると、透真がエヴァンさんに声をかけた。



『そいつは?』



ネロを見て、尋ねた。


『ああ、ネロね。なんか戻りたがらなくてさぁ』


〔ネロ シャベル!〕


『ね?』


エヴァンさんがそう言うと、ネロがぴょんっと跳んだ。


『わっ』


〔ネナチャ オハヨ!〕


私の顔に飛びついたネロは、楽しそうにしている。


(もう、夕方だけど……)


ネロを剥がして、

「おはよう」と返そうとしたとき、



——スッ



〔?〕

『?』


ネロに触れる前に、視界が開けた。


何が起こったのか分からず、首を傾げていると、


〔ネナチャ! タスケテ!〕


慌てるネロの声が聞こえて、振り向いた。


『と、透真……?!』


そこには、ネロを鷲掴みにする透真の姿があった。


ぽいっ。


透真はそのまま、ネロをエヴァンさんに投げた。


『おっと』


ネロはすっぽり、エヴァンさんの両手に着地した。


『透真っ、危ないよ』


鷲掴みにして投げるなんて、透真らしくない。


(どうしてそんなことしちゃったの?)


その疑問は、すぐになくなった。



『顔に飛びつくのも、危ないだろ』


透真はそう言って、ネロを見た。



ぴくっ!


〔ネロ モウシナイ……〕


ネロはしょぼしょぼと、エヴァンさんの肩によじ登った。



エヴァンさんの足に乗るネロは、もう落ち込んでいなかった。


(元気になってよかった)


楽しげに話す姿に、口元がほどけた。



……ちらっ。



そおっと、目の前に座る透真を見た。



「ぼくも、とべるようになるかな〜?」


〔フィンならすぐできる!〕


一瞬、透真の目がミントを向いた。


透真も昨日の夜からはずっと調子が良さそう。

完全に、魔力が安定したみたいだった。


(……よかった)


俯いて、目元を緩めた。



(……うん?)



もう一度、透真を見た。

今度は、まじまじと見つめ続けた。


「ん? 音凪、どうした?」


気づいた透真が首を傾げた。


そっと、口を開く。



「透真……ミントが見えてるの?」



ぴたりと、透真の動きが止まった。


ミントのことを私が見えるのは、

私が「特別」だからとミントは言った。


透真もその「特別」に入っているのだろうか。



透真はミントに視線を向けて、


「……見えてる」


そう答えた。


そのあとすぐ私に視線を戻すと、透真は小さく笑った。


「魔力が使えるようになった影響かもな」


そう言ってまた、

フィンたちに視線を移した。


(そう……なのかな)



『俺はネロを通して声を聞いてるだけ。

 目で追ってるのは魔力で、姿が見えてる訳じゃないよ』



昨日の昼間、エヴァンさんはミントについてこう言っていた。


エヴァンさんには、ネロがいる。


透真には——いない。



透真は自分の目と耳で、

ミントの存在を確認していることになる。


(……だとしたら)


二つの仮定が、頭の中を掠めた。


——透真は、エヴァンさんよりも、闇の魔力が強いのかもしれない。


もしくは、



(透真にも、風の魔力が……)



私よりも強い、風の魔力があるのかもしれない。



ミントに視線を移した。

風を操る、翠の体を持つ妖精——


ミントは風の妖精だから、

風の魔力が関係したとしても不思議ではない。


(……今度、ミントに聞いてみようかな)


私の風の魔力も、ミントが使えるようにしてくれた。

兆しがあれば、透真だってミントの力で使えるようになるはず。


「……」


それがいいことなのかは、分からないけど。



(……やっぱり、まずは透真と話そう)


フィンたちのやり取りを見守っている透真に話しかけようとしたとき、



カッポ、カッポ……



馬車の速度が下がった。

気づいたフィンが、ひょこっと窓の外を覗いた。


「こじいん!」


透真たちにはあらかじめ相談して、

御者さんにも

「木漏れ日の家に寄ってほしい」

と、お願いをしていた。


馬車が止まって、御者が扉を開けた。


「ネナ様。ご用命の場所に到着いたしました」


「ありがとうございます」


お礼を伝えて、立ち上がった。


「いってらっしゃい〜」


エヴァンさんが手を振る。

それに応えるよう、小さく会釈をして降りようとした。



「音凪」



透真が私の手を握った。

じっと、私を見つめる。



「ついていかなくて、大丈夫か?」


心配そうな表情。

昨日のことがあったから、気にかけてくれたのだろう。


「……うん」


透真の気持ちがうれしくて、自然と頬が緩んだ。



「待ってて。

 そして……戻ってきたら、

 『おかえり』って、言ってほしいの」



大事な人が待っていてくれる。

それだけで、頑張れる。



「……分かった」


透真は優しく微笑んで、

そっと、手を解いた。



「いってきます……!」


「いってらっしゃい」と返す透真に背を向けて、馬車を降りた。


後に続くフィンが降りるのを手伝い、

ふたりで手を繋いで、木漏れ日の家の玄関に向かった。


(……大丈夫)


大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。

恐る恐る、扉に手を伸ばして、



コンッ、コンッ、コンッ。



——バタバタッ!


「——はい……って、ネナさん?」


扉から顔を出したカレン先生は、私たちだと気づくと目を丸くした。

微かに、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「こんばんは」


「こんばんは〜」


フィンはカレン先生を見ると、私の後ろに隠れた。

それでも顔を覗かせて挨拶をする姿に、そっと微笑んだ。



「昨晩はありがとうございました」


カレン先生が頭を下げた。


「こちらこそ……あの、お忙しい時間にすみません」


きっと、夜ご飯の支度中だったのだろう。

もしかしたら、食べている途中かもしれない。


(手短に話そう)


早速、本題に入った。



「明日の早朝、この島を離れるのであいさつに来ました」


「えっ?」


カレン先生は驚いた声を漏らすと、

「少し待っていてください」

と言って、中に戻っていった。


しばらく待っていると、

カレン先生はルイくんを連れて戻ってきた。



「ネナさん!」


小走りで駆け寄ってくるルイくんに、小さく微笑んだ。


……そっ。


一瞬だけ、ルイくんの後ろを見た。


さらに人が来る気配はない。

スイさんとは入れ違いになってしまったようだ。



『またね。ネナ』



(……スイさん、ごめんなさい)


約束を果たせなかったと、心の中で謝った。



「昨日はありがとうございました!」


ルイくんはぺこっと頭を下げた。


(あんなことがあったのに……)


本当は、今だって落ち込んでいても不思議ではない。

それなのに、ルイくんは初めて会ったときと同じように、元気な姿を見せている。


その姿が、無理をしているのではないかと心配になった。


(私も、そうだったから)


自分でも気づかないうちに本心を抑え込んで、

嫌な気持ちや悲しいことは、見ないふりしていた。



「あの……これ、お礼です!」


ごそごそと、ルイくんはズボンのポケットから何かを取り出した。


「……え?」



ルイくんの手の中で、きらりと輝くのは


——小さな指輪。



「これ、俺の母親の物なんです。

 お金の代わりになりそうな物、これくらいしか、渡せる物なくて……」



ルイくんはそう話しながら、申し訳なさそうに眉を下げた。


「あっ! 気にしないで!

 形見は父親の指輪があるから」


スッと、

私の前に、その指輪を差し出した。


(そんな、大事なものを……)


そっと、

両手を伸ばして——



「だめだよ」



ルイくんの手を、包み込んだ。



「これは、ルイくんが持ってないと、だめ」


ぎゅっと、

ルイくんの手のひらから、指輪が零れ落ちないように握った。


ルイくんは目を大きく見開いて、私を見つめた。



「……っ」



私の手の中で、ルイくんの手は強く握りしめられた。



「ありがとう、ございます」


ルイくんは泣きそうな顔で、笑った。


本当は手放したくなかったんだと、

そう、言っているようだった。


ルイくんの言葉に、ふっと目元を緩めた。

静かに、手を解いていく。


ルイくんは指輪を握りしめたまま、ゆっくりとその手を下ろした。


左腕で目をごしごしと擦るルイくんを、カレン先生が止めた。


「目を傷つけるわよ」


カレン先生はそう言って、エプロンの裾を、ルイくんの目元に優しく押し当てた。


「……へへっ」


少し恥ずかしそうに笑うルイくん。



——ふたりの姿は、眩しかった。



羨望じゃない。

心の底からただ、すてきな関係だと、

今はそう思える。


「でも、何も渡せなくなっちゃったな」


ルイくんは困った顔でこちらを見た。


「大丈夫だよ。お礼が欲しくて来たわけじゃないの。

 ただ、発つ前にあいさつがしたかっただけ」


「そうは言っても、命を助けてもらったのにお礼をしないなんて、俺の気も済まないよ」


ルイくんはそう言って、悩みはじめた。


(律儀だなぁ)


ルイくんはしばらく考え込んだあと、


「そうだ!」


大きな声を出して、顔を上げた。


「ネナさんたちはさ、この島の名所にはもう行った?」


「……名所?」


「うん! 海岸の方なんだけど……」


昨日は船を降りて、すぐに移動した。

そのあとは町とここにしか来ていない。


「いってないよ」


そう答えると、ルイくんは

"見つけた!"と言うように表情を明るくした。


「それなら、そこに行ってみて!

 きっと今くらいの時間なら、いいものが見れるよ」


ルイくんによると、

乗船場から西の方に少し歩いていくと、その名所に着くらしい。


「ありがとう。このあといってみるね」


「うん!」


ルイくんは笑って頷いた。



「それなら、もう向かわないといけませんね。暗くなると見えなくなりますから」


カレン先生はそう言って、頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


「ありがとうございました!」


並んで、ルイくんも頭を下げた。



「こちらこそ、ありがとうございました。

 

 それでは……お元気で」



静かに、別れを告げた。


顔を上げたふたりが、笑って手を振った。


「ばいばーい」


ふたりに向かって、フィンも手を振る。

空いている反対側の手を、そっと握った。


小さく会釈をして前を向く。


(さようなら)


昨日とは違って、心が軽い。



「ネナ、うれしそう!」


フィンが私の顔を見上げて、にこっと笑った。


「ふふっ。そうだね」


戻ってきた私たちに気づいた御者が、扉を開けた。


フィンを先に乗せて、足を掛けた。



「おかえり」



透真は私の姿を見ると、

すぐに迎えてくれた。


柔らかな声と、優しい眼差しが、

胸の奥に沁み渡っていく。



——私には、私の世界がある。


他の人を、羨ましく思う必要はない。



スッ……と、

目の前に、透真の手が差し出された。



「……ただいま」



そっと、ぬくもりを重ねた。




第三十九話

鏡の島-橙に溶けた- 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ