第三十九話:橙に溶けた①
「ネナーー?!」
フィンが私の顔を見て叫んだ。
〔ぷぷっ。ぶっさいく〜〕
フィンの頭の上でけらけら笑うミントに、じっと視線を送った。
(ひどい……)
だけど、そう言われても仕方がない。
それほど、私の顔は今すごいことになっていた。
「音凪、ほら」
透真が差し出したのは、水袋。
中に入っている水は冷えていて、気持ちいい。
「ありがとう、透真」
受け取って、真っ赤に腫れた目元にそっとあてた。
昨晩、
透真の腕の中でたくさん泣いたあと、私はいつの間にか寝てしまった。
気づいたときには、ベットの中で朝を迎えていた。
朝どころか、お昼前だった。
起きた瞬間は、まぶたが重すぎて開かなかった。
ベッドの中で困っていると、様子を見にきた透真が私の顔を見てすぐに水袋をとりにいってくれて、
その後、フィンと一緒に戻ってきた。
フィンは両頬に手を当てて、
「ネナのおかおがー!」
と叫んでいる。
(びっくりさせちゃった)
ずっと驚いているフィンの頭を撫でた。
水袋のおかげで、少し目が開いてきた。
だけど、
完全に引くまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
(起きるのも遅かったから、あいさつは帰りがけになりそう)
ルイくんたちのことを思い出しながら、そんなことを思った。
「ネナ、どうしておめめまっかなの?」
ようやく落ち着いてきたフィンが、ベッドに頬杖をつきながら首を傾げた。
(昨日のことは言えないし……)
言葉を詰まらせて、一拍。
「……怖い夢を、見ちゃったの」
本当は違うけれど、あながち間違ってはいない。
目をぱちくりとさせて見つめるフィンに、少しだけ気恥ずかしくなって、目を伏せた。
「ネナ……こわいゆめみて、ないちゃったの?」
重いまぶたが、わずかに上がった。
(泣いたから目が赤いって、分かるんだ……)
それなら、他の理由にしておけばよかったと、
耳がほんのり熱くなった。
「……うん、そうなの」
いまさら否定しても仕方がない。
頷くと、
〔ぎゃっ!〕
フィンはころんとベッドに頭を預けた。
その拍子で、頭に座っていたミントが転がり落ちた。
「いっしょにいたら、こわくない?」
(いっしょにいたら……?)
「……そう、だね」
手の中にある水袋を、親指の腹で押した。
(……うん。いっしょなら、怖くない)
「じゃあ!」
フィンはぱっと顔を上げた。
「え?」
隣にいた透真の手を取って——
「いっしょにねればだいじょうぶだね! トーマと!」
花を咲かせたような笑顔で、
透真の手を掲げた。
「……えっ?! いや、フィン……」
「フィンは一緒に寝てくれないの?」
フィンが私と寝ることを避けているのは、分かっている。
だけど、数日経ったから、もしかしたら大丈夫かもしれない。
(諦めずに、再挑戦)
縋るようにじっとフィンを見つめた。
……ふいっ。
フィンは目を逸らした。
まだ、だめだった。
(しゅん)
しょんぼりと、肩を落とした。
「トーマはおっきいから、だいじょうぶだよ」
フィンは目を逸らしたまま付け加えた。
それほどまでに、私と寝たくないようだ。
「……そうだね。
フィン、ありがとう……」
「!」
今回は諦めることにした。
それが伝わったのか、フィンはくるっと振り向いて、にこっと笑った。
(そのうち、またいつか)
意気込んで、ふと。
(安心してもらえる魔法……ないかな)
絶対安全に一緒に寝れる魔法があれば、フィンも安心して寝てくれるかも。
この後も旅は続く。
旅先で、どんなことが起こるかは分からない。
状況によっては、同じベッドで寝ることを避けられないかもしれない。
(エヴァンさんなら知ってるかな?)
あとで確認してみよう。
そう決めて、また水袋をまぶたに当てた。
隙間から、ミントがフィンの肩に乗り直したのが見えた。
「トーマ?」
フィンが、不思議そうな声色で透真を呼んだ。
(?)
水袋をそっと離して、透真を見た。
「……」
透真は、なんだか困っているような顔をしていた。
しばらくして、
「音凪……ひとりで寝れるよな?」
そんなことを言い出した。
きょとんと、透真を見つめた。
(……あっ)
さっきフィンに私が「そうだね」って言ったから、
念のため、確認したかったのかもしれない。
(寝るのは、ひとりで大丈夫だけど……)
(……)
——ふわっ。
「ね、音凪……?」
ベッドに体を預けて、一度目を瞑った。
ゆっくりと開いて、透真を見上げて——
「透真も一緒に寝る練習、する?」
笑いかけた。
透真も頑なに部屋を分けようとしていたから、慣れる必要があるかもしれない。
(その方が、節約にもなる)
目を大きく見開いた透真に、にこっと笑った。
「……音凪」
透真は私の手から水袋を取ると、優しく私の目元に当てた。
「??」
その理由が分からず戸惑っていると、
「勘弁してくれ……」
透真は、か細い声で呟いた。
いい考えだと思ったけれど、だめらしい。
「ざんねん」
「っ?!」
透真の持つ水袋が揺れた。
支える手が辛いのかもしれない。
透真が手を離せるように、自分の手を水袋に添えた。
「トーマ、へんなかお〜」
〔ぷぷっ〕
「……」
(水袋、きもちいい……)
穏やかな時間が、
ゆっくりと過ぎていった。




