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第三十八話:焦茶の瞳


《???視点》


月明かりが照らす部屋に、男と女が向かい合っていた。



「どうしてここに?」


男が尋ねた。


「深夜に悪いわね」


女はそう言って、右の手のひらを上に返した。


女の手のひらから眩い光が滲み出し、

光は徐々に形を作っていった。



「ん? 魔族?」



女の手のひらには、

光の籠に閉じ込められた、一人の魔族の姿が映し出されていた。


けろっと呟いた男に、


「……あなた、気づいてたの?」


女は眉を顰めた。


「いるかもなーってくらいには」


「はぁ……動きなさいよ」


「俺、どちらかというと補助が得意だからさー。……それに」


男は女を見て、目を細めた。



「君が来てること、知ってたしね」



男の笑顔に、女は眉間の皺を深めた。



「で、それどうするの?」


男は女の手のひらに映る魔族を指差した。

男の問いに、女が答える。


「口を割らせて」


「〈洗脳〉?」


「そう」


短いやり取りの末、

男は「うーん」と唸った。



「精神関与系なら、うちの魔塔主の方がよかったんじゃない?」



男の問いに、女は渋い顔をした。


「先に、あいつのところに行ったわよ。でも……」


「でも?」



「あいつに話したら、口を割る前に殺しそうだと思って」



「えっ?」


男は目を丸くした。

少し考えたあと、閃いたように声を出した。



「あっ。もしかして……そいつ、あの子に何かしたの?」



男が指す『あの子』。

女はすぐに、誰のことを指しているのか理解した。


女は魔族に視線を流して、ふっと目を伏せた。


「最終的に何かされたのはこっちだけどね」


女は魔族が映る手のひらを、僅かに持ち上げた。


「えっ?!……本当に?」


怪訝そうに、女を見つめた。


「私が着いた時には、すでにこいつが倒れていたわ」


「嘘でしょ……」


男は信じられないと言わんばかりの顔で、魔族をじっと見つめた。


「側にちびちゃんいた?」


「ちびちゃん? ……十四歳の子はいたけど」


「別の子だね」


「その子がどうかしたの?」


女の問いに、男は自身の頭を指差した。



「ほら、魔族って〈魅惑〉とか、それこそ〈洗脳〉とか使ってくるでしょ?

 ちびちゃんが側にいれば、打破できるかと思って」


「ふうん」


「でも、違うんだね」


男は独り言のように、

「そっかー」と呟いた。



「で、どこまで話したの?」


女は一瞬考え、しばらくして、



「あの子と、外で会ったことだけ」


そう答えた。


「うわ。その場面見たかったなぁ。

 相当慌ててたんじゃない?」


クスクス笑う男に、女は呆れた表情を向けた。


「すぐに部屋を飛び出したわよ」


「過保護だねぇ」


「過保護にも程があるわ」


「くくっ」


笑いの止まらない男に、女は少し苛立った様子で声をかけた。



「で。やるつもりはないのかしら?」


「ははっ、ごめんごめん」


男は頬を緩めたまま、女を見つめた。



「ま、やれるだけやってみるよ」



魔族に向けられた鋭い目つき。

その紫の瞳に、女は満足気に微笑んだ。



《???視点》 end.


***



(やっと、帰ってこれた)



屋敷の前まで来て、ほっと息をついた。

そのまま自分の部屋に戻ろうとして、ぴたっと。



(フィンの顔、見てからにしようかな)



フィンならきっと、カーテンを開けて寝てるはず。


透真の顔も見たかったけど、透真はカーテンを閉めていた。

今行っても、顔を見ることはできないだろう。


(うん。いこう)


傘を傾け、フィンの部屋がある辺りの方向へ飛んでいった。


少し飛び続けると、ひとつだけガラスの見え方が違う窓があった。


そーっと近づいていく。


(あっ)


こっそり中を覗くと、フィンの寝顔が見えた。


ちょうどこちらを向いていた。

ぷっくりとした頬をベッドに埋めて、気持ちよさそうに寝ている姿に自然と頬が緩んだ。


「ふふっ」


離れるのは名残惜しかったけど、いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。


(窓から覗くなんて、変な人だもんね)


後ろ髪引かれる思いでフィンに背を向けて、自分の部屋へと向かった。


幸い、自分の部屋は窓を開けたままにしていたから、迷うことなく戻って来れた。


窓枠に腰をかけるように、足を部屋へと伸ばし入れた。


すとっ。


(戻ってきたら、急にねむくなってきちゃった……)


「ふぁ……んん」


小さなあくびをひとつ噛みしめて、傘が腕輪に変化するのを眺めていた。


そのとき——



グイッ!



「?!」


突然体が引かれて、

一瞬で、温もりに包まれた。


その温もりの正体には、

すぐに気がついた。



「と、透真……?」


「……」


透真は抱きしめたまま、何も話さない。


(透真に、心配かけちゃった……)


申し訳ない。

そう思ったのと同時に、

胸の内から、熱いものが込み上げてきた。



——透真が、いる。



「……っ」


じわりと、涙が溢れ出した。


(透真だ……透真がちゃんと、生きてる)


ヴィーディアに見せられた幻想世界での一ヶ月間。

それは想像以上に、深く私の心を傷つけていた。



「ふっ……ううー……」


「?!」


透真がバッと体を離した。

それが嫌で、今度は自分から抱きついた。


「ね、音凪……?」


「うっ……ううっ……」


ぎゅっと、さらに強く抱きしめた。



「……」



透真は少しためらいながら、ゆっくりと抱きしめ返した。


しばらくの間、

すすり泣く声だけが、ふたりを包んだ。


***



「ごめんね」


涙が落ち着いてきたころ、ぽつりと呟いた。


透真は少し間を開けて、私を抱きしめたまま、


「……何があった?」


そう尋ねた。



顔だけ、透真の胸から少し離した。

抱きしめる腕は、まだ解けそうにない。



(なにから、話そう)


少しの間悩んで、

ゆっくりと、言葉を紡いだ。



「えっとね、助けを求められて……それで森に行ったら、魔族と会ったの」


「——!!」


透真の体が揺れた。


バッ!



「! ……っ!」


また、体を離された。

慌ててぎゅっと抱きしめる。


「音っ……凪、怪我がないか確認したいんだ」


「やだ。ないから、このままでいて」


顔を見上げた。

透真は目を丸くして、口を開けたり閉じたりを繰り返していた。


「……はぁ」


やがて、透真は短く息を吐くと、

開けっぱなしの窓を閉めた。


「とりあえず、座ろう」


透真はソファに視線を向けた。


透真にくっついたまま、ふたりでソファに移動して、ゆっくりと腰を下ろした。


横からぎゅっと抱きしめる私の肩を、透真は優しく撫でた。


「魔族に会って……怖かったから?」


泣いた理由を聞かれているのだと、分かった。


すぐに小さく首を振って、答えた。



「夢を、見せられたの。

 冷たい世界に、一人取り残される夢を……」


少し俯いて、

そっと、目線だけ見上げた。



「それで……寂しくなっちゃった」



ふっと、まつ毛を下ろした。


透真が死んだなんて、例え夢の話でも言えなかった。

口に、出したくなかった。


「……っ」


透真がわずかに声を漏らした。


(……どうしたんだろう?)


首を傾げて、はっと。


ぱっと、今度は私が体を離した。


「透真、体調悪いのにごめんね……!」


具合の悪い透真を待たせた挙句、私の都合でずっと無理させていた。


「横になっていいよ。膝枕する?」


「ね、音凪、大丈夫だから」


膝をぽんぽん叩くと、透真は手を重ねて止めた。


(あっ)


「透真、そういえばねっ、

 私、光魔法が使えるようになったんだよ……!」


「魔法を……?」


「うんっ」


頷いて、傘を出した。

透真の上に差して——



「音凪、落ち着いて」



透真は、傘を握る私の手を握った。


「どうしたの? 今ならきっと、透真の体調もよくできるかも……」


そこまで言って、気づいた。


(あれ……? 透真の手、そんなに熱くない)


傘を下ろして、空いた手で透真の額に触れた。



——熱くない。



ぱち、ぱち

と、瞬きをした。


透真は私の頬に手を伸ばして、



「音凪がくれた、薬草のおかげ。

 ——ありがとな」



ふっと笑った。

親指が頬を滑る。


「……」


傘を腕輪に戻して、すとんっと座り直した。

そして、また透真を抱きしめて、



「……ふふっ、

 治ったんだね……!」


うれしさを噛み締めた。


(よかった……治って、本当によかった……!)



「ふふ」


透真の手が、静かに私の髪を梳く。

その心地よさに、しばらく身を委ねていた。



「そうだっ」


目を瞑って、ふと。

透真にはまだ、言っていないことがたくさんあることを思い出した。


「透真、あのね」


「ん?」


「私、風の魔力も使えるようになったんだよ」


「……え?」


「それにね、船での戦いのとき、

 【音摘】っていうスキルも、使えるようになったの」


たくさんできることが増えたんだ

【音摘】のことも、ようやく透真に話せた。


気づけば目元は緩み、弾んだ声を出していた。



「……よかったな」


透真は少しの間黙って、静かに言葉を落とした。


(どうしたんだろう……?)


首を傾げる私に気づいた透真は、小さく笑った。



「ごめん。色々急すぎて、びっくりした」



驚きすぎて、反応が薄かったようだ。


(私もよく頭が止まっちゃうから、分かるなぁ)


だけど、透真がそんな風になるのは珍しかった。

それだけ、考えもつかないようなことが立て続けに起こった、ということなのかもしれない。


(本当に、色々……)


ヴィーディアの口から語られた、

あの孤児院に起きた凄惨な出来事を思い出して、胸の内が沈んだ。


「……」


勝手に、視線が下がった。



「……音凪」


急に静かになった私に、透真が声をかけた。

そっと、透真の顔を見上げた。



「順番に……聞いてもいいか?」



透真は気を遣いながら、聞いてくれた。



「うん……」


わずかに目を細めて、小さく頷いた。

それを見て、透真はうれしそうに笑った。



「今夜はどうして外に?」


「助けてほしいって言われて……」


「……誰に?」


「ミントに」


ミントの名前を出すと、透真は眉間に皺を寄せた。


(あっ、透真はミント知らないんだった……)


「ミントはね、フィンのお友だちの妖精だよ。

 ラウハからずっとついてきてたみたい」


「……うん」


「……?」


透真は眉を寄せるばかりで、あまり驚いていない。


(……そういえば、ミントのことはフィンが透真に話してた……)


知らないから、顔をしかめたわけではなかった。


(それじゃあ……どうして?)



「それで……どこに、何を助けに行ったんだ?」


首を傾げる私をよそに、透真は質問を続けた。

私も、浮かんだ疑問は横に置いて答えた。


「森に、妖精石に閉じ込められた妖精たちを助けに行ったの。

 崖の中に洞窟があって……そこに孤児院で会った男の子が、閉じ込められてた」


「……」


「妖精も男の子も、ヴィーディアって名前の魔族に閉じ込められて……」


「……うん」



「——命を、奪われるところだった」



きゅっと、口を結んだ。


(酷いのは、それだけじゃない)


固く口を閉じて俯いた私の背中に、透真は優しく触れた。



「……止めるか」


柔らかい声でそう言ってくれた透真に、首を大きく横に振った。



「話す。……話したいの」



背中に添えられた手と反対の手に、両手を重ねた。


透真は一瞬、わずかに目を見開いた。

だけど次の瞬間には、いつもの優しい笑顔を浮かべた。


「……ちゃんと待つから、ゆっくりでいい」


私のことを考えてくれている。

それを感じるたび、沈んだ気持ちが少しだけ解けていった。


こくん、

と頷いて、話を続けた。



「男の子は……この町の孤児院で暮らすルイくん。

 そして、ヴィーディアは——

 園長先生に成り代わって、子どもたちを育ててた。


 っ、自分の……欲のために。

 おいしいからって……!」



重ねた透真の手を、ぎゅっと握った。


「昼間見た孤児院は、すごく幸せそうだった……!

 羨ましいくらい眩しくて……。


 子どもたちも園長先生も、

 お互いが大好きなんだって、そんな気持ちが溢れてたのに……!」



「全部……うそだった」



ポタッ。 ポタッ……。


透真は息を荒げて涙を流す私を、ただ静かに見つめた。


「ひどいと思った。

 どうしてそんなことができるの?って。

 だけど——」


顔を上げた。

涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃな顔を。



「一番ひどいのは、私だった!」



透真は、目を大きく見開いた。



「本当に、羨ましかった!

 目を逸らしたかった……!

 そんな場所がうそだって知って——

 ほっとしちゃったの……!!」


「嫌だった……! そんな自分が、すごく嫌だった!」


「それなのに……!」



「……音凪……」


透真の手が、私の両手を包んだ。




「『あなたは間違いなく、愛されて育てられた』って言われて……喜んじゃったの」




焦茶の瞳が、揺れた。そして——



——ギュッ!



私を、強く抱きしめた。



「うっ……ひっく……ふぅっ」


「音凪……っ」



透真の肩を、溢れる涙が濡らしていく。



「透真、私……


 真美子先生と、話したい……!」



透真が、抱きしめる力を強めた。



「本心が、知りたいのっ」


パッと顔を上げて、

ぼやける視界の中、透真の瞳をじっと見つめた。そして、



「一緒に、ついてきてくれる……?」



「っ……」


例え、カレン先生の勘違いで、

真美子先生に冷たくされたとしても——



透真が隣にいてくれたら、


きっと、大丈夫。



透真は小さく息をこぼして、私の肩に顔を埋めた。



「——ああ。

 

 一緒に行こう」



ゆっくりと目を閉じて、


大きな背中に、そっと手を回した。




第三十八話

鏡の島-焦茶の瞳- 完

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