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第三十六話:ブルームーン



「ルイ!」


「カレンせんせいっ!」


力強く抱きしめ合う二人。

その姿を横目に、隣に立つ白ローブの女の人をちらっと見た。



ここに現れてすぐ、

女の人はヴィーディアに近づき、光魔法を使った。


ヴィーディアの体は光の粒となって消えた。

慌てて何をしたのか尋ねると、



『亜空間の檻に閉じ込めたの』



そう答えた。


(あくうかん……?)


困っていたことを一瞬で解決した、初めて聞く魔法。

ぽかんと、しばらくの間ヴィーディアがいた場所を眺めていた。



「……」


(こんなに近いのに、全然見えない)


この場所が薄暗いということも関係しているだろう。

フードの奥は、口元以外なにも見えなかった。

それなのに



(どうして、こんなに落ち着くんだろう)


ふわっと、フードの端が揺れた。



「……何かしら?」


「!」


気づかないうちに、じっと見つめていたみたい。


「す、すみません。……なんでもないです」


小さく首を振って、目を逸らした。


「……ふふっ」


女の人が笑い声をこぼした。

思わず、視線を戻す。


(えっ? どうして笑ったの?)


女の人が突然笑ったことに戸惑っていると、



「——」



私を見て微笑んだ……気がした。


女の人はルイくんたちの元へ歩き出して、静かに振り返った。



「あなたも」



「!」


慌てて、三人の元に駆け寄った。



「私から離れないで」


そう告げられたあと、女の人の体から光の魔力が溢れ出した。

瞬間——



パッ!



「?!」


気づけば、外にいた。



「? ……?!」


辺りを見回すと、深い森と崖。


(……洞窟の、入り口?)


ようやく、女の人の魔法で移動させられたことに気がついた。



「ここを塞いだら、孤児院に向かいましょう」


女の人はそう言って、崖に向かって両手をかざした。



「!!」


(まだだめ!)



「ま、待ってください……!」


急いで、女の人の前に飛び出した。


「まだ、探し物が残ってるんです」


「探し物? あなたが行かないとだめ?」


「はい」


こくんと、頷いた。

女の人はしばらく口を閉じて——



「そう。私もついて行くわ」


静かに、腕を下ろした。


すぐに振り向いて、女の人はカレン先生に話しかけた。


「二人で帰れますか? 私たちは後から向かいます」


「大丈夫です」


カレン先生は即答して、ルイくんの手を繋いだ。


「ルイ、離れないでね」


「わかったよ、カレン先生」


そんなやり取りをして、二人は森の奥へと姿を消していった。


(私も、一回孤児院にいくんだ……)


部屋に戻るのが、さらに遅くなりそうだ。


急だったから、何も言わずに出てきてしまった。

私がいないことに気づいたらきっと、透真もフィンも心配するだろう。


(透真たちに、気づかれてませんように)


そっと、願った。



「……とりあえず」


森から視線を戻し、女の人を見た。



「さっきの場所に行けばいいかしら?」



***



「……」


「……」


コツッ、コツッ


ット、ット


洞窟の中に戻ってきてしばらく。


静かな空間で、二人分の足音だけが響いていた。



〔……何か喋ったら?〕


ミントは呆れたような声で、そんなことを言いはじめた。


(なんかって、なにを……)


少し考えたあと、そろりと口を開いた。



「……あの」


「んふっ……」


「えっ……?」


バッと横を振り向いた。


(今……笑った……?)


微かに聞こえた、吹き出したような声。


まじまじと女の人を見つめる。

けれど、女の人は変わらず、一定の速さで歩き続けていた。


「……何かしら?」


声も、落ち着いている。


(気のせい……だったかな)


気のせいだったのだろう。


そう自分に言い聞かせて、続きを話しはじめた。


「お名前は……なんて呼べば……」


まだ、名前を聞いていなかった。


エヴァンさんの時みたいに呼び方に困らないよう、そう尋ねた。


「そうね……」


女の人は考え込むように、少しだけ俯いた。

そして、ちらっとこちらを振り向くと、



「『スイ』って呼んでちょうだい」



口元に、弧を描いた。



「スイさん……」


「ええ」


呼び方は、これでいいようだ。


(エヴァンさんみたいに、すごい人な気がするけど……)


すごい人って、自分から言わないんだなぁ。


ぼんやりと、そんなことを思った。



〔!〕


ふわっと、ミントが私の頭から離れていった。

少し先にある角を曲がって、姿を消した。


(み、ミント!)


見失ったらいけない。

慌てて後を追った。



〔助けに来たよ!〕



角を曲がると、そこは一つの部屋になっていた。


瓶の置かれた棚に大きな机。

一人掛けの椅子が置いてあった。


(この部屋……なんだか不気味)


理由の分からない不快感に、体温が急速に下がった気がした。


ミントが見ている机の上を見る。

そこには、二人組の男性が持っていたのと全く同じ、

青く輝く妖精石がたくさん置いてあった。


「……持っていけるかな」


腰袋に、そっと手を添えた。


〔今すぐ割ればいいでしょ〕


ミントが呆れた顔をして振り向いた。



「……」


ごそっ……。


腰袋から妖精石を取り出して、机の上に並べた。

そして、傘を机の上に伸ばして——



〔ばかっ! だから砕けるって言ってんでしょ!〕


ミントが私の頭をぽかぽか叩く。



「斬らないよ」



そう告げて、傘を開いた。



——〈光雨〉



天井から、光の雨が降り出す。

スッと、傘を引いた。


傘の下にあった妖精石に、ぽつぽつと雨が当たっていく。


ジュワッ……


周りの石が溶けはじめた。

やがて、内側から水色の光が漏れ出して、



パキッ。



石が割れた。


次の瞬間、



ポンッ! ポンッ!



石の中から、水色の妖精たちが飛び出した。


〔自由だー!〕

〔わーい!〕

〔外っ! 外っ!〕


妖精たちはうれしそうにくるくる飛び回っている。



〔風の子、人間、ありがとう!〕

〔ありがとう!〕


頭の周りを飛び回る妖精たちに、自然と笑みがこぼれた。


「ふふっ」


(助けられてよかった)


きっかけは突然ミントに連れて来られたことだったけど、心からそう感じた。


ふと、


「……?」


棚に飾られている瓶の中身が気になった。


白くて丸いものが、液体の中でぷかぷか揺れている。


(……なんだろう、あれ)


棚に近づこうとしたとき。



——ふっ。



「?!」


目の前が真っ暗になった。



(目、隠された?)


たぶん、スイさんの手が目を覆っている。


どうしてそんなことをするのか分からず、おろおろしていると、

ゆっくりと手が離れていった。


(えっ……?)


開かれた視界に広がったのは——森。


いつの間にか、また外に移動させられたようだった。



「探し物は見つかったでしょう?」


何事もなかったように、スイさんは小首を傾げた。


ちらっとミントを見る。


〔これで全員〕


〔みんな自由〜!〕

〔わーい! 外だー!〕


妖精たちも、スイさんの移動魔法で飛んできたみたい。


スイさんの問いに、こくりと頷いた。



〔あー!〕


〔あっ!〕

〔ええっ!〕



水色の妖精たちが驚いた声を上げた。



〔!〕パッ!


すぐにみんな揃って、口に手を当てた。



妖精たちの視線の先には——スイさん?


振り向いて見たスイさんの姿に、特に変わったことはなかった。


(なんだったんだろう……)



〔人間、人間〕



妖精たちの様子に首を傾げていると、

一人の妖精が声をかけてきた。


耳元で、囁く。



〔精霊王さまがね、

 『ノーヴァの泉で待ってる』だって!〕



精霊王? ノーヴァ?



〔いつでもいいって〜!〕


〔ありがとう!〕

〔ありがとうー!〕


妖精たちはそれだけ言い残して、空へと消えていった。


(妖精王じゃなくて、精霊王?

 ノーヴァの泉って、どこ……?)


妖精と精霊って、同じなんだろうか。

だけど、エヴァンさんに「精霊」と呼ばれたミントは否定をしていた。


(……どういうこと……?)


妖精たちが消えていった空を、呆然と眺めていた。



「さて、私たちも行きましょう」


スイさんが声をかけた。


(あれ? 洞窟を閉じるんじゃ……)


洞窟の入り口を見た。


それだけで何を考えてるのか分かったのか、スイさんは「終わったわよ」と言った。


空をぼーっと眺めている間に、終わっていたらしい。


(どれだけぼんやりしてたの……)


熱のこもった頬を隠すように、そっと俯いた。


「さあ、行くわよ」


スイさんの掛け声に、視線を戻した。瞬間——



ブワァアア!!



一際強い風が吹いた。

思わず目を瞑る。


瞑った目を少し開けた。そのとき、



……ふわっ


ローブの隙間からきらりと、


プラチナブルーの髪が、月の光を弾いた。



「離れないでね」



スイさんの口から、柔らかな音がこぼれて、


世界が白に包まれた——。



第三十六話

鏡の島-ブルームーン- 完

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