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第三十五話:金色の意思


《ヴィーディア視点》



「おやすみ。ネナちゃん」



そう告げた途端、

『ネナ』という名の人間の動きが止まった。


背後から仕掛けた幻想魔法に掛かった証だった。


(ここで殺すのは勿体ないからね)



「ふふっ、ふふふっ」



ルイの屍を見た時、この人間がどんな顔をするのか想像するだけで、体中が疼きだす。



「ネ……ネナさん?」


ピクリとも動かない人間に、ルイが声を掛けた。


その表情は、絶望寸前ってところかしら。


(ルイもいい表情するじゃない)


ぺろりと、唇を舐めた。



カツッ。


一歩、近づいた。



「く、くるな!!」


ルイが叫ぶ。

ちらりと妖精を見た。


ネナという人間が無力化されたにも関わらず、静観している妖精。


〔……〕


(気味は悪いけど、こいつにできることはない)


ルイに視線を戻そうとした、そのとき。



……ニッ


妖精が笑った。



「!! 何笑ってんのよ!」


妖精に向かって言い放った。瞬間——



「?!」



人間の珍妙な武器が、

黄金の光を放った。



憎らしいほど眩しい『光の魔力』。



「あ……ああ"っ……!」


脳裏に、あいつの顔が鮮明に浮かんだ。


聖女と呼ばれる、忌々しいあの女——



「テレシアぁああああ!!」



人間が顔を上げる。


金眼に、歪んだ顔のアタシが映った。



《ヴィーディア視点》 end.


***



体の中心から湧き上がる力。


あたたかくて、くすぐったい。


この力は……いったい……。



「ぁああああ!!」



動物の唸るような声に、

そっと顔を上げた。


ヴィーディアが物凄い剣幕で私を睨んでいる。



(あれ? 私、刺されて倒れたんじゃ……)


痛みはない。

自分の体を見ても、傷はない。


地面にも、血は落ちていない。



(あの瞬間から、うそだったんだ)


あのとき、痛みを感じなかった理由がようやく分かった。



「おまえおまえおまえ!!

 何だその光の魔力は!!」



ヴィーディアはわなわなと震えながら、傘を指差した。


「聖女に匹敵する量……そんなやつがあの魔塔主以外にも存在する?!

 同時期に何人も……そんなことはあり得ない!!」


ヴィーディアは息を荒げながら捲し立てた。


何を言っているのか、ほとんどよく分からないけど、



(……私に、光の魔力がある)



それだけは分かった。



「おまえさては、他の人間の皮を被った聖女だな?」


ヴィーディアは口元を引き攣らせながら目を見開いて、首を大きく逸らした。


「? 何を言って……」


「このアタシを騙したのか。

 ……許さない。ユルサナイユルサナイ!!」



ダッ!!


ヴィーディアが地面を蹴った。


鋭い爪が襲いかかる。



「——!!」


咄嗟に傘で受け止めた。



ジュワッ



「ァアアアア"ッ!!」


ヴィーディアは腕を押さえて絶叫した。


鼻先を焦げた臭いが掠めた。


(……傘に触れて焦げた?)



フーッ、フーッ!


ヴィーディアは蹲ったまま、赤紫の髪を逆立てて私を睨みつけた。


次の瞬間、

勢いよく手のひらを突き出した。



「……ハッ!」



ヴィーディアが鼻で笑った、瞬間——

四方から黒い棘が飛んできた。


「っ!」


刹那、傘を開いて——



(〈光雨〉)



上から、黒い棘を焼き消した。


傘の能力や、【音摘】のときと同じ。

自分が何をしたらいいのかは、自然と分かった。


土煙が舞って、辺りは何も見えない。


側にいるルイくんが、私を見上げた。



(……大丈夫。私、諦めないよ)


そっと笑いかけて、前を見据えた。


ぼやける視界の向こうから、笑い声が聞こえた。



「ふっ……ふふ。

 飛びかかるなんて、ちょっと冷静さを失ってたわね。

 いくらなんでも、広範囲からの攻撃には……?!」


土煙が晴れていく。

ヴィーディアが、顔を歪めて私を見ていた。


「なんでっ! たってるっ! のよっ!」


叫びながら、棘を投げるヴィーディア。



カキンッ! カキンッ! カキンッ!



飛んできた棘を、次々と弾き落とした。


「くっ……!」


ヴィーディアが後退りをした。そのとき——



〔逃すな!!〕



ミントの叫び声を聞いた刹那、

地面を蹴った。


ヴィーディアの姿は影に消えかけていた。



「おまえなんかに殺されてたまるか」


にやりと、勝ち誇った笑みを浮かべた。



(逃がさない——!!)



傘は届かない。だから——



「はあっ!!」


——〈閃光刃〉!!



宙を、

切り裂いた。



傘から閃光が走り、影を消し飛ばす。


「っ?!」


ヴィーディアが動きを止めた一瞬の隙に、一気に距離を詰めた。


ヴィーディアの怯えた目が、私を映した。



——グサッ!



「ぁ」



ヴィーディアの体に、傘を突き刺した。

次の瞬間——



「ア"ッア"ア"ア"ッ!!」



傘先から、魔力を流し込んだ。



ッジュ。



傘を引き抜き、一歩下がる。



「ア"……ア"ァッ……」



ヴィーディアは天を仰いで、呻き声をこぼした。そしてすぐに、



——ドサッ。



膝から崩れ落ちた。


地面に伏したヴィーディアの体からは、わずかに煙が滲み出している。


(終わっ……た?)


慎重に、ヴィーディアの顔を覗き込んだ。

動く気配は、ない。



ふわっ。


風が髪を揺らして、振り向いた。

ルイくんの側にいたミントが、私の横へと飛んできていた。



〔やればできるじゃん〕


少しだけ弾んだ声で、ミントは笑った。



「……」


肩の力が抜けていく。

静かに、傘を下ろした。



「ネナさん!」


ルイくんが駆け出そうとした。

慌てて、声を上げる。



「待って! この人に近づかないで!」



ぴたりと、ルイくんが動きを止めた。

その姿を見て、息をついた。


「死んでないの。だから……」


〔は?!〕

「えっ?!」


ミントとルイくんの声が重なった。


(ミント、気づいてなかったんだ)


ミントはヴィーディアが死んでいないことを知っている上で、笑ったのだと思っていた。


ミントが笑ったから、しっかりと気絶させられたと胸を撫で下ろしたけれど、


(まだ、気を抜いちゃダメ)


傘を持つ手に、力を込めた。

すぐに、ヴィーディアへと視線を戻す。


(この人、どうしよう……)


生きている以上、ここに置いておくわけにはいかない。だけど、



〔何で殺さないのよ!〕

「何で殺さないの?!」


この後のことを考えていると、後ろで二人が同じ言葉を叫んだ。



「……」


殺すべきなのは分かっている。

私も、同情で殺さなかったわけではない。



「私がやっていいのか、わからなかったから……」



この人に被害を受けた人たちは、たくさんいる。

ルイくんや、孤児院の他の子たち。

もしかしたら、他にももっと——。


そう考えたら、

私が手を下すのは、今はやめた方がいいと思ってしまった。


〔早く殺せ!〕


「……」


変わらず「殺せ」と叫ぶミントと、

考えるように口を閉ざしたルイくん。


「……うっ……ううっ」


ルイくんは、また泣きはじめてしまった。


「る、ルイくん」


「ほんとは!」


ルイくんは俯いて、拳を力強く握りしめた。



「今すぐっ、死んでほしい……!」



大粒の涙が、地面に落ちていく。


「だけど……俺たち以外にもっ、こいつに家族を、奪われた人がいるかもしれない。


 今ここで……こいつを殺したら、

 その人たちから、本当のことを知る機会をっ……奪うことになる」


ルイくんは顔を上げて、涙でいっぱいの目で私を見つめた。



「……そういう、ことだよね?」



「……ルイくん」


ルイくんはゆっくりと立ち上がって、ヴィーディアをきつく睨んだ。



「それなら……俺は我慢する」


そう告げたルイくんに、小さく頷いた。



〔もー! ほんと人間って面倒!!〕


ミントは苛ついた声を上げながら、私の頭に乗った。


思ってもみないミントの行動に、ぽかんと目を丸くした。



〔で、こいつどーすんの。——ネナ〕



ミントが、私の名前を呼んだ。


「……」


衝撃に頭が回らない。


〔何ぼけっとしてんのよ〕


こつんっ。


ミントが頭を叩いた。

痛くは、ない。


「な……なんでもないよ」


ミントの言う通り、ぼおっとしている場合じゃない。


「ネナさん……さっきも思ったけど、誰と話してるの……?」


ルイくんが困惑しながら尋ねた。


(あ……見えないの忘れてた)


「えっと……遠くの人」


「通信系の魔法?」


「……そんな感じかな」


自然に、顔を逸らした。


強張った顔を見られたら、嘘だと気づかれてしまうかもしれない。


(でも、本当のことを言っても、信じてもらえるか分からないし……)



「じゃあ、もしかしてもうすぐ人が来るの?」


ルイくんの声が、少しだけ明るくなった。


(うっ……)



「えっと……どうだろう。ここの入り口、隠されていたから……。

 それに、塞がれちゃったし……」


「そっか……」


ごにょごにょと誤魔化すと、ルイくんは落ち込んだ声で呟いた。


嘘をついている罪悪感に、胸がぎゅっと締めつけられる。



(……だけど)



足元のヴィーディアを見た。


たしかに、私たちだけのままだと動けない。

私は、この人を安全に連れていく方法を知らない。


(ミントに、エヴァンさんを呼んできてもらおう)


まだ、残りの妖精石も見つけられていない。

そのためだと言えば、ミントだって動いてくれるはず。



「ミント——」


頼もうとしたときだった。



キラッ。



何もない場所に、光の輪が浮かんだ。

咄嗟に傘を構えた、そのとき。



「ルイ!!」



輪の中から、カレン先生が飛び出した。


「?! 止まって!!」


気づけば叫んでいた。


園長先生は偽物だった。

それに、このタイミングでここに現れるのは怪しい。

カレン先生も、仲間かもしれない。


「っ?」


カレン先生は足を止めてくれた。


(止まってくれてよかった……)


斬らずに済んだと、胸を撫で下ろした。

そう安心したのも束の間——



「大丈夫よ」



カレン先生とは違う、見知らぬ女性の声が響いた。


コツッ、コツッ。


(……だ……れ?)


女性は、カレン先生の横に立ち並んだ。

白いローブで身を包んでいて、顔は見えない。



「この人は大丈夫。

 ——魔族じゃない、ただの善良な人間よ」



澄んだ水のような声が、

耳を優しく撫でた。



第三十五話

鏡の島-金色の意思- 完

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