表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/89

第三十四話:空白の刻



「……」



目を開くと、真っ白な天井が目に入った。


(ここは……どこ?)


辺りを見回す。

真っ白なベッドに、ベッドを囲う薄黄色のカーテン。


ベッドの手すりには、紐で繋がれた小さな機械が掛けてあった。


(ボタン……ナースコール?)

(ここは、病院……なの?)


状況が掴めず、

ただただ、混乱していた。そのとき、



カツ、カツ、カツ。


シャーッ。



「あ」


カーテンを開けたのは女性の看護師さんだった。

看護師さんは一瞬だけ驚いた表情をしたけれど、すぐに笑みを浮かべた。



「晴海さん、目を覚まされたんですね」


そう声を掛けて、看護師さんは私の横へと近づいた。


「……」


どうして、私の名前を知っているのだろう。

いや、そんなことは今はいい。それよりも——



「あの……私どうして、ここに……」


なぜ、病院のベッドにいるのか。

それが知りたかった。


私の問いに、看護師さんは困ったように眉を下げた。


「……後ほど先生が診察されますから、その時にご説明しますね」


看護師さんは言いづらそうに言うと、点滴の確認を始めた。

数秒して、


「またすぐ来ますね」


看護師さんは確認を終えると、それだけ言い残して去っていった。



(……どうして、ここに)


ぼんやりとした頭で、直前の出来事を思い出す。


(確か……駅。そう、駅で……)


そうだ。

自動車教習の合宿から帰ってきて、それで——


はっと、目を見開いた。



(透真……透真は?)



「——っ!」



ぶちっ。


体を起こして、ベッドを飛び出した。



シャッ!!


靴も履かずに、ペタペタと入り口まで歩いていく。



「晴海さん?!」


医療機器を載せたバットを抱えて戻ってきた看護師さんが声を上げる。



「晴海さん、針を無理矢理抜いたらダメですよ! 早くベッドに戻ってください」


「透真っ、透真は?」



あのとき、私は透真と待ち合わせをしていた。


透真の叫ぶ声が聞こえて、振り返って……。



看護師さんは眉を寄せて、きゅっと口を閉ざした。



(どうして、答えてくれないの……?)



黙り込んだ看護師さんに、嫌な汗がふきだした。


「看護師さんっ、教えてください!」


居ても立ってもいられず、もう一度尋ねた。そのとき、



カラカラッ。



入り口が再び開いた。

反射的に振り返る。


「……え」


部屋に入ってきた人物に、目を大きく見張った。



「ま……みこ、せんせい」


養護施設の退所と共に別れた育ての親、真美子先生がそこにいた。



(真美子先生が、どうしてここに?)


真美子先生に会うのは、約半年ぶり。

もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに、どうして——


真美子先生の表情は記憶よりも冷たく、喉の奥がぐっと締めつけられた。


真美子先生の口が、そっと開いた。




「透真は死んだ。


 音凪——あんたのせいでね」




何の前触れもなく突きつけられた一言。


一瞬で、世界から音が消えた。




透真が……死んだ?


私の、せいで……?



「うそ……そんなうそ、やめて」


「っ……嘘じゃない!」


真美子先生が叫んだ。


ビクッと肩が跳ねた。



「あんたのせいでっ……!」


真美子先生は目に涙を溜めて、声を詰まらせた。そして、


「っ!」


背を向けて、部屋から離れていった。




「……」



ガクッと、膝から崩れ落ちた。



透真……。


うそ、うそ……やだ……。




「と、とうまぁああ!!


 いやぁあああーー!!」



いやだ! 死んじゃやだ!


——透真!!



床に蹲って泣き叫んだ。

喉の痛みも、鉄の味も構わず叫び続けた。



きっと、透真は来てくれる。


いつもみたいに微笑んで、


「音凪」って……。




だけど、


透真がここに来ることは——なかった。



***



あの日から、ひと月が経った。


あのあと、

私はすぐに退院して、透真と住んでいた部屋に帰った。



——透真は、部屋にもいなかった。



茫然と、ただ時間だけが過ぎていく日々を過ごした。


そして数日後、

真美子先生が喪主として、透真の葬儀が開かれた。


参列したのは、養護施設の人たちと、透真の友だちたち。


藤咲くんと、榊くんも来てくれた。



『晴海さん……俺はあんたを許さない』


『透真を返せ! 返してくれ……!!』



静かに憎しみを向けた榊くんと、

「返して」と泣き叫んだ藤咲くん。


私はただ黙って、その言葉を受け続けることしかできなかった。



『二度と姿を見せないで』


葬儀が終わった後、

真美子先生はそう言って、透真の荷物を全て持っていった。


たった一つでさえも、許してはくれなかった。


そして私は、

透真と過ごした部屋を、引き払うこととなった。




「……」



防波堤で、海を眺めていた。

透真とよくきた、防波堤で。


いつも静かに、隣に寄り添ってくれた透真は、もういない。



(……生きてる意味、あるのかな)



一ヶ月間、何度も……

何度も、何度も過った。

だけどその度、


(でも、私が死んだら……透真が死んだ意味がなくなる)


膝を抱えた。


死にたくても、死ねない。

透真の死を、私が無駄にするわけにはいかない。



「ぅっ、ふぅっ……、

 会いたいよ、透真……っ」



そう、願ったとき。



——音凪。



声が、聞こえた。

透真の……声が。



バッと顔を上げて立ち上がった。



「透真っ?! どこ? どこにいるの……?!」


必死に辺りを見回した。

だけど、近くに姿は見当たらない。


(透真! どこ……?!)


溢れ出る涙で歪んだ視界の中、



「っ……!」


浜辺に、人影が見えた。


瞬きをして、涙が落ちる。

輪郭を取り戻した視界。


その姿を、はっきりと映した。



「と……うまっ!!」



防波堤から飛び降りた。

高さなんて、関係ない。


着地で足首を捻った。

それでも、

透真の元へと駆けていった。



「とうまっ、とうま!」


絡みつく砂を蹴り上げ、

やがて、バシャバシャと海の中に入っていく。



——音凪。



いつもと同じ、優しい笑顔。

目の奥が、激しい熱を帯びた。



「とうまぁ……!」


重みを増していく体が焦ったくて、みっともないくらい、ひたすらに水面をかいた。



——音凪、行こう。



透真が手を差し伸ばした。



(透真だ……透真がいる……!)


透真は生きていた。

これからも、一緒にいられる。


ぐしゃぐしゃの顔は、気づけば笑っていた。

差し伸べられた透真の手に、手を伸ばす。



「透真……!」


透真の手に、指先が触れようとした。

そのときだった。



——辛かったよな。もう大丈夫。楽になろう。



ぴたりと、伸ばした腕を止めた。


海の冷たさが、体にまとわりつく。



——どうした?



そう尋ねる透真はいつも通りの透真のはずなのに……。


微かな違和感が、胸を掠めた。



(透真が、「楽になろう」なんて……言う?)


まるで、死に誘うように。

私を守ってくれた、透真が——



手を、胸元に引いた。



——音凪、早く来てくれ。俺と一緒に行こう。



違和感は、確信に変わる。



これは——透真じゃない。




バシャ!!



背を向けて、浜辺に戻った。



——音凪!



「……っ」


偽物が叫ぶ。


それでもそれは透真の声で、

思わず足が止まりそうになった。だけど、



「……?」


じわっと、右手首に熱を感じた。



(腕輪? いつの間にこんなの……)



手首には、身につけた覚えのない腕輪があった。


自分の物ではない。

それなのに、なぜか見覚えがあった。

そして——



(……あたたかい)



腕輪を顔に寄せた。


さっきまで底に落ちた気持ちだったのに、この腕輪があると安心する。


心が、穏やかになっていく。



(……何かがおかしい)


気持ちが落ち着いて、頭も冷静になってきた。



周りの環境も、みんなの様子も、

あまりにも現実みたいで、気づけなかった。


けれど——



(真美子先生は、あんな目はしない)


真美子先生は冷たかった。

だけど、どんなに悪いことをしても、私たちを蔑むような目で見たことはなかった。



(榊くんと藤咲くんは、あんなこと言わない)


ふたりは透真の親友だけど、

だからこそ、透真が私を大切にしていることを、よく分かっている。



これは自惚れじゃない。

ふたりは透真のことを本当によく知っていたし、私もそのことをよく知っている。


だから、



(この世界は——現実じゃない)



腕輪が眩い光を放って、傘へと姿を変えた。


傘は白い光を纏って、辺り一面を照らす。



(帰ろう)




——私の世界に。




シュン!!



傘で、


この幻想世界を切り裂いた。



第三十四話

鏡の島-空白の刻- 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ