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第二十八話:桜吹雪



透真の体に、

闇属性の魔力が流れている。



『——』



アナウンスは続く。

だけど、頭には何も入ってこない。



『光』と『闇』はとても希少で、

他の元素に比べて扱える人は少ない……はず。


それなのに、

今ここにいる三人が、闇属性の魔力を持っている。


……そんなこと、あるのだろうか。


とても偶然とは思えず、

戸惑うしかなかった。



(それに……)



何となく、だけど、

透真が魔力を使えるとしたら——



(『光』だと、思ってた)



そっと寄り添ってくれて、

道を示してくれる——


光みたいな人。


印象と、使える魔力は違う。

それは分かってはいた。


そうでなければ、

モリスさんとフィンだって、光寄りだから。



それでも、

私の中の透真は『光』だった。



(……〈光線〉のイメージが、強いからかもしれないけど)




「おーい、ネナちゃーん」


「!」


突然、目の前を影が横切って、

はっと息を飲み込んだ。


反射的に、体が仰け反った。



「そんなに驚く?」



エヴァンさんは小さく笑った。



「ネナ、だいじょうぶ?」


フィンの声が横から聞こえた。


いつの間に、側へと来ていたのだろう。

フィンは心配そうに眉を下げている。


「……大丈夫だよ。

 ちょっと、ぼーっとしちゃった」


かすかに笑って、ふわふわの頭を撫でた。


「随分と集中してたんだ?」


少しだけからかうような、エヴァンさんの声。

ゆっくりと、エヴァンさんに向き直った。



「アナウンス聞いてた?」


「……ごめんなさい。

 聞いて、なかったです……」


「だよね〜」



エヴァンさんは責める言葉は言っていない。

だけど、なぜか責められている気がして、

体はしおしおと縮こまった。



「ネナにいじわるしないで!」



ぎゅっ!


フィンは私に抱きついた。


「フィン……」


小さな温もりに、胸の奥がじんとした。


「え〜?」


エヴァンさんはフィンの言葉に目を丸くしていた。


「意地悪なんてしてないって」


「いじわるだよっ!

 だってネナ、しょんぼりしてたもん!」


「参ったなぁ……」


エヴァンさんは後ろ首に手を当てながら、苦笑いをした。


(じーんとしてる場合じゃない)


誤解を解かないと。


私はぷんぷんと頬を膨らますフィンに、慌てて話しかけた。


「フィン、ありがとう。

 いじわるはされてないから、大丈夫だよ」


「ほんとに?」


「うん。ほんと」


そう答えると、フィンは私をじっと見つめた。


「……そっかぁ」


どうやら、納得してくれたみたい。


フィンは私から離れて、エヴァンさんへと体を向けた。


そして、

ペコッとお辞儀をした。



「おこって、ごめんなさい」



そう言って、顔を上げたフィン。

そんなフィンに、

エヴァンさんはヘラッと頬を緩めた。


「気にしてないよ〜」


「ネナにいじわるしないでね」


「おっと……?」


なんとも言えない表情を浮かべるエヴァンさん。

一方で、フィンは満足気に笑って、

もう一度私に抱きついた。



「エヴァンさん」



フィンの背中を撫でながら話しかける。


「さっきの花は、どこにでもあるんでしょうか……」


花の姿と名前を知っていても、手に入らなくては意味がない。


私の問いかけに、エヴァンさんはこくりと頷いた。



「この辺りなら、流通も自生も珍しくないはずだよ」


「!」



(よかった……!)


口元が、自然と緩んだ。

胸のざわつきが、少しだけ引いた。


「……」


気づけば、透真に目を向けていた。


瞼は重たげで、

相変わらず、浅い呼吸で肩を揺らしている。



「ネナちゃん、花も大事だけど」


(……?)



私が振り向くと、エヴァンさんは続けた。



「ウブラの宿泊先。

 これを伝えに来たんだよね、俺」



その言葉に、私は首を傾げた。


(どうしてエヴァンさんが……?)



はっと、

部屋の前で聞いたエヴァンさんの言葉を思い出す。


『ここの船長から君たちへの伝言預かっててさ』


そういえば、そんなことを言っていた。



「トーマを早く安静にさせたいなら、これも大事でしょ?」


こくんと、頷いた。



「この船が『アルカラ商会』の船っていうことは知ってる?」


アルカラ商会……?


私は小さく首を振った。



「じゃあ、ヤコっさんのことも知らない? 

『ヤコブ・アルカラ』

 叙爵されて男爵になった商人で……

 結構有名だと思ってたんだけど」



エヴァンさんの口から出てくるのは、聞き慣れない言葉ばかりだった。


ぶんぶんっ。


さっきより、強く首を振った。



「へぇ。ヤコっさんが知ったら、火がつきそう」


(火がつく? 燃えるの……?)


火の魔法を使う人なのかもしれない。


「ああ、話が逸れちゃったね。

 そのヤコっさんが、船を守ったお礼に別荘へ招待してくれたんだよ」



エヴァンさんの説明に、戸惑う。


別荘だなんて、

そんな高級そうな場所、大丈夫かな……?


(……透真を、ゆっくりと休ませてあげられるけど)


でも、落ち着けないかもしれない。


ぐるぐると考え込んでしまう。

言葉に詰まっていると、


「ほら、他の乗客も用意された宿泊先に移動するでしょ?

 俺たちは他の人よりちょっといいとこに泊まるってだけ」


なんでもないことのように、

エヴァンさんはぱっと笑った。


エヴァンさんの言う通り、

私たちはみんな、用意してもらった宿泊先へと向かうことになっている。


昨晩、

"緊急メンテナンスをするため、一時的に船を降りてほしい"

そんな内容のアナウンスが、船内に流れた。


そのとき、宿泊先についての案内もあった。



(確かに、宿ははじめから用意されていたけど……)



それでも、まだ迷っていると、


「それに」


エヴァンさんは宙を見上げた。



「さっきのアナウンス、上階層客から順に下船できるっていう案内だったんだよね。

 ネナちゃんは聞いてなかったみたいだけど」



(ううっ……)


耳が痛い。



「いじわるした……」


静かに話を聞いていたフィンが、

ぽつりと呟いた。


今にも飛び出しそうなフィンを、ぎゅっと抱きしめて宥める。



「で、その上階層客の下船が二時間後に始まるんだけどー………

 なんで二時間も空いてると思う?」


「……下船準備のため……?」


「それもあるけど」



エヴァンさんは、そこで言い止めた。

そして、そのまま腰を屈めて——



「俺たちが先に降りるための時間だよ」



「ほら、早く準備して」


ヘラッと笑って、透真の体を起こした。


(悩んでる暇、なかった……?!)


部屋を出ていくエヴァンさんたちに背を向けて、慌てて荷物をまとめはじめた。


***



「忘れ物ないね?」



扉の前に立つエヴァンさんが、振り向いた。



(……うん。必要なものは、全部持った)


一拍置いて、こくりと頷いた。



準備をしながら、

少しだけ、頭の中の整理ができた。


この船はアルカラ男爵の船。

男爵は元々商人で、叙爵されて貴族になった人。そして、



『ヤコっさん』



男爵を愛称で呼ぶエヴァンさんは——貴族。


もしくは、

同等か、それ以上の地位を持つ人。



(「エヴァンさん」じゃなくて、「エヴァン様」って呼んだ方がいいのかな)



だけど、エヴァンさんは気にしている素振りはない。

様を付けてほしくない可能性もないわけではない。


(……言われたら、直そう)


フードを深く被ったエヴァンさんを、ぼんやり眺めた。



「トーマ、自分で歩ける?」



エヴァンさんがそう尋ねた。

扉の前までは支えてくれたから、

船を降りるまで支えてくれるのだと思っていた。


「……ああ」


透真が頷くと、

エヴァンさんは慎重に、透真の体から手を離していった。


「透真、本当に大丈夫なの?

 私が支えることだって、できるんだよ?」


「いや……大丈夫だ」


透真はかすかに笑みを浮かべて、



「ありがとな」



そっと、触れるように私の頭を撫でた。


「……うん」


すぐに、透真の手は離れていった。


「それじゃあ、行くよ」



ガチャン。



錠が外れる音が響いた。


廊下に差し込む天窓の光が、

扉の隙間から入り込んできた。


柔らかな光が、薄暗い室内を優しく包んだ。


(すっかり朝だ)


部屋には大きな窓があったのに、

さっきまでは全然気づかなかった。


「ネナ〜」


フィンの声に、振り向いた。



「おてて、つなご?」



フィンはそう言って小首を傾げながら、左手を差し出した。


「ふふっ……うん」


小さな手を、そっと握り返した。



(どうしてだろう——)



フィンはたまに、

幼い子どもとは思えないほど、私たちの様子をよく見ている。


そして、暗い雰囲気になる度、

フィンは空気をほどいた。


気を遣い過ぎていないかと心配になる一方で、

フィンのその言動に、私は何度も救われてきた。


現に、今も——



「仲がいいねぇ」


エヴァンさんが振り向いた。

フードで顔は見えないけど、声は柔らかい。


私とフィンは顔を見合わせて、笑い合った。



先頭にエヴァンさん。次に透真。

その後ろに、私とフィンが並んで歩き出した。


(透真のこと、しっかり見ないと)


わずかな変化も、見逃さないように。



じー。



「!?

 ネナ、ちょっとおかおこわい」


「えっ……?」



(変な顔、してたかな……?)


思わず、空いている手で自分の頬に触れた。



——ふっ。



透真が、足を止めた。



「……」



ゆっくりと、振り返る。



「……透真? どうしたの?」


振り向いたまま、なにも言わない透真。

尋ねると、透真は静かに口を開いた。



「……怖い顔、気になって」



「……え」


ぽつり。

透真はただひとこと呟いて、また前を向いた。


(……それだけ?)


重い足取りで再び歩きはじめた透真を、私は呆然と見つめた。



歩くのも大変なくらい体調が悪いのに、

私の顔を見るためだけに……振り返ったの?



「……ネナ?」



フィンの声にはっとした。

咄嗟に、笑顔で振り向く。


「あっ……な、なんでもないよ。

 ……行こっか」


フィンは不思議そうな顔をしながら、こくんと頷いた。

そのまま、私たちはゆっくりと歩き出した。



(……なんだか、へん)



歩くたびに揺れる髪が、

熱を帯びた耳を、そっと撫でた。


***


四人で乗降口までやってくると、二人の男性が待つように立っていた。


二人は制服に身を包んでいて、すぐに船員だということがわかった。


だけど、服はそれぞれ異なっていて、一人は見慣れた船員服。

もう一人は、それよりも装飾の多い制服を身に纏っていた。


二人は私たちの姿を見て、軽く腰を折った。


(……?)


妙にかしこまっている船員さんたち。

その様子に首を傾げているうちに、二人は体を戻した。


見慣れた船員服の人が、もう一人を振り向いた。


「御者に伝えてきます」


そう言うと、船員さんはすぐに船を降りていった。


残った一人は小さく頷き、流れるようにこちらへ向き直った。



「初めまして。この船の船長を務めております。

 昨日は、本当にありがとうございました」



深く、頭を下げた。


(船長さんだったんだ……)


だから、さっきの船員さんよりも豪華な服を着ているのだと、腑に落ちた。


ふた呼吸ほどして、

船長さんはさっと体を起こし、話を続けた。


「本来であれば、昨日のうちに直接お礼に伺うべきでしたが……。

 遅くなってしまい、申し訳ありません」


本当に申し訳なさそうに眉を下げる船長さんに、私はそっと声をかけた。


「私たちは大丈夫ですから、気にしないでください」


「……お気遣い、感謝します」


船長さんは、ほっとしたような笑みを浮かべた。



「急かして悪いけど、俺たちすぐに移動したいんだよね」



側で静かに見ていたエヴァンさんが、船長さんに声をかけた。


「エヴァン様、お時間を頂いてしまい申し訳ございません」


「こっちこそ悪いね」


頭を下げる船長さんに、エヴァンさんは掲げた手を揺らした。


(やっぱり、えらい人みたい)


船長さんは、ふっと目を伏せた。



「いえ……


 ——魔塔の第二位であられるエヴァン様のお時間が貴重な事は、重々承知しておりますので」




「…………ぇ」



(ま……とう……?)



船長さんの言葉に、目を大きく見開いた。


『魔塔』


船長が言った言葉は、私が思い浮かべた場所と同じだろうか。


だとしたらエヴァンさんが、

"二番目にえらい人"

ということ……?


ぽかんと、エヴァンさんを見つめる。


フードの奥。

わずかに見える口元が、薄く弧を描いた。



「それ……大きな声では言わないでよ? ここに来てることも」


「心得ております」


船長さんが軽く頭を下げると、先ほどの船員さんが戻ってきた。


足音に気づいたのか、

船長さんはスッと振り返った。


「すぐにお客様をご案内しろ」


「承知しました」


船員さんは敬礼をすると、無駄のない動きでこちらに向いた。


「皆様、ご案内いたします」


「よろしく」


船員さんはすぐに前を向き、そのまま歩き出した。

エヴァンさんと透真がその後に続いた。


(!)


はっとして、

慌てて船長さんに小さく会釈をした。

そして、フィンの手をそっと引き、三人の後を追う。


「おじちゃん、ばいばーい」


フィンが後ろを振り返って、手を振った。



「——」


後ろから、小さな笑い声が耳を掠めた。



第二十八話

鏡の島-桜吹雪- 完

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