表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/69

第二十六話:落ちる黒①



「……透真」



部屋に戻ってきて、すぐのことだった。



『音凪、先に風呂入って』



そう言われて、透真の顔を見上げると——


透真の顔は、真っ赤に染まっていた。



甲板にいたときと比べて、明らかに熱がこもっている。



「やっぱり、熱あるでしょう……?」


「……」



黙り込む透真。

そして、息を潜めるかのように、ゆっくりと視線を外した。


そのまま、誤魔化すつもりなのかもしれない。けれど、



(元々、肌が白いから……)



いくら透真でも、赤く染まった肌までは隠せない。


雨に濡れて、体は冷えているはず。

本当はお風呂に入ってもらいたかったけど……。


とりあえず、

すぐに着替えてもらおう。



「……透真、服脱いで」


「!?」



透真は逸らした視線を勢いよく戻して、ぎょっとした目で私を見つめた。



「濡れた服、脱いで。体拭くから」


「じ、自分でできる……」



透真はたじろぎながら、いそいそと自分の部屋に入っていった。



(無理させないようにしよう)



私はそう決心しながら、カラカラと閉まる戸をじっと見つめた。



「トーマ、おねつ〜?」



ソファに座っているフィンが尋ねた。

そっと振り向くと、フィンはこてんと首を傾げていた。



「うん。だから今日は、私と一緒に寝ようね」


「!!」



フィンは目を大きく見開き、

下がり眉をさらに下げた。


リベルタでのことを思い出したのか、

「えっとぉ……」

と、返事に困っている。


しっかり、トラウマになってしまっているようだ。


(私のせいだから、申し訳ないけど……)


それでも、さすがに具合の悪い透真とは、一緒に寝させてあげることはできない。



(ソファで寝た方がいいかな……?)



私はそんなことを考えながら、

フィンのためにココアを注いだ。




少しして、着替えた透真が部屋から出てきた。

濡れた服を洗面室に置くだけかと思ったら、


「……」


そのままソファに座ろうとした。



「透真」



ぴくり。透真は肩を揺らした。


ゆっくり振り向いて、

静かに、口を開いた。



「音凪……早く風呂……」


「透真がちゃんと寝ないと、私は入らない」


「フィンは……」


「一緒に入るから、大丈夫」


「……え」



透真は何か言いたげに、わずかに口をはくはくさせた。

だけど、すぐに


「……分かった」


観念したかのように、そう呟いた。


のそのそと、部屋に戻っていく。



(うん。やっぱり、具合の悪い時の透真だ)



熱は、結構高いかもしれない。


"こんなとき、体温計があればなぁ"と、

久しぶりに異世界での不便さを感じた。


でも、明日になれば島に降りられる。

それだけはよかった。


こんな大きな船が寄る島だから、

きっと、それなりに発展しているはず。



(降りたらまず、宿屋さん。そのあと薬屋さんを探して……)



明日の予定を考えながら、自分の部屋に着替えを取りに向かった。


***


フィンと一緒にお風呂に入ってしばらく。

私は時折透真の様子を見ながら、

共有スペースでフィンとゆっくり過ごしていた。


そして早めの夕飯を済まして、フィンを私の部屋で寝かせたあと、

私はひとりソファで寝た——はずだった。



「……」



(どうして、ベッドにいるの……?)



目が覚めると、

なぜか私は、ふかふかのベッドにいた。


また間違えたのかと思ったけれど、

横にはフィンも透真もいない。


私は慌てて、部屋を見回した。



(……透真の部屋だ)



急いでベッドから出て——


カラカラッ!!


部屋を飛び出した。

流れるように、右を振り向く。



「……すぅ」



透真が、ソファで寝ていた。



(やってしまった)



夜中に起きた覚えはない。

きっと、ソファで寝ている私に気づいた透真が運んだ。

そうとしか思えない。


少し考えれば、透真がそうすることは分かることだった。


静かに、透真へと近づいた。



(起きない……)


あんなに、大きな音を出したのに。


額に手を伸ばすと、手のひらにぴりっと痛みが走った。



(傷が……)



「……」



そっと、手の甲で額に触れる。



——とても、熱い。



「……ん」



透真のまつ毛がわずかに揺れた。

そしてゆっくりと、焦茶の瞳が姿を現した。



「音凪……」


「おはよう。透真」



透真はのっそりと、体を起こした。

私はそんな透真を見つめて、

「ごめんね」と呟いた。



「……布団が重くて寝苦しかったから、ちょうど良かったんだ」



透真は少し沈黙したあと、

弱く笑って、私の頭を撫でた。


(……絶対にうそ)


そう確信はしているけれど、

私に透真を責めることはできない。


透真から、窓の外に視線を移した。


外はうっすら、陽が出てきたばかりだった。

普段なら、起きるにはまだ早い。



(『明け方に着く』って言ってたよね)



そう言っていたのはエヴァンさんだけではない。

昨日の夕方、船内放送でも案内があった。



「……」



本当は今すぐに、ベッドで寝てもらいたかった。

しかし、すぐに到着したら、

余計な体力を使わせることになるかもしれない。


私は透真に背を向けて、

ドリンクサーバーのある棚へと向かった。



「透真、何か飲みたいのある?」



棚の前でしゃがみ込んで、透真のいるソファの方を振り返った。

透真は一瞬、立ち上がろうとした。けれど、



「……水」



すぐに、ソファへと腰を戻した。


「うん」


立ち上がるのを止めてくれてよかった。


私は二人分の水を注ぎながら、

ほっと息をついた。



「はい、透真」



水を注いだコップを渡す。

透真は眉を下げて、そっと受け取った。



「悪いな……」


「……悪いなんてこと、ない」


「……そうだな」



「ありがとう」

透真は困ったように少しだけ笑って、静かにコップに口をつけた。


ゴクゴクと、

音が聞こえるくらい、一気に飲んでいる。


とても喉が渇いていたようだ。

よく見ると、髪と服がぴたっと肌に張り付いて、湿っている。


寝ている間に、たくさん汗をかいたのだろう。



(熱が、下がってたらいいな……)



透真は両手でコップを持って、ぼーっとしている。

ぼんやりしているのに、指はそわそわとコップの面を撫でていて、どこか落ち着かない。


「……」


ひとまず、今は体を冷やさないよう、着替えはしてもらおう。



「透真」


「ん……?」


「汗冷えるよ。体拭いて着替えよう?」


「……自分でやる」


「うん」



透真はそう言うと、重たげに腰を上げ、

そのまま部屋へと向かっていった。


透真の姿が部屋の中に消えたのを見て、

ふっとテーブルに視線を移した。

テーブルの上には、さっき透真が使ったコップがひとつ。


中を覗くと、空っぽになっていた。


(おかわり、入れておこう)



コト……。



私は自分の分のコップをテーブルに置いて、透真のコップを手に取った。

そして、もう一度棚に向かったときだった。



カラカラァ。



戸が開く音がした。

振り向くと、奥の部屋から目をこするフィンが顔を覗かせた。


「ネナぁ……」


「おはよう。フィン」


「おぁよぉ……」


フィンは舌足らずに返すと、おぼつかない足取りで、私の元へと歩いてきた。

私はそんなフィンの目線に合わせて、腰を屈めた。



「ココア飲む?」


「!」



まだ半分しか開いていなかった目が、ぱっちりと開いた。



「のむ!」



満面の笑顔で元気いっぱい頷くフィン。

『ココア』の一言で、すっかり目が覚めたらしい。


フィンの素直な反応に、くすくすと笑みをこぼした。



「持っていくから、ソファで待っててね」


「はあい!」



フィンは元気よく返事をすると、軽い足音を響かせて、ソファにちょこんと座った。


私は先に透真の水を注いで棚の上に置き、

新しいコップを取り出して、ココアの筒を手に取った。


コポコポコポ……


ココアの甘い香りがやさしく鼻をくすぐって、胸の奥に沁み込んでいく。


自然と、頬がほどけた。


筒を戻して、空いた方の手で透真のコップを持つ。

立ち上がって、ソファで待つフィンに体を向けた。


フィンは体を左右に揺らしながら、今か今かとココアを待っている。


(ふふっ)



「はい。どうぞ」


私はそっと、ココアの入ったコップを差し出した。


「ありがと〜!」


「ちゃんと両手で持ってね?」


「はーい!」


フィンはコップを両手で受け取って、慎重に口元へと寄せた。


ふぅ、ふぅ。


フィンがココアを冷ます姿を見ながら、

静かに、透真のコップをテーブルの上に置いた。


(今のうちに、身支度しようかな)


昨晩、ほとんどの支度は済ませた。

今日は着替えて、外に出る準備をするだけでいい。

だけど、


「……」


体調の悪い透真と、幼いフィン。

私ひとりで、ふたりを支えなければならない。


できることは、早めにした方がいいはず。


(……うん)


私は自分の分のコップを手に取り、

サッとひとくち、喉を潤した。



「ねぇ、ネナー」


「……どうしたの?」


フィンはココアの入ったコップをテーブルにそっと置いて、私を見上げた。



「トーマのおねつ、なおった?」



ココアにニコニコとしていた、さっきまでの表情は消えていた。


(……フィンも、心配してるんだね)


気づかれないように、息を吸った。



「……ううん。まだ、熱があるの」


フィンが不安にならないように、

ゆっくりと、ただ事実だけを話した。


「そっかぁ」


フィンはそう呟くと、

私から視線を外して、ココアをじーっと見つめた。そして、



ぐびっ!



一気にココアを飲み干すと、ぴょんとソファから降りた。

そのまま、棚の前まで駆けていく。


(どうしたんだろう……?)


首を傾げながらフィンの行動を見守っていると、

棚にコップを置いたフィンが、くるっと振り返った。



「ぼく、トーマのおせわする!」



強く意気込んで声を上げたフィン。

その姿に、肩の力がふっと抜けた。


知らず知らずのうちに、気を張り過ぎていたようだ。


透真が体調を崩して、焦っていた自分に気づく。


「ふふっ」


気づけば、笑っていた。


(フィン、ありがとう)


「それじゃあ……

 透真のお世話するために、まずはお出かけの準備しちゃおうか」


「うん!」


窓から差し込む朝日が、フィンの笑顔を照らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ