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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
四章:覗く深海
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第二十五話:地につく水平線②


(やっと……帰って来れた)



大雨に濡れてしまった私たちの体は冷え切っている。

それなのに、触れ合う部分から熱が全身に伝っている気がして、温かかった。とても——



(……?)



首筋にかかる、透真の吐息が……熱い。


私の体が冷えているから、

余計にそう感じるだけ……?


それでも、熱すぎる気がした。



「……透真」


「うん……」



透真はゆっくりと体を離して、じっと私を見つめた。

その目は、少しだけ赤くなっていた。


「透真、もしかして……具合悪い?

 熱……あるの?」


そう尋ねながら、右手で透真の額に触れようとする。

けれど、伸ばした私の手を透真がそっと握って、

私の手が透真の額に触れることはなかった。



「いや……俺より、音凪の方が……」



透真は眉間に皺を寄せてそう呟くと、握った私の手を流れるように裏返した。



「……痛いだろ」



自分を責めるみたいな、低い声。

透真は上に向けた私の手のひらを見て、痛々しそうに顔を歪めた。


摩擦でマメができて、捲れた手の皮。

戦闘中、何度も振り払った痛み。


「……」


透真は何も言わずに、

ただただ、傷に触れないように。


ゆっくりと、

手の甲や縁を撫でている。



「……透真」



私の声に目線だけ上げた透真。

同時に、私はそっと透真の手を解いた。

そのまま、右手を自分の顔に寄せて、ぱっと開いて——



「私……こんな風になるまで頑張ったのは、きっとはじめて」



ふふっ。



思わず声が漏れてしまうほどに、

透真しか見えないほどに目を細めて、笑った。



透真……私、うれしいの。


痛くて、辛くて、苦しかった。


だけどそれ以上に、

最後まで諦めないでよかったって。


そういう自分でいられて、うれしいの。



胸の中は温もりで満たされていく。

頬は、解けたまま——



そんな私を、透真はしばらく見つめていた。

わずかに口を開けて、何かを言いたげに。


そして、透真の喉が小さく動いて、声にならない息が漏れた、そのとき。



「ネナぁあーー!! トーマーーー!!」



私たちを呼ぶフィンの声。


声が聞こえた、透真の奥を見ると、


ぽてぽてっ!


フィンが船首の方から駆け寄ってきていた。


透真もくるりと後ろを振り返ってフィンを見る。



「ネナっ! トーマ!!」



まんまるの萌木色の目から大粒の涙をボロボロ溢しながら、両手を大きく広げて走るフィン。


(! フィン待って、危ない……!)


私は慌てて駆け寄ろうとしたとき。


「あっ!」


フィンのつま先が、

板の間に引っかかって——



ぽてんっ!


「!!」

「フィン!」



フィンの体は一瞬ふわりと浮き、

次の瞬間、甲板に顔から飛び込んでしまった。


「フィン……!」


私と透真はフィンに駆け寄って、甲板にうつ伏せている体をゆっくりと起こした。


「っひぃ……!」


起き上がったフィンの額と鼻先は真っ赤になっていて、すぐに両方からツゥーっと血が流れ出した。



「うわぁああん!」



フィンは泣きながら空を仰いで、大きな声を上げた。


「痛いよね? ごめんね、ちょっとだけ待っててね」


「フィン、下向こう。苦しくなるから」


透真がフィンの頭にやさしく手を当てて下を向かせている。

その間に私は腕輪になった傘を、もう一度元の形にした。



「今、痛いのとってあげるね」



ぱっと傘を開いて、そっとフィンの上にさした瞬間——



パラ……パラ……



傘の内側から、光の雨が降り出した。

舞うように落ちていく光の粒が、傷口にスゥッと染み入って、徐々に傷を癒していく。


「ううっ……ひっく……ひっく……」


傷が消えていくのと同時にフィンの呼吸も落ち着いてきて、

次第に涙も引いていった。



「ひっく……ネナの……〈ヒール〉だぁ……」



フィンは真っ赤な目元で、少しだけ口元を緩めて、私の顔を見上げた。

小さな手は透真の服をぎゅっと握っている。



「あったか〜い」



そう言って、うれしそうに笑うフィン。


笑顔を取り戻したフィンに、

私も気づけば微笑んでいた。



——この〈ヒール〉は、

まだモリスさんたちの小屋にいたとき、

偶然知った、傘の能力。





『……』


庭先でモリスさんに特訓してもらって、ひと休みしていたとき。



(私の心次第で、いくらでも姿を変えるかもしれない……かぁ……)



私はそんなことを考えながら、地べたに座って傘を眺めていた。


(変わる……変わる……)


姿が変わると言っても、剣は傘のままだった。

形そのものが変わるわけではないのだろう。


かと言って、この傘がどういう風になるのか、

私にはまだ何も思い浮かべることはできなかった。



バッ!!



傘を開いてみた。

紺の布地が広がって、

わずかに太陽の光を通している。


ごくごく普通の、傘。



(心……)



きっと、何か強いきっかけがないとダメなのかもしれない。


剣になったときは、

"死にたくない"

"透真にもう一度会いたい"

そう強く願っていた。



(見つけようとして、何かすることでもないのかも)



とりあえず今は、剣として使いこなせるようになること。

使う頻度が増えれば、自ずと他の形も見えてくるんじゃないかな。



そんな風に自問自答しながら、

そっと傘を閉じようとしたときだった。



『ネ〜ナ〜!』



食料集めに森の中に出かけていたフィンが帰ってきた。


『フィン、おかえり』


私は傘を閉じるのを止めて、駆け寄るフィンに笑いかけた。

フィンはとてとてやってきて、ぽふんっと私の横に座り込んだ。



『ただいまぁ』



にこにこしているフィンに、私もつられてにこにこ。


『今日は……』


"どんな物が採れたの?"

そう聞こうとして、はっと気づいた。



『フィン、ほっぺどうしたの?』


『ええ〜?』



私の言葉にきょとんと目を丸くするフィン。

そんなフィンの頬には、引っ掻いたような傷ができていた。


『ここ、傷できてるよ』


私は自分の頬を指差しながら、フィンにどの辺りに傷があるのかを教えた。



『ここ〜?』



フィンが触ろうとしたのを、そっと手を握って止めた。


『ばい菌入っちゃうから、触らないよ?』


『はあい』


フィンは頬に伸ばした手をゆっくりと下ろした。


平気そうにしているから、かすり傷かと思えば、

よく見てみると、思ったよりも深そうだった。


(痛くないのかな? ……結構、痛そう)


早く手当てしなければと、

フィンの頬の傷口を洗うために、傘を置こうとしたときだった。



……ポツ……ポツ。



『……えっ?』



きらきらと降り注ぐ、小さな光の粒たち。

傘に穴が空いてしまったのかと、慌てて傘を見上げた。



『!』



傘に穴は空いていなかった。

ただ——

白銀の光が、傘の布地を包んでいた。


傘を包み込む光が、

滴るように落ちていく。



私はフィンに視線を戻した。



『ネナ! これなあに? きれいだね〜』



『ぽかぽか〜』


やさしく降り注ぐ光を見つめ、にこにこと無邪気にはしゃぐフィン。



——頬の傷は、消えていた。



『〈ヒール〉だね』



ふっと、家の入り口から聞こえた声。

振り向くと、モリスさんが静かにドアから姿を覗かせた。



(ひー……る?)



頭のなかで復唱して、

ゆっくりと傘に視線を戻した。


"治す"


そういうことだろうか。



『〈ヒール〉! ぼく、しってるよ!』



モリスさんの顔を見上げて、

ぴょんっと腰を浮かせたフィン。


(!)


私は咄嗟に腕を伸ばして、傘が当たらないように躱した。


(頭、ぶつかっちゃうかと思った……)


ほっと胸を撫で下ろした。


光の雨は、すでに止んでいる。

私は伸ばした腕をフィンと反対側に回して、そぉっと傘を閉じた。



『おにいちゃんとまちにいったときねっ、おねえちゃんがしてたの!

 そしたらおじちゃんのけが、きえちゃったんだよ〜!』


くるくると表情を変えて、一生懸命に説明をするフィン。

かわいらしさに、思わず「ふふっ」と声が漏れた。



——ふと、感じた視線。



見上げると、一緒にフィンを見ていたモリスさんの視線が、

いつの間にか私に注がれていた。


一瞬、笑ってしまったのが良くなかったかなと、

わずかに、胸の奥がざわついた。


けれど、モリスさんの表情は穏やかで、

すぐにそうではないと気がついた。


(でも、どうして……)


見ているんだろう。

そう思ったとき、モリスさんがそっと口を開いて——



『とても、君らしい能力だね』



そう微笑んだ。




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