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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
四章:覗く深海
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第二十五話:地につく水平線①


「透真っ!!


 私を——信じて!!」



信じて、透真。



「っ……」



喉の奥に痛みを感じたのと同時に、

大荒れの嵐の中で頬を撫でた、

ひと吹きのやさしい風。


それが何だったのかを考える間もなく、水球が放たれる。



水球を躱す。

唸る雷鳴に、すぐに傘を傾け軌道を逸らす。

怪物が海の中から、じっとこちらを見据えている。



——怪物の紅い眼が、一層強くギラついた。



(まだ何かあるの……?!)


緊張が、体中を駆け巡った。瞬間——



——音凪っ!!!



「!」



頭の中に響いた、透真の声。

すかさず私は上昇した。


傘を下に振り下ろし、盾に切り替える。



(透真——!)



盾の範囲は広い。

傘の中に蹲れば、

透真の〈光線〉だって、


受け止めてみせる。



傘の内側に収まるよう、体を丸めた。


降下前のわずかな浮遊感。

体が傘ごと落下しはじめた、刹那——




——シュン!!



透明な傘の向こう側に見えた、

空気を切り裂く一筋の光。次の瞬間、




バッシャァアアン!!




大きく弾けた水飛沫。

怪物は紅い眼を大きく見開いた。


私はすぐさま脚を伸ばす。

そのままの勢いで空を蹴るように傘を反転。

再び飛行に戻すと、上昇した。



「グ……ボォ……?」



上昇しながら見た怪物の額には、穴がひとつ。

拳より小さいくらいのその穴の中から、

光の粒が滲み出す。そして——



「……」



怪物の眼は光を失い、

その巨大な体は、ゆっくりと海の底へ沈みはじめた——。



「はぁっ……はぁっ……」



荒い呼吸を整えながら、怪物が沈んでいく様子をじっと見つめる。


(……倒せ、た?)


私は安心しかけて、はっと我に返る。

傘を握る両手にぐっと力を入れて、海を見据え直した。



まだ安心してはいけない。

油断させるための罠かもしれない。


そんなことを考えて、ふと違和感に気づいた。



——明るい。



バッ!!

空を見上げた。


「っ」


太陽の光が目に染みる。

さっきまで空を覆い尽くしていた鈍色の雲は見る影もなく、

透き通った青がどこまでも広がっていた。


(そういえば、風も……)


私たちを激しく揺らしていた風も、気づけば落ち着いていた。


私はもう一度、怪物が沈んでいった海を見つめた。



——海面は、穏やかに揺れている。




(……終わったんだ)



息を落とした。


もう、脅威は去っていった。


そう思ったら、目の奥がじんと熱くなって、自然と涙が零れた。


巻き込んでしまう心配は、もうしなくてもいい。



これで、


ふたりの元へ戻れる。



私は【音摘】を止めて、零れ続ける涙をそのままに、辺りをきょろきょろと見回して船を探した。すると、



ブォオオオオ。


遠くから聞こえた汽笛の音。

音の方向を振り向くと、直前までは見えなかった船の姿がそこにあった。


(エヴァンさん……!)


〈影幕〉がなくなった。

船にいるみんなにも、透真の〈光線〉で怪物を倒したことが分かったのだろう。


私は小さく見える船の方向へ、一目散に飛んでいった。


船に近づいていくと、

船尾の甲板に立つ、ひとつの人影が見えてきた。



(——透真っ!)



私はいつかの時みたいに、そのまま透真に飛び込もうとした。けれど、


(透真……?)


私を待つ、透真の表情が暗い。

私は速度を落として、ゆっくりと透真の前に降り立った。


するりと、

傘がやさしく、私の手首を撫でる。



「……音凪」


「うん」



今にも泣きそうな声で、私の名前を呼ぶ透真。



どうしてそんなに、

悲しそうなの……?



私はそう尋ねたい気持ちを堪えて、透真の言葉を待った。


透真は一瞬、口をきゅっと結んだ。

そして、ゆっくりと息を吐くように、言葉を紡いでいった。




「……音凪、ごめん。


 俺……音凪のこと——信じられなかった」




ちくん。

胸の奥に、痛みが走った。


「ごめん。ごめん、音凪……っ」


震えた声で謝り続ける透真。

透真は俯いて、拳を強く握りしめている。


その姿はなんだか、私よりもずっと小さく見えた。



「……透真」



名前を呼ぶ私の声に、透真は静かに、俯いていた顔を上げた。

私はそんな透真の頬にそっと左手を添えて、透真の瞳をじっと見つめた。



「……おかえりって、言ってくれないの?」



——「おかえり」って、笑ってくれたら……


それだけでいいんだよ。透真。



その言葉は、音にはならなかった。

言わなくても、きっと……。



透真は目を大きく見開いて、

すぐに顔をくしゃっと歪めた。



「音凪……」


「うん」



「っ……おかえり……!」



透真は相変わらず泣きそうで、

それでも笑って、私をぎゅっと抱きしめた。



「ただいまっ……!」



私はそっと、透真の背中に手を回して抱きしめ返した。


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