第二十二話: 滲む水面①
《フィン視点》
「音凪!!」
びくぅっ!
(?!)
おもちゃで魔力操作の練習をしていたとき、
トーマが大きな声を出して音凪を呼んだ。
びっくりして振り向くと——
ぐったりと下を向いている音凪と、
苦しそうな顔で音凪を見る透真が、ソファに座っていた。
どこかおかしな様子にぼくは、おどおどしながらふたりに声をかける。
「ネナ? トーマ……?」
ネナはぼくを見てくれない。
いつもなら、やさしい声で「フィン」って呼んでくれるのに……。
「トーマ、ネナねてるの……?」
振り向くと、トーマは苦しそうな顔をしていた。
トーマはびっくりした目でぼくを見て、
すぐに——
「フィン……起こせ………
さい、み……んで……」
それだけ言って、
ガクッと動かなくなった。
「トーマっ?! トーマ!!」
ぼくは慌ててトーマを揺さぶった。
でも起きない。
トーマなら、絶対起きてくれるのに。
「ネナぁーっ!!」
トーマが起きないから、ネナの体を揺さぶった。
今度は、さっきよりも大きな声で呼んで。
でも——ネナも起きない。
「おきてっ、 おきてっ!!」
目の奥がじんじんして、視界が歪む。
どれだけ大きな声でいっぱい叫んでも、
どれだけ強く揺さぶっても、
ふたりは目を開けない。
——°。° °。°
「やぁだあ……やだぁあっ!」
頭の中で、変な音まで聞こえはじめて、
ぼくは怖くて、ぷるぷると震える。
ふたりの体にしがみついて、目をぎゅっとつむった。
——°。° °。°
°。° °。°
鳴り止まない音。
耳からじゃなくて、頭の中に聞こえる音。
(こわい、こわい、こわいよおっ!)
「ネナ、トーマぁっ!」
「おきて」
もう一度、そう言おうとしたとき——
ふ、と。
『フィン……起こせ………
さい、み……んで……』
トーマの言葉が、頭によぎった。
「……ひっく、
さいみん……で……?」
ぼくはテーブルの上のおもちゃを見た。
さっきまで紫に光っていた水晶は、
今はただの石みたいにどこか冷たかった。
そしてもう一度、ふたりを振り返った。
「ひっく……ネナ……トーマ……」
ネナは起きない。
トーマも起きない。
このままだったら——
(……もう、ぼくのこと……見てくれない……?)
胸の奥が、ズキンッと痛くなった。
『フィン、大好きだよ』
——ネナ。
『おいで、フィン』
——トーマ。
ふたりの声が、頭の奥で響く。
「……っ」
ぼくはふたりの服を、ぎゅっと握った。
うまくできるか分からない。
「おきて!」ができるか分からない。
でも、なにもしないほうが……もっと、こわい。
「……うぅっ……」
ぼくは握りしめていたふたりの服を、おそるおそる離していった。
手がほどけると、おずおずとトーマの前に立った。
スッと両腕を伸ばして、手のひらを大きく広げる。
(……トーマなら、だいじょうぶ……!)
だって、トーマがぼくを信じてくれたから。
——!
「おきてっ!!」
お腹の奥の魔力をぜんぶかき集めるみたいにして叫んだ瞬間、
ぐしゃっと混ざった魔力が、勢いだけで飛び出していった。
それでも、手のひらからまっすぐ、
トーマへ向かって魔力が走っていく。
だけど——
「ぉきない……」
トーマの目は固く閉じたまま、
ぴくりとも動かない。
——°。° °。°
「——おきてっ!」
ぼくはもう一度、〈催眠〉をかける。
今度はもっとたくさん、お腹に集めて放った。
でも、トーマは起きない。
「ひっく……なんでぇっ!」
「うわぁああん!!」
ぼくの心はとうとう限界を迎えてしまった。
わんわん泣き叫んで、
だけどやっぱりふたりは起きない。
——°。° °。°
「これやだぁ!!」
ずっと鳴っている変な音。
ぼくはもう、どうしたらいいのか分からなくて、
"その音に向かって"魔力をぶつけた。
——°。__ °。°
一瞬、音が切れた気がした。そして、
ぴくっ
——トーマのまつ毛が、わずかに揺れた。
「とーま……? トーマ!」
ぼくはトーマの服を強く引っ張った。
でもトーマは起きたわけじゃなくて、
また動かなくなった。
だけど——
(このへんな音、止めたらおこせる……?)
ぼくはなんとなく、そう感じた。
さっきは感情のままに打って、
一瞬しか止められなかった。
「しゅうちゅう……」
おもちゃに魔力を流すとき、
トーマはよく「集中してみな?」って言ってた。
ぼくは目をつむって、お腹に手をあてた。
いつも通り、
トーマが隣で見ている気がする。
髪がふわりと浮きはじめた。
まるで、風に包まれているみたいに。
両手をゆっくり、前に出す。
「すぅー……はぁー……」
大きく息を吸って吐いて、吸って……
「——とまってっ!!」
吸った息をぜんぶ吐き出すように叫んだ瞬間、
ぼくの魔力がドンッ!!と広がって——
風が、ぼくの魔力を導いた。
魔力を包むように渦を巻いて、
海に向かって一直線に伸びていく。
そして、
——°。_____
いやな音が止まった。
ふわっと、あたたかな風が頬を撫でる。
「……このかぜ……」
ぼくはよく知っているその風に、
部屋をきょろきょろと見回した。そのとき。
「……ぅ」
ネナたちの方から声がして、
ぼくはバッ!!と振り向いた。
——トーマが顔を歪めている。
「トーマ!!
おきてっ!!」
ぼくはすかさずトーマに〈催眠〉をした。
次の瞬間——
まつ毛が震えて、
ゆっくりと瞼が持ち上がる。
「……フィ、ン……?」
——トーマの目に、ぼくがうつった。
「っ! とぉまぁっ!」
トーマがおきた!
トーマが——戻ってきたっ!!
ぎゅぅっ!
ぼくは勢いのまま飛びついた。
トーマは軽々とぼくを受け止めて——
「フィン、よくやった……!」
ぎゅっと、
強く抱きしめ返してくれた。
胸がぽかぽかして、
なんだか、目の奥がじんわりする。
そして、
ポロポロと、涙がこぼれはじめた。
「……えへへ」
泣きながら笑うぼくを、
トーマはやさしい瞳で見つめる。
頭に、大きな手の温もりがやってきた。
「フィン」
トーマがぼくの名前を呼んだ。
ぼくはその声に背中をしゃんと伸ばして、
ちらっとネナを見た。
トーマが何を言いたいのか、
すぐに分かった。
ぼくは小さく——でも力いっぱい頷く。
「——うん」
トーマの腕の中から、
ネナに向かって手を伸ばす。
(だいじょうぶ。
ぼくは……できるっ!)
目をつむって魔力を集める。
体を支えてくれるトーマの熱が、
ぼくの背中を押してくれた。
ネナ、まっててね。
今——起こすから……!
ぼくはバッと目を開いて叫んだ。
「——おきてっ!!」
《フィン視点》end.




