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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
四章:覗く深海
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第十八話:出立の浜辺(後)


《???視点》


潮風がそよぐ正午過ぎ。

小さな理髪店の前に置かれたベンチで、一人の青年と男児が並んで座っていた。


男児は透明色の魔石が浮かぶ玩具で遊び、青年がその様子を見守っている。

しかし、男児を見つめる青年の瞳は、どこか遠くを見つめていた。



「うーーん!!」



男児が玩具に魔力を込める。

玩具はしーんと、全く反応を示さない。

男児はその後も繰り返し挑戦を続けたが、玩具に変化は訪れない。


「トーマぁ……」


男児が瞳を潤ませ、横にいる青年に助けを求めた。

その声に僅かに身を揺らした青年は、男児の持つ玩具に片手を添えた。



「フィン、目を瞑って」



青年の言葉に男児は一瞬きょとんと目を丸くしたが、すぐに青年の指示に従う。

ゆっくりと、萌木色の瞳を瞼で隠した。


青年はもう片方の空いている手を、男児の腹に当てた。


「お腹に意識を集中するんだ。

 頭の中で、『お腹、お腹』って考え続けてみな?」


男児は目を瞑ったまま、「おなか、おなか……」と唱え始めた。

暫くして、



「!!」



男児が驚いた表情で目を開いた。

大きな瞳を青年に向けて、興奮した様子で声を上げる。



「ぽかぽかしてきた!

 ぼく、これ知ってる!」



目を輝かせる男児に青年は優しく微笑み、そのアイボリーの柔らかい頭をぽんと撫でた。



「ああ、それが『魔力』だ。

 もう一度——

 今度はその魔力を外に出そう」



「目を瞑って」

青年の合図に男児はこくりと頷き、再び目を閉じた。

今度は口に出すことなく、全神経をお腹へと集中させている。


「魔力が集まってきたら——」


青年は男児の腹に置いた手を、胸元へとゆっくり滑らせた。



「『胸』『肩』『腕』『手のひら』『指先』へ、

 ゆっくりと、魔力を移動させるイメージをしてみるんだ」



落ち着いた声に合わせて、青年の指がやさしく動く。

くすぐったそうに肩をすくめた男児が、「んふっ」と小さく笑った。


「ごめん。くすぐったいよな」


青年はくつくつ笑って、男児も「ちょっとだけ!」と笑う。



「今度は触らないから……

 もう一度、やってみな?」


「うん!」



男児が再び集中する。

小さな肩がふっと上下し、静寂が落ちる。


さわさわと風がそよぐなか、

五分……十分……

時間だけが過ぎていく。

青年はその間ずっと、

ただただ、見守り続けていた。


十五分が経とうとしたとき——

男児の体から、じんわりと“風”が滲んだ。


アイボリーの髪が空気を孕み、ふわりと浮き上がる。

身に纏う布地が、そよそよと微かに揺れた。


そして——


紫の光が、静かに咲いた。

男児の手にある玩具の魔石が、深いアメジストの色を宿し、淡く脈を打つ。

その光は細い筋となって広がり、周囲をやわらかく照らした。



「フィン……ゆっくり目を開けて」



青年の声が、風に溶けるように落ちる。

男児は睫毛を一枚ずつ剥がすように、そっと大きな瞳を開いた。



「……わぁ」



目の前の眩い光が、瞳の奥で弾けた。

頬を染めた男児は、息を弾ませて叫ぶ。



「きれいなむらさきだ!」


「ぼくの——まりょく!」



きらきらと瞳を輝かせてはしゃぐ姿に、青年は穏やかな笑みを浮かべた。

「よかったな」

そう言って、男児の頭を撫でる。


その時——



フッ。



眩い光が、一瞬で溶けるように消えた。

男児は眉を下げ、悲しげに呟く。



「……きえちゃった」



肩を落とす男児に、青年は優しく微笑む。

その瞳を覗き込みながら、

柔らかく低い声で言葉を落とした。



「消えないように、練習するんだろ?」



その声に、男児はハッと顔を上げた。

丸い瞳がぱあっと輝き、青年を真っ直ぐに見つめる。



「うん!

ぼく、もっといっぱいできるようになりたい!」



サァア——と、風がそよいだ。

その手元が、一瞬だけ淡く翠に光る。


青年は、微かに目を見開いた。

息を呑み、何かを悟るように視線を落とす。


男児は緑の光にも、青年の変化にも気づかず、

玩具を見つめながら胸を弾ませていた。


青年は暫く思案し——

(……ああ、そういうことか)

と、腑に落ちたような表情をほんの僅かに見せた。


「がんばるぞー!」


小さな拳を掲げる男児に、青年は微笑んで応えた。



「すぐに、できることが増えるはずだ」



確信に満ちた声。

その言葉の奥には、どこか温かい希望が滲んでいた。

青年はもう一度、男児の頭をやさしく撫でた。


からん。ころん。


横から、鈴の音が響いた。

音の先——理髪店の入り口に、

一人の少女が姿を覗かせる。



「おまたせ」



ふわりと笑う少女。

整えられた髪が、潮風にそっとなびいた。



「ネナー!」



男児がぱっと顔を綻ばせ、勢いよく少女の元へ駆け寄る。

少女は少し身を屈め、その小さな体をやわらかく受け止めた。



「どう? おもちゃ、たのしい?」


「ネナ! ぼくっ、ぼくっ! まりょく出せたよ!!」



ぴょんぴょん跳ねながら報告する男児に、少女の垂れた瞳がぱっと開かれる。

すぐに、花が綻ぶような笑顔がこぼれた。



「フィン、すごいね!」


「うん!」


「ふふっ、よかったね!」



男児とくるくる回り出す少女。

その笑い声が潮風に乗って、やわらかく空へ溶けていく。


青年はその光景を、静かに、愛おしげに見つめていた。



《???視点》end.



***



額を掠める髪が、さらさらと揺れる。



(ふふっ)



きれいに整えてもらった髪に、胸が弾んだ。

フィンからしてみれば、

「ほんとうにきったの?」

なんて首を傾げられてしまうほどの、ほんの小さな変化。



ふと、先ほどのことを思い出して、後ろ髪を摘む。



『前髪だけ』——そのつもりだった。

けれど、お店の人が

「すぐ終わりますよ〜」

と優しく言ってくれたから、つい全体もお願いしてしまった。


長さは変えず、整えるだけ。

それなのに、透真はすぐに気づいた。


「一緒に整えてもらったんだな」


そう言って、やわらかく笑った。


(やっぱり、透真は気づいてくれるんだね)


胸の奥がじんわりと温かくなる。

——けれど、その奥底に滲んだ雲はまだ晴れない。


海風が頬を撫でていった。

潮の香りが淡く混じる。



——風が、この雲を晴らしてくれたらいいのに。



きゅっと胸の前で手を握る。

その手首で、腕輪がきらりと陽光を弾いた。



『船に乗る前に、体を存分に動かそう』

そんな話で、私たちは浜辺へとやってきた。


途中、お昼ごはんにと立ち寄ったパン屋さんで、

それぞれ好きなパンを買って。

今は、柔らかい砂の上に腰を下ろして食べている。


お尻の下には、透真が出してくれた敷物。


「ありがとう」


"準備がいいなぁ"と、

思わず頬が緩んだ。


潮の匂いと焼きたてのパンの香りが、風に混ざる。

波がさらりと引いていく音が、心地よく耳をくすぐった。


歩き続けて少し火照った体を、

ひんやりとした海風がやさしく撫でていく。

その冷たさが、なんだかくすぐったくて——

私はふっと、目を細めた。


パンを食べ終えたフィンが、ぽんっと立ち上がった。

そのまま海の方へ、ぱたぱたと駆けていく。



「フィン!

 危ないから、戻っておいで?」



思わず前のめりになり、

砂に足を取られそうになりながら、私は声を張った。



「だいじょーぶー!」



遠くから返ってくる声。

その無邪気さに、思わず苦笑する。


(もうっ……)


パンを置いて立ち上がろうとしたとき——

横で影がすっと動いた。


私より先に、透真が立ち上がっていた。

砂を踏みしめながら、静かにフィンの方へ歩いていく。


陽光を背に、波打ち際へ向かう透真の背中。

肩越しに反射した光が、きらきらと揺れた。



「フィン、後でな」



透真がフィンの両脇に手を差し込み、軽々と抱き上げる。

足先から水がぱしゃりと跳ね、透真のシャツに雫が散った。


その光景が、なんだか……まるで——



(親子、みたい)



似たような光景は、これまでに何度も見てきた。

なのに、どうしてだろう。

今日だけは、初めて見るもののように、思わず目を細めた。


波が寄せては返す。

その音が、心の奥の静けさをそっと撫でていった。



透真と私もパンを食べ終えて、少し休憩したあと。

私たち三人は砂浜を歩き始めた。

砂からきらりと覗く貝殻を見つけては、駆け寄ってはしゃぐフィン。



「みてみてー!

 すっごくきれいだよー!」



薄い桃色の貝殻を掲げるフィン。

陽の光が殻の縁をすっと撫でた。

フィンの元まで近寄る。


「ほんとう、すごくきれいだね」


海風に舞う髪を耳にかけて、笑いかけた。


フィンは私の言葉に満足げに笑って、その貝殻を——



「はいっ!」



私に差し出した。

一瞬、きょとんと目を丸くする。



「……くれるの?」



戸惑いながら、フィンに尋ねた。


フィンが欲しかったんじゃないかな?

そんな気持ちで。


けれど、フィンは迷いなく、

満面の笑みで頷いた。



「うん!

 ネナにあげたかったの!」



声にならないうれしさが、息と一緒にこぼれた。

目の前の、小さな手のひらの上に置かれた貝殻。

私は壊れないように、そっと摘み上げた。



「ありがとう、フィン」


「どーいたしましてー!」



微笑んでお礼を伝えると、フィンは太陽のような笑顔を返してくれた。

そして、くるりと振り向くと、


「次はトーマの!

 その次はおじいちゃんとお兄ちゃん。

 おばちゃんたちと、エーリオの分も!」


「フアナたちにもあげるんだ〜」

はしゃぎながら、また新しい貝殻を探し始めた。


その姿に思わず、

「ふふっ」と笑い声がこぼれた。


ザッ、ザッ。


砂を踏みしめる音が横で止まった。

振り向くと、透真が柔らかく微笑んで、私を見つめている。



「——きれいだな」



まっすぐに、私を見つめて微笑む透真。

その瞳に、呼吸がほんの少しだけ揺れた。



(貝殻の……ことだよね?)



「……そうだね。

 ふふっ、すてきな贈り物、もらっちゃった」



小さな違和感を、ごまかすように笑った。

透真は静かに微笑みを浮かべたまま——

そっと私の頭を撫でた。



「……」



さざなみが、沈黙を埋めるように響く。

心地のいい音に、胸の奥が癒されていくのを感じた。



「……明日、いよいよ出発だね」



透真から視線を逸らして、海を見つめた。

水面は光を弾いて、揺れる波間に合わせてきらきらと輝いている。



「……そうだな」



透真の低く落ち着いた声が、耳をくすぐった。



(透真って……こんなにもずっと、落ち着いてたかな)



新たなざわめきが心を震わせる。


遠くで、汽笛の音が響いた。

それはまるで、胸の奥の痛みをそっと包み込むように、

海へと溶けていった——。



第十八話

覗く深海-出立の浜辺- 完

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