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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
四章:覗く深海
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第十七話: 波紋の一滴(後)


一度宿に戻り、おにぎり食べ終えたあと、

しばらく休憩を挟んで、私たちは再び出かける準備を始めた。


(玩具屋さんと、服屋さんと……)


漏れがないようにと作っておいたチェックリストを確認する。


『長い船旅でフィンが退屈しないように、ちょっとした暇つぶしになる物があればいいね』


そう昨日透真に話をしたら、透真は二つ返事で予定に加えてくれた。


それと、服屋さん。

昨晩ご飯を食べているとき、近くに座っていた旅人たちのある会話が耳に入ってきた。



『プルーヴィアの方は今暑いだろう?対策はしっかりしておかねぇとなぁ』

『ポーションでも買っておくか?』

『体調崩しそうだよな。

まあ、少し西に行きゃあ聖女様がいるから、会いに行く口実にするのも……』

『おいおい!そんな事で手を煩わせるつもりかよ〜』



酔っ払っている二人組はそう話しながら、"あっはっはっ!"と大笑いした。


行き先は同じくプルーヴィア。

当然、私たちも対策をしなければならない。


(南に移動するんだから、それはそうだよね……)


そのことを、すっかり忘れていた。


私も透真も秋・冬の服しか持っていない。

だから、服屋さんも急遽行くこととなった。



「どこにお出かけ〜?」



フィンが背伸びをして、机の上のチェックリストを覗き込む。

けれど、チェックリストはもちろん、日本語で書いてある。

読めるはずもなく、フィンは「む?」と首を傾げた。


(ふしぎと、私たちはこっちの言葉が分かるけど)


フィンたちの言葉が聞き取れるだけではない。

文字も読める上、書くこともできる。


透真が言うには転移の際に、

「同期したんだろうな」

ということみたいだけれど。


(そういうもの、なのかな?)


頭を左右に揺らしているフィンに、思わず口元が緩んだ。



「ふふっ、そうだねぇ……。

 まずは玩具屋さんから探してみようか」


「おもちゃ〜?!」



フィンが目をキラキラさせて見上げてくる。

透真がフィンの顔を見て笑った。



「さっきそれっぽい店あったから、そこから見てみるか」



"さっき"

ということは近くのはず。

私はちょうど良かったと、透真の言葉にこくりと頷いた。


部屋を出て外に向かう途中、従業員の女性に声を掛けられた。



「おや、またお出掛けかい?」


「元気があっていいねえ!」と笑う女性。

実はさっき、部屋に戻ってきた時にも「おかえり」と声を掛けてくれたのだ。


「はい。色々準備を整えようかと」



透真が答えると、女性は

「あんらぁ、しっかりしてるわねぇ」と、

透真の肩を優しく叩いた。



「目的の場所は分かってるのかい? おばちゃんが教えてあげようか?」


「ありがとうございます。場所はさっき確認したので、大丈夫です」


「おや、そうかい……」



断った透真に女性は少し残念そうな表情を浮かべた。


「それでは」


そう言って透真が立ち去ろうとする。

ぼーっとやり取りを見ていた私は、慌てて「行ってきます」とぺこり頭を下げた。



「いってきまーす!」


「いってらっしゃい」



フィンも大きな声であいさつをすると、

女性はにこやかに手を振って送り出してくれた。



外に出るとさっきよりも日が昇っていて、肌に触れる空気も少しだけ温かくなっていた。

出歩く人々も増えていて、通りは賑わいを見せている。


「こっち」


透真の案内に連れられて玩具屋さんへと向かう。

少し歩いて通りを曲がると、ショーウィンドウの中に人形やおもちゃがぎっしりと並べられたお店が見えた。


(大通りからだと気づかなかった……)


よく目に入ったなぁと、

透真の視野の広さと視力の良さに驚いた。


まじまじと透真を見つめていると、透真が「どうした?」と首を傾げた。


「ううん。

 なんでもないよ」


私は首を横に振った。



「うわぁ!」



玩具屋さんに気づいたフィンが、興奮した声を上げる。

次の瞬間、ぱたぱたとお店の飾り窓に向かって走り出した。



「……」



じーっと並べられたおもちゃを見つめるフィン。

その肩に透真がそっと触れて、フィンがハッと体を揺らす。

透真は目を細めて、フィンに声を掛けた。


「中に入ろう」


透真を見上げたフィンは"こくこく!"と大きく二回頷いた。


(ふふっ)


自然と頬が綻ぶ。


私たちは、興奮するフィンを先頭にお店の中へと入っていった。


「ネナ! これなんだろう?」

「ネナ!」「トーマ!」


あっちを見たり、こっちを見たり——忙しないフィン。

それもそのはず。

店内には、色とりどりで形もさまざまなおもちゃが、ぎっしりと並んでいた。


殆どの時間を森で暮らしてきたフィンにとっては、どれも見たことのない物ばかり。

「なにこれぇえ?!」と驚く瞳は、ずっとキラキラと輝いていた。


今回ここで買うおもちゃは二つ。

一つはフィンがほしいと言ったおもちゃの中から。

もう一つは、例えばトランプのような、色んな遊び方ができそうなおもちゃ。


その二つを予算と相談して購入する。

透真とあらかじめ、そう決めていた。


少しでも退屈にならないようにしてあげたいというのが、本来の目的。

お人形のようなおもちゃだと、あまり意味がない。でも——


(フィンがほしいものを、買ってあげたい)


養護施設で育った私たちは、

新しいおもちゃを買ってもらえることは殆どなかった。

買ってもらえたとしても、そこに私たちの意思はなかった。


今は、買ってもらえるだけありがたかったと、そう思っている。

だけど、子どもの頃にはどうしたって、それが悲しくなってしまった。


だから、私たちが選んだ物だけを与えるのではなく、フィンの望みを叶えたい。


——透真も、私と同じ気持ちだった。



「フィン。

 どれか気になるの、あった?」



きょろきょろと見回すフィンに、そっと尋ねる。

フィンは目を大きく開いて、「いっぱいある!」と答えた。



「これとっ、あれとー……これも!」



そうフィンが指をさしたのは、どれもきれいな石がついていた。


(魔石……かな?)


一つはオルゴール。

スノードームのような形をしたそれは、メロディに合わせてキラキラと光る。

ドームの中には動物たちがいて、その動物たちもまた、音楽に合わせて動き出した。


二つ目はおもちゃの剣。

柄の部分に石がついていて、そこに魔力を流すと、流した魔力の性質によって剣からオーラが出るみたい。

例えば、"水属性の魔力なら水色のオーラ"のような。



(そういえば、フィンって何属性なんだろう?)



ビエント峡谷での戦い。

フィンの催眠魔法のおかげで、あの魔物を斬ることができた。

そんなフィンの魔法が何属性なのか、異世界に来たばかりの私には、まったく見当がつかない。


このおもちゃで分かるかも。

そんなことを考えていたら、ちょうどフィンが剣を掴んだ。



「それにする?」


「……これはちがうかも!」



そう言ってフィンは、剣をそっと戻した。


私は"ちょっと残念……"と思いながら、三つ目のおもちゃの方を振り向いた。


(これは……なんだろう?)


模型のような、そのおもちゃ。

そのおもちゃは土台と、その上に浮かぶ水晶だけの、とてもシンプルな物だった。



「それは、魔力操作の練習用のおもちゃだよ」



ふと、後ろからそんな声が聞こえた。

振り向いてその声の主を見ると、

そこには、真っ白な髭を蓄えたおじいさんが立っていた。



「懐かしいなぁ。

 子どもたちが小さい頃、よくこれで遊んでいたのを思い出すよ」



そう目を細めて、どこか遠くを見つめるご老人。

その姿にふと、幼い頃の記憶がよぎった。


知育おもちゃで遊ぶ私と透真を、静かに見つめていた先生。

いつもは冷たい表情が、そのときは少しだけ穏やかだったのを覚えている。



——あのとき先生は、なにを想っていたんだろう。



「いいおもちゃに出会えるといいね」



おじいさんの言葉に、はっと肩を揺らす。


(お礼を……)


そう前を向いたときには、

すでにおじいさんは、

店の外に出ようとしていた。


「あっ……」


言いそびれてしまった。


店を出て行くおじいさんの背中を見つめる私の横で、フィンが水晶のおもちゃをじーっと見つめている。



「……ぼく、これがいい」


「え?」



フィンがおもちゃをぎゅっと抱えて、私の顔を見上げた。



(本当に、それがいいの?)

そう聞きそうになったのを、ぐっと堪えた。



フィンの目は真剣だった。

その瞳には、いつもの可愛らしい羊の男の子の面影はなく、私は思わず息を呑んだ。

そうして気づいたときには、口元が緩んでいた。



「それがいいんだね」


「うん!」



満面の笑みで頷くフィン。

私はフィンの頭を撫でながら、「それ買おっか」と笑った。


十分、予算内に収まる。

あともう一つどうしようか……と考えていると、

「音凪」と、透真が私を呼んだ。



「どうしたの? 透真」


「これとか、いいんじゃないか?」



スッと差し出したのは、動物のイラストが描かれたカードケース。


「これは……かるた?」


「かるたにもなる」


「?」


透真の言葉に首を傾げる。

透真はカードケースの裏面を向けて、詳しく説明してくれた。


「カードをこのケースに入れたまま裏面の操作盤を弄ると、用途によって絵柄や枚数が変わるみたいだ。

 かるたもトランプも、UNOもできる」


透真の説明に、目を丸くした。


(わぁ……異世界、すごい……)


透真からカードケースを受け取って、まじまじと見つめる。


これなら退屈しなさそう。

それに——


(きっと、カードが一枚足りなくなることもないよね?)


だって、増えたり減ったりするんだもん。

私はカードケースをぎゅっと胸に抱えて、「これにしよう」と、透真の顔を振り返った。



「ふっ……、お気に召したようで」



私の顔を見て笑う透真。

そんな透真に

「うん、ありがとう」と笑い返した。



「……どういたしまして」



透真は目を細めて微笑んだ。



その後、私と透真は「早く買おうよー!」というフィンの声に、お会計へと向かった。

お金は透真に預けている私の分から出してもらった。


(乗船券は透真の分で払っていたから、しばらくは私の分で支払い)


旅の途中で手に入れた素材や薬草などを売ったお金はそれぞれの分として分けていた。

それは布の口を縛る紐の色で見分けていたけれど、乗船券のときは透真の分を示す黒の紐だった。


透真は、

「魔物は音凪が殆ど倒してるし、俺はそんなにいらない」と、

薬草の分しか受け取らないから、そんなに手持ちは多くはないと思ってたんだけど……。


(三人分の乗船券を精算できるくらいには、薬草も稼げるみたい)


精算を終えると、透真が「ありがとな」と言った。

私は「ふふっ」と笑って応えた。



「ふんふんふーんっ♪」



三人で玩具屋さんを出る。

フィンはとてもご機嫌で、買ってあげたおもちゃの入った箱を大切そうに抱えていた。


(よろこんでもらえてよかった)


軽快な足取りで鼻歌を唄うフィンを見て、くすりと笑みをこぼした。


「次は服屋さんだね」


(夏服と……

 それから、透真の上着も見てみようかな)


透真が今羽織っているのは、登山用品メーカーの真っ黒なパーカー。

『ちょっと奮発した』とうれしそうに話していたのを覚えている。

とても気に入っているみたいで、肌寒くなってからはよく着ていた。


そんなパーカーは、この世界では少しだけ浮いている。

そもそも、真っ黒でカジュアルな装いをまったく見かけない。


でも透真、黒が好きなんだよね……。

気にいる服、ないかも。

そんなことを考えていたときだった。


(あれ? 透真のパーカー……)


ふと、違和感に気づく。

それはパーカーの左胸にある白い刺繍。

メーカーの名前が入っているだけの、シンプルなデザイン。だけど。



——ロゴ、こんな感じだったっけ?



このメーカーのこと、そんなに知っているわけではない。

むしろ、透真に聞くまで知らなかった。


けれど、透真がうれしそうに話してくれたとき。

奮発したというから、私は「いくらしたの?」と聞いてみた。


あのときの衝撃は忘れられない。

私の服が四、五着も買えると、まじまじ透真のパーカーを見つめてしまったくらい。


だからかもしれない。


(文字の形が、どこか違うような……)


そんな小さな違和感に、気づいてしまったのは。



——。



ふと、今朝の透真の表情が脳裏をかすめた。



(……)



「……音凪?」



透真の声にはっとする。

少し視線を上げると、透真が不思議そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。



——ううん、なんでもない。



そう答えようと、唇をわずかに震わせて、止める。



(……このまま、透真から話してくれるのを待つだけで、いいのかな)



潮風が吹き抜け、髪が揺れる。


海からは、波のざわめきがしばらく響いていた。



第十七話

覗く深海-波紋の一滴- 完

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