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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
四章:覗く深海
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第十五話:静寂の波間で(後)


「そろそろ出掛けるか」



おにぎりを食べたあと、

しばらく休憩をしていると、透真がおもむろに椅子から立ち上がって言った。


「先に部屋に行かなくても大丈夫?」


「大丈夫」


透真の言葉に、私もそっと立ち上がる。


「フィン、お出かけだよ」


「はあい」


フィンの手をやさしく握って、

先にドアの前まで移動していた透真の後に続こうとしたとき。


(……あ)



「フィン」


「なあに?」


「今日寝るの、一緒のベッドでいい?」



私はちらっと、ベッドに視線を移した。


(この大きさならふたりで寝れるだろうけど、念のため)


さっきフィンは「ひとりで寝れる」と胸を張っていた。

もしかしたら、一緒に寝るのは嫌かもしれない。


「お布団、借りてくる?」


続けてそう尋ねると、フィンは首を大きく横に振った。



「ネナといっしょにねる!」



笑ってそう言ってくれたフィンに、

私も「ふふっ」と笑い返した。




部屋を出て一階にある受付に向かう。

カウンターの前に着くと、透真は店主に声をかけた。


「すみません」


「どうかしたかい?」

と尋ねる店主に、透真は続けた。



「ギルドと乗船場の場所を教えてもらえませんか?」



ラウハの町からリベルタまでの道中、

たくさんの魔物や動物たちと遭遇した。


倒した魔物たちは透真の手によって解体され、

素材やお肉はスマホの中に収納してある。


その他にも、時々採集した薬草は使い道が分からない物が多く、素材と一緒に売るつもりだ。


そして、そのお金で乗船券を買う。



(自分で薬が作れたらよかったんだけど……)



時間があったら、本屋さんで専門書でも探してみようか。

ぼんやりとそんなことを思った。



「ギルドと乗船場ね。それなら……」



店主はカウンターの下でごそごそと何かを漁りはじめた。

そしてすぐに、一枚の紙をカウンターの上に置いた。



「この町の主要な建物が描いてある地図だ。これを持って行きな」



地図を覗くと、濃い灰色の線がシンプルに描かれていて、一箇所だけ赤い四角で塗られていた。


「赤がここ。今いる場所だ。

 配ってるもんだから、返す必要はないぞ」


店主は地図を指差しながら教えてくれた。

私たちはお礼を言って、透真が地図を受け取った。


「いってらっしゃい」


私はもう一度ぺこりと頭を下げて、

三人で宿屋をあとにした。



***



「うわぁあ! みてみてっネナ!

 海だよぉーー!!」



遠くに見えはじめた海に、フィンははしゃいだ。


ギルドで素材の換金を終えて、私たちは海へと向かった。


フィンにとって、海は初めてだった。

それこそ、毎日のように「あしたつく?」と聞いてくるほど、

リベルタに着くのを心待ちにしていた。


いざ着いたら、空腹の方が勝ってしまったようだけど……。



「はやくいこう〜!」



私の手を引いて足踏みするフィンの姿に、思わず笑みがこぼれる。


本当は先に乗船場へ向かうつもりだった。

けれど、こんなに目を輝かせたフィンを前にしては——

そんなこと、言えるはずもない。


透真の顔を見る。

私の気持ちをすぐに察した透真は、笑って小さく頷いた。



三人で波止場に近づいて行く。


ザァ……と波打つ音。

吸い込まれそうなほど、深い青。

陽光を受けた波が、

まるで宝石を散りばめたようにきらめいていた。



「うわぁ……」



フィンは瞳を輝かせ、感嘆の声を漏らした。



「フィン、初めての海はどう?」



私は海をじっと見つめ続けるフィンに尋ねた。



「おっきい!」



フィンは振り向くと、両腕をめいいっぱい広げて叫んだ。

子どもらしい言葉に、「そうだね」と笑った。



(懐かしい音……)



穏やかな潮騒の音に、ふと高校時代の思い出が過った。


高校生になって行動範囲が広がると、

私と透真はよく出歩くようになった。

アルバイトのない日が重なると、

「今日はここに行こう」なんて、

その日の気分で行き先を決めたりしていた。


そうして過ごす日々のなかで、よく行った場所のひとつが海だった。


養護施設から海は、徒歩二時間もかからない距離だった。

高校生なんて体力が余っているくらいで、

“そのくらいの距離なら”と、

散歩先の候補にすぐ上がった。


特別なことは何もしていない。

ただ、防波堤に並んで座って、ぼーっと海を眺めるのが好きだった。



(だけど……)



三年生になって、受験勉強が本格的に始まると、

海に行くこともなくなった。


奨学生として大学に進むには、努力するしかなかった。

アルバイトを辞める余裕もなく、

空いた時間はすべて勉強に費やした。


フィンを見守る透真の横顔を見る。

最後に海に行ったときにはまだ幼かった横顔が、

今ではすっかり大人の顔になった。



じーっと見つめる視線に気づいた透真が、

「どうした?」と首を傾げた。



「ううん。何でもないよ」



私はそう笑って、再び海を眺めた。



(顔つきは変わっても、表情はあの頃のまま)



『ネナさん、気をつけて。

 ——トーマさん』



——スッ。

無意識に、右手首の腕輪——傘に触れる。



フアンくんのあの言葉。

心の奥底でずっと引っ掛かっていた。


初めは、

「透真に気をつけろ」

そういう意味だと思っていた。でもたぶん、違う。

フアンくんが感じた何かは、きっと私が感じているものと一緒。



透真は——何かを隠してる。



それが何かは分からないけれど、

これだけは確信している。



(透真が、私を傷つけることはない)



——それだけは、信じられる。

だから、いい。

話したくなったときに、話してくれれば。



ザァ……。

小さな波が、テトラポッドの隙間に潜って消えていく。


海風に揺れる髪を、そっと耳に掛けた。

空に浮かぶ海鳥が、白い翼を広げる姿を見つめて……。



第十五話

覗く深海-静寂の波間で- 完

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