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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
四章:覗く深海
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第十五話:静寂の波間で(前)


鼻をくすぐる潮の香り。

ひんやりとした海風が、髪を優しく揺らした。



——港町、リベルタ。


ついに、辿り着いた。



フアナたちと別れてから四日が過ぎた。

二日かけてビエント峡谷を抜け、さらに森を歩くこと二日。

ようやく整備された道を見つけ、ほっと胸を撫で下ろしたのが二時間ほど前のことだった。



遠くから聞こえてくる汽笛の音。

少し湿り気を帯びた風。


そのどれもが、

新しい場所への期待を煽った。



そして今、目の前には

「ようこそ、リベルタへ」

と書かれた看板が、木組みの門に掲げられている。



ラウハの町と違い、港町リベルタの門は常に開かれていた。

道の両脇に立ち並ぶ、グレーやホワイトの鎧張り意匠の建物。

その間から潮風が抜け、海がすぐそばにあることを実感する。



「リベルタついた? ぼく、おなかすいちゃったぁ」



フィンが私の服の裾をくいくいと引っ張る。


(そうだよね)


朝ごはんを食べてからすでに五時間近く経っていた。

整備された道に出たからすぐ町に着くと思ったのに、思ったより時間がかかってしまった。



「先にごはんにして、そのあと宿屋さんに行く?」


「そうするか」



透真も頷き、私たちはごはん屋さんを探しはじめた。



町を散策しながら入るお店を吟味していると、あるお店の看板が目に入った。



(おにぎり専門店……?!)



日本食すぎるその名前に、目を丸くする。

そういえば……と、透真がラミアさんたちに『カツ丼』を頼んでいたことを思い出す。


この世界、あまりにも元の世界の要素が多い。

それも、日本食。



(不思議な縁だなぁ。

 ……でも、うれしい)



パンやパスタもおいしいけど、やっぱり一番食べたいのは、お米。


……おにぎり、食べたいなぁ。



「ネナ?」



足を止めた私に、フィンが首を傾げる。

私はためらいがちに、ふたりに視線を注いだ。



「おにぎり屋さん……どうかな?」



物足りないかな?

やだって言われちゃうかも。



おそるおそる、ふたりの反応を待っていると、

フィンがきょとんと目を丸くして、



「"おにぎり"ってなあに?」



こてん、と反対側に首を傾げた。



どうやら、この世界で当たり前の食べ物というわけではないらしい。


私は「おにぎりはね……」と説明をはじめた。



「炊いたお米の中に、ほぐしたお魚とかお肉、お野菜を包んで、ぎゅっ!ぎゅっ!って握った食べ物だよ。

 具材とご飯を混ぜて握ったものもあるよ」



説明していると、不思議と口の中で風味を感じる。

美味しいおにぎりの味が思い起こされて、自然と目元が緩んだ。



「ぼく、たべてみたい〜!」



瞳を輝かせて声を弾ませたフィン。

私はうれしさに頬が解けたのを感じた。


(あとは透真だけ……)


私とフィンは期待の目で透真の顔を見上げた。



「ふ……っ」



透真が私たちの顔を見て吹き出した。



「いいよ、おにぎり屋さん」



笑いながらそう答えた透真に、私とフィンは「やったね」とハイタッチをした。




おにぎり屋さんに入ると、

まず炊き立ての甘いごはんの香りと、

焼き魚の香ばしい匂いがふわっと香ってきた。


次に店員たちの「いらっしゃませ〜」と言う声と、

ジュウジュウ何かを焼く音が耳に入ってくる。


(おいしそう……)


さらに高まる期待に胸の奥が弾んだ。



店内を見回すと、

食品サンプルのようなものが並べられたカウンターと、

その奥に店員さんが一人立っていた。


注文したおにぎりは、その場で握ってくれるらしい。

私はカウンターのメニューをじぃーっと見つめ、

お目当ての具を探す。



(……あっ! あった、明太子!)



思わず頬が緩む。

おにぎりと言ったらまずは明太子。

これは譲れない。


おにぎりの大きさが、『大』『中』『小』と選べるみたいだから、『小』にしてあと二つくらい頼んじゃおうかな?


ほんの少し贅沢しちゃおうかな、なんて考えていたら、

下からフィンの「うーん」という声が聞こえてきた。



「フィン、どうしたの?」



少し屈んでフィンに話しかける。

フィンは困った顔で「ネナぁ……」と私の顔を見上げた。



「いっぱいあって、えらべない……」



(フィンにとっては切実なんだろうけど……)



私はいわゆる"うれしい悲鳴"というものに、くすくす笑ってしまいそうになるのを我慢した。


「フィンは今、何食べたい?

 お魚? お肉?

 それとも別のものかな?」


「うーんとね、おさかな!」


「それなら……」


"魚"と答えたフィンに、ショーケースを指差した。



「ツナマヨと、鮭おにぎりがおすすめだよ」



おにぎりの定番、ツナマヨと鮭。

フィンくらいの歳の子なら、ほぼ間違いなく「おいしい」って言うと思う。


フィンはまんまるの目を大きくして、ぱぁああ!っと瞳を輝かせた。



「ぼく、それにする!」


「どっちも?」


「どっちも!」



「おじさん、ツナマヨとさけふたつ!

 おねがいします〜!」


フィンが腕を伸ばしながら指をニ本立てて注文する。

横で透真が「小さいので」と補足した。


私はその様子にくすりと笑みをこぼして、またメニュー表を見る。


(私も、もうひとつはツナマヨにしよう。

 あとひとつ、どうしようかな……)


せっかくなら、少し変わった具にしたい。


メニューの文字を目でなぞっていく。

ふと、変わった名前が目に入った。



「……あの」



店員さんに声を掛ける。

「どうしました?」と尋ねる声に、私はメニューをそっと指差した。



「この、『ボルケーノ』って——

 辛いおにぎりですか?」



横で透真が、

「目敏いな……」

と、半笑いで呟いた。



「はい! かなり辛いおにぎりですよ。

 あまりに辛いので、挑戦者が後を絶たない、隠れ人気のおにぎりなんです」



そう続けた店員さんの言葉に、

私は迷わず「それをひとつ下さい」と言った。



「お客さん、これにするんですか?

 恐らく、想像されてる何倍も辛いですが、よろしいですか?」



店員さんは念入りに確認をした。



「はい。お願いします。

 それと、明太子とツナマヨも。

 三つとも小でお願いします」



私はすぐさま頷いた。

店員さんは目を丸くすると、一拍。


「かしこまりました!」


そう言って厨房を振り返り、

「ボルケーノ用意ー!」

と叫んだ。



"辛いおにぎり"

明太子だけでも十分うれしかったのに、さらに辛いおにぎりがあるなんて……!



私は遠くを見つめて、期待に胸を弾ませる。

そんな私を透真は苦笑いしながら見つめ、自身の分の注文を済ませた。



***



私たちはおにぎりを抱えて宿屋へ向かった。


最初は"おにぎりなら波止場で座って食べよう"って話も出た。

けれど、空を海鳥がたくさん飛んでいたから……。



(おにぎり、取られちゃうもんね)



この辛いおにぎり、

取られてしまったらショックで部屋に篭ってしまうかもしれない。


私は両手のおにぎりをぎゅっと抱えた。



この町は宿場町としての役割が大きく、

立ち並んでいる建物の半分以上は宿屋だった。


そのおかげで、空いている宿屋はすぐに見つかった。



「部屋はいくつだい?」



店主の言葉に、透真が「二部屋」と答える。



「え? 一部屋でいいよ」


「二部屋で」



頑として譲る気のない透真。


(節約した方がいいと思うんだけどな)


店主は「二部屋ね〜」と言って、バックヤードに掛けてある鍵を二本持ってきた。



「どっちの部屋も、その子くらいなら一緒に泊まれるスペースあるから」



フィンを見ながらそう説明した店主が鍵を差し出す。

それぞれの鍵には「202」「203」と書かれたタグが付いていた。

隣同士の部屋が空いていたらしい。


透真はお礼を言って受け取った。


「寝具とか足りないものがあったら、ここに声かけてくれりゃいいから」


肘を置いているフロントカウンターを指差しながら、店主はにかっと笑った。




店主にお礼を言って部屋の前まで来た私たち。

透真はフィンに目線を合わせるために屈んだ。



「さて、フィンはどっちに泊まる?」



フィンは「ふふん!」と胸を張って答える。

その姿がフアナみたいで、思わずクスクス笑ってしまった。



「ぼく、ひとりでねれるよ!」


「……フィン、そういうことじゃない」



フィンの肩を掴んで苦笑いをする透真。

フィンは「違うの?」と、まんまるの瞳で首を傾げた。



「フィン、今日は私と一緒の部屋でいい?」



少し屈んで、フィンの顔を覗き込むように尋ねた。



移動中の野宿では、私と透真が時間交代で眠っていた。

だけど透真は、


『戦える音凪は休んだ方がいい』


そう言って、ほとんど寝ようとはしなかった。


フアナたちのところに泊まっていたときも、

起きるのはいつも私より早かった。



(ひとりじゃないと、眠れないのかも)



それなら、せっかく二部屋取ったのだから、透真を休ませてあげよう。


そう思って提案すると、満面の笑みで「うん!」と了承してくれた。


フィンが私の手をぎゅっと握る。

私もそっと握り返した。


どこか安心した顔の透真が、

「まずそっちの部屋に荷物出すから」と言って203号室のドアを開けた。



部屋の中には大きめのベッドが一つと小さな机。

机の上には手のひらサイズの時計が置かれている。


正面には両手を広げたくらいの幅の窓が、

腰より少し高いくらいの位置から透真の背くらいの高さまであった。


その両脇の房掛けに、白いカーテンがロープで留められていた。


(透真が確か177センチ……だっけ?)


私とちょうど20センチ違うって言っていた覚えがあるから、たぶんそれくらい。


透真はスマホから私たちの荷物を手際よく出していく。

一通り必要そうな物を出し終えると、私に振り向いて「足りる?」と尋ねた。


「うん、大丈夫。

 ありがとう、透真」


「トーマありがとう!」


抱きつくフィンを撫でながら、

「足りないものがあれば、言ってな?」と笑う透真に、こくりと頷いた。



「透真、ごはんどうする? 今ここで食べていく?」


「ああ、そうしようかな」



透真は頷くと、開けたままにしていた部屋のドアを静かに閉めた。



(みんなで食べた方がおいしいもんね)



私たちはベットの上や椅子に腰をかけ、おにぎりを取り出した。


「フィン。

 ベッドにこぼさないように、顔と手を膝の上にして食べるんだよ?」


「はーい!」


元気よく返事をしたフィンはお行儀良く足を閉じて、

包んであるおにぎりをふたつ、膝の上に乗せた。



「どっちから食べようかなぁ」



ニコニコしながら頬を赤くして、二つを見比べるフィン。

しばらくして手に取ったのは"鮭おにぎり"だった。



「いただきまーす!」


ぱくっ!



口を大きく開けて頬張ったフィン。

数回もぐもぐすると、目を丸くして「ん〜!」と感嘆の声を出した。



「さけ、おいしい!」



私の顔を見てうれしそうに笑うフィンに、「よかったね」と言って微笑む。

フィンの満足そうな顔を見れて安心した私は、ようやく自分のおにぎりを手に取った。



辛いおにぎり……いよいよだ。



両手でボルケーノを掴んでまじまじと眺める私を、

透真が様子を窺うように見ている。


そのことにも気づかない私は、

ただ目の前のおにぎりだけを見つめた。


そして、ゆっくりとおにぎりを口に運んでいく____



「〜っ!」



頬に手を当てた私に、透真がわずかに動いた。

だけど、私の顔を見た途端、ほっと息をついて、

そのまま自分のおにぎりを食べ始めた。



(おいしい……!)



口を刺すような刺激が、鼻を抜けていく。

舌の上で燃え上がるような熱が、脳まで駆け抜ける。

期待通りの辛さに思わず口元が上がる。

私はそっと目を閉じて、その風味を心ゆくまで味わった。


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