表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
三章:羽ばたきの峡谷
22/36

第十三話:信じるのは、(後)


《フィン視点》



『フィン。俺の合図に合わせて眠らせるんだ』


トーマがぼくの手をつんとするたび、

ぼくは「眠って!」って叫ぶ。


白と黒がぶつかり合うモノクロの世界。

白い影——ネナは、ぼくの祈りに合わせて、

何度も、何度も、

……何度だって黒いのに向かっていく。



(ぼくの力が、足りないから……っ)


——ネナが、届かない。



ぼくが黒い影を深く眠らせることができれば、ネナは絶対に斬ってくれる。


ネナがどれだけ速くなっても、黒い影は気配に気づいて目を覚ます。



「おねがい……っ

 ちゃんと眠ってええ!」



目からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。

黒い影は——また動く。



「ネナぁ、ネナぁああ!!」



誰か——ネナを助けて。



——。



強く願った瞬間、

懐かしい笑い声が聞こえた___。



《フィン視点》 end.


——



「……!!」


風の香り。核が沈んだ。

斬り込む。



カッ!!


「****!!」


ブォオオオ!!!



また弾かれた。


「っ」


遅い。まだ速さが足りない。



フィンの力に合わせて、何度も何度も核に突っ込む。

しかしその度、核は傘が届く寸前で爆風を巻き起こす。



もっと。もっと速く——


(核が完全に目を覚ます前に——!)



核は私の気配で目を覚ます。

そんなことは分かってる。

ただ私が、核が動くより先に斬ればいいだけ。ただそれだけ。


傘先を核に向ける。

体が受ける風を減らす。


大丈夫。視界は遮られない。


透けた傘の先、核が再び眠った。



(今度こそ……!)



核の目の前。

傘は軸を返し、私は腕を振り上げた。しかし、



「***ーっ!」


「くぅ……!」



また、傘は核に届かなかった。

咄嗟に開いた傘で衝撃を抑える。



(まだ遅い)



けれど、もうすでに傘の飛行で出せる速さは限界だ。

今以上の速度を出すためには、どうしたら——



「!」



私は傘を空へ突き刺すように力を込めた。

速度を上げるために、核より上空に一度身を引く。

そして——落下の力を利用する。



ふわっ。



草木の匂い。核が動きを止めた。


私は風の抵抗を減らすため、膝を折り身を小さくする。

隕石のように、速く、速く。

核に向かって落ちていく。



(今度こそ——斬る!!)



最小限の動きで傘を振りかぶる。

核が眼を開いた。翼をはためかす。



(絶対に、諦めない——!)



傘を振り抜く寸前——



……フッ。




——風が、凪いだ。




「*?!」



核が驚き身を震わす。刹那——


傘先が、空に火花を散らした。



——ザシュッ!!

核の首を、閃光が駆け抜けた。



「……*」



一瞬の静寂。

間もなくして、核の呻る声が響き渡った。



——血の噴き上がる気配が、背中越しに伝わってくる。



傘を開きながら、ひらりと後ろを振り返る。

傘にボタボタと降り注ぐ核の血。鉄の匂いが鼻を突いた。



核は、ゆっくりと地面に落ちていく——。


わずかに遅れて、周りの魔物たちも次々と脱力し、力なく地上へと落ち始めた。



——ビエント峡谷に、魔物の雨が降り注いだ。



「終わった……のか?」


そう、誰かが呟いた。

その呟きを皮切りに、空は歓喜と安堵の声に包まれた。



「勝った……! 勝ったぞ!!」


「やっと終わった! ——終わったんだ!」



空で無事を喜び、お互いの健闘を讃え合いながら抱き合う鳥人たち。


涙を流している人もいる。

怪我を負っている人もいる。

誰もが疲弊を顔に滲ませている。だけど——


みんな、笑顔だった。



私はそんな彼らを横目に、辺りをきょろきょろと見回す。


——大岩の側に、探していた姿があった。



「透真!」



一目散に透真の元へ飛んでいく。


そしてそのまま——

透真の胸に、飛び込んだ。



「音凪!」



透真は飛び込む私をしっかり受け止め、

勢いをいなすように回ると、ぎゅっと抱きしめた。



「——おかえり」


「ただいまっ」



透真の息が耳を掠めた。

お互いの無事を喜び合うように、

強く、強く抱きしめ合う。



(ああ、)



この温もりを感じられることが、当たり前ではないと、

——どれほど幸せなことなのだろうと、噛みしめていた。




透真の手が、そっと肩に触れた。そのとき。



「こほんっ!」



後ろから、わざとらしい咳払いが聞こえた。


その声に振り向くと、

ホーマンさんが眉を顰めて、私たち二人を見ていた。



「お前さんたち。

 いちゃつくのは構わんが、そういうのは人目を憚るもんじゃぞ」



呆れた顔で注意するホーマンさんに、思わず首を傾げた。

空で抱擁し合う他の鳥人たちと同じなのに……。


私はしょんぼりしながら透真から身を離した。

透真は少しだけ耳を赤くしている。



「して、お前さんたち。なぜここにおる?」



ホーマンさんは岩陰を覗き込みながら尋ねた。

私は“もしかして”と思い、ホーマンさんの後ろから岩陰を覗く。

そこには——



「「……」」



フィンと、フアナ、フアンくんがいた。


フアナとフアンくんは気まずそうな顔をしている。

フィンは……

ボロボロ泣きながら、私の顔を見上げた。



「ネナぁああ!!」



次の瞬間、フィンは私に向かって駆け出し、そのまま抱きついた。

私はその温もりを抱きとめ、笑いかけた。



「フィン!

 フィンの想い、ちゃんと届いてたよ!」



フィンはしゃくり上げながら、私の目を見つめ返す。

そして、丸い目がくしゃっと歪んだ。



「うっ、うっ……

 ネナぁああ!

 ひどいこと言って、ごめんなさああい!!」



私の肩に顔を埋めて泣くフィン。

何度も「ごめんなさいっ!」と繰り返す。



フィンは怒っていたんじゃなかった。

今の間も……ずっと、ずっと——

罪悪感を抱えていたんだ。


そんなことも知らずに、私——



「っ……私こそ、ごめんね……!

 フィンがたくさん我慢してたの、気づけなかった」



小さくて、大きなその温もりを、ぎゅぅっと抱きしめる。

フィンも応えるように、ぎゅっと力を込めた。



「これからも嫌なことは嫌だって言っていいの。

 たくさん話して、いっぱい解り合っていこう」


「うんっ! ——うんっっ!」



いつの間にか雲が途切れた峡谷の空。

橙に染まる夕焼けが、私たちを優しく包み込む。



風が静かに吹き抜け、涙の跡を撫でていく。



「うわぁあああん!!」



しばらくの間、フィンの泣く声が辺り一帯に響き渡った——。



***



「それでぇ! あたしが『あっち!』って言って、フアンが見つけたのよお!」


自慢げに胸を張るフアナと、いつも通りのフアンくん。

フィンが落ち着いた頃、フアナはここに来た経緯とその後の話をしてくれた。


私は並び立つふたりをまとめて抱きしめた。


「!」

「えっ?!」


「ふたりとも、ありがとう!

 ふたりがいなかったら、きっと倒せなかった」


そう言って、強く抱きしめた。


「えへへ」


「えっ! えー……」


フアナはうれしそうに抱きしめ返してくれた。

フアンくんはどこか困った様子を見せたけれど、

それでも、私の手を振り解くことはしなかった。



「こりゃあ、怒るに怒れなくなってしまったのぉ……」



ぼそっと、ホーマンさんが後ろで呟いた。



「そりゃそうよぉ!

 だってあたしたち、悪いことしてないも〜ん!」


「そうだそうだー!」



ふたりが私から身を離してホーマンさんに向き直る。



「前言撤回じゃ。

 ——調子に乗るんでない!!」



ごつん!!

鈍い音が二つ、峡谷に響いた。



「いった〜!!」

「〜〜っ!」



ふたりが頭を抱えて蹲る。

つい昨日見たばかりの光景に、私は苦笑いした。



「まったく……」



ホーマンさんはふたりを見て小さく息を吐くと——

そのまま、私たちに視線を注いだ。



「ネナ」

「トーマ」

「フィン」



呼ばれた私たちは、ホーマンさんをじっと見つめた。



「此度の戦い。お前さんたちがいなければ、

 戦死者が出るどころか——

 生存者は、一人もいなかったかもしれん」



ホーマンさんの言葉に、私は目を丸くして、頭の中で反芻した。


『お前さんたちがいなければ、戦死者が出るどころか』

つまり、それは——



「誰一人喪うことなく、里に帰れる。

 ——こんな幸福なことはないじゃろう」



「ありがとう」



ホーマンさんは、吊り上がった目尻をすっと下げて、微笑んだ。



(誰も……死ななかった。

 あの人も、助かったんだ——)



そのことに胸がきゅっとして、次第に、柔らかな熱が全身を包んでいった。



私は、"誰かの大切"を守れた。



自然と口元が解ける。

私を見つめるホーマンさんの目尻の皺が、優しく刻まれた。



「さて、そろそろ戻るぞい」



ホーマンさんは誰に言うでもなく、そう声をかけた。

フアナとフアンくんはこくりと頷き、いそいそと籠を用意する。



「ほうらフィン!

 帰りもあたしたちが運んであげるわよぉ〜!」


「滅多に乗れないんだから、感謝してよね」


「うん!

 おねえちゃん、おにいちゃんありがとう!」


フィンはぱたぱたと籠に乗り込み、ひょこっと顔を出した。

あまりの可愛さに、ついクスクス笑ってしまう。



「フアナ・フアン号、しゅっぱ〜〜つ!!」



掛け声と同時に、ふたりは半獣に姿を変えた。

鳥の足で籠を掴み、息ぴったりに翼をはためかせ、空へと舞い上がっていく。



「まったく。元気な子らじゃ」



ホーマンさんも三人の後を追って飛び立った。


オレンジの空に小さくなっていく四人の姿を、透真とふたりでしばらく見送る。

その影が霞む頃、私は透真を振り返った。



「さ、私たちも行こう」



開いた傘を差し出す。



「え?」



透真が、目を見開いて固まった。


「……え? 帰るよね?」


どうしてそんなに驚くのか、私には分からなかった。



「あ、いや。……俺は、歩いて帰るよ」


「? なにを言ってるの?」



「早く傘を持って」

傘を握らせようとするが、透真は頑なに拒む。



「いや、音凪。俺は本当に、歩いて帰れるから」


「もう……透真。

 変な意地張ってないで、早く持って」



透真の右手を両手で掴み、無理やり傘を握らせる。

透真は、遂に折れた。


(これで帰れる)


私は透真の手に握られた傘を見て、満足げに笑った。



「……(耐えろ、俺の理性)」

透真は、天を仰いだ——。


そしてすぐに、

ふたり分の影が、橙の空に溶けていった。



第十三話

羽ばたきの峡谷-信じるのは、- 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ