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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
七章:芽吹きの地
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第六十六話:花菖蒲を束ねる


「まずは街をさんさく」


馬車に揺られて街の中心へと出た私たち。

ラケルは全員が馬車を降りたのを確認して、この後の行動を告げた。


「おさんぽー!」


ラケルの言葉にフィンは元気いっぱい両手を掲げた。


視界の端で、影が動く。

ラケルの側に立つ、その人に視線を向けた。



「皆様、離れないようにお気をつけてお進みくださいね」



制服に身を包み、きれいにまとめられたポニーテールを揺らして微笑む女の人。


「はーい!」


「うん」


フィンとラケルはその人——スザンナさんを見上げて返事をした。


「はい」


少し遅れて、私も頷いた。

スザンナさんはにこっと笑みを深めると、


ザッ。


一歩後ろに下がった。


(かっこいいなぁ)


アルカラ騎士団に所属しているスザンナさんは、日頃からラケルの護衛をしているらしい。

馬車に乗る前、自己紹介と共に"ラケルが外出をするときは必ず側にいる"のだと説明してくれた。



「お姉ちゃん」


ラケルが私を呼んだ。

視線をラケルへと移す。


「気になるお店があったらいってね」


「? うん。そのときは言うね」


なぜか、私だけにそう言ったラケルに首を傾げつつ頷いた。

ラケルはわずかに口元を緩めると、


「いこ」


ふわりと広がるスカートを揺らして前を向いた。



***



「きれーい!」


繋いだ手を大きく振りながら、舗装された道やお店を眺めるフィン。

あっちを見たり、こっちを見たり。

忙しなく顔を動かして楽しそうにしている姿に頬が緩んだ。


「フィン、どこか気になるところある?」


せっかくなら、足を止めてゆっくり見せてあげることができたらと思い、声を掛けた。


「えっと、えっとね〜……」


フィンはちらちらといくつかのお店を見たかと思えば、


「あっ!」


何かを思い出したかのように顔をハッとさせて、すぐに首をぶんぶんと横に振った。

その拍子で、


〔ぎゃっ!〕


フィンの頭の上に座っていたミントが宙に放り出された。


「ネナは?」


「え?」


空中で体勢を整えるミントを眺めていたら、フィンに問いかけられた。

フィンはお店ではなく、私を見上げている。


「ネナ、いきたいところある?」


萌木色のまんまるの瞳が、じっと私の目を見つめた。


(……)


ちらっと、右斜め前に建つ白と水色のお店を見た。


「あそこ……気になるなぁ」


「!」


指を差すと、フィンは目を大きく見開いた。

口元はわずかに三日月を描いている。


「いってみよ! ねっ! ルゥ、いいよねっ?」


「うん」


「やったー!」


「ふふっ」


両手を高く上げておおはしゃぎするフィンに、自然と笑みがこぼれる。


(やっぱり、気になってたんだね)


私が指を差したのは、フィンが何度か視線を送ってた雑貨屋さんだった。


入り口の両側はガラス張りで、外から店内を覗くことができる。

そして手前の台には、商品が通行人に見えるように飾られていた。


店の前まで近づいて、みんなでガラス越しの商品を眺める。


「わぁ……!」


きらきらと、食い入るように商品を見つめているフィン。


(……懐かしい)


リベルタの玩具屋さんで、フィンは今と同じように、ショーウィンドウに並ぶ商品を見て瞳を輝かせていた。

それはたった半月前のことなのに、何だかずいぶんと昔のことのように感じる。


「……」


ふと。



(……透真も、いたらなぁ)



まつ毛が揺れた。


会いたくないはずなのに、一緒にいたい矛盾が胸の奥を掻き乱す。


……ふぅ。


自分の耳にすら届かないほど、小さな息をこぼした。


思えば、あの日からだ。

透真の隠し事が気になり始めたのは。


それまでは透真に隠し事があったとしても、透真が話したくないならそれでいいと思っていた。


だけどあの日の朝、

透真は傷ついたような、苦しんでいるような——

そんな表情を見せた。


(たった一瞬だったけど)


でも、それを看過ごすことはできなかった。


ぼんやりと、ショーウィンドウを見つめていた。そのとき、



グイッ!



「!?」


突然、髪を引っ張られた。


(な、なに……?)


振り向くと、



〔……〕



ミントが、私を睨んでいた。


〔ネ、ネナチャッ……〕


肩に乗るネロが、戸惑いながら私とミントを交互に見ている。


「お姉ちゃん?」


ラケルが声をかけた。

横を向いたまま固まっている私が不思議だったのだろう。


「あっ……ネロが落ちないか、心配になっちゃって」


慌てて笑顔を張りつけて、苦し紛れの言い訳をした。


「……」


「ネナ様、私がネロ様をお抱えいたしましょうか?」


ラケルの向こうから、スザンナさんがこちらを覗き込んだ。

エヴァンさんはラケルだけでなく、スザンナさんにもネロが見えるようにしたらしい。


「いえ……! そこまでは大丈夫です」


ネロが座る肩とは反対側の手でネロの体を支えた。


(咄嗟に出た言葉で、迷惑かけられない)



じー。


「……?」


視線を感じて、その主を探した。

ショーウィンドウを見ていたフィンが、いつの間にか私をじっと見つめていた。


「フィン、どうかした?」


「!」


フィンはさっきと同じく、ぶんぶんと首を横に振った。


「ネナ! おみせのなかみる?」


きょろきょろと、フィンの視線はお店の中と私でいったり来たり。


(中に入りたいのかな?)


だけど、今日はお金を持ってきていない。

買うことができないのに、中に入っても大丈夫だろうか。


「どうしたの?」


ラケルが尋ねた。


「お金持ってきてないから、入るのは……よくないかなぁって」


「だいじょうぶ」


ラケルは悩むこともなく即答した。


「え?」


「ここは見るだけでも、だいじょうぶ」


「それじゃあ、なかはいろ!」


「えっ、あっ……」


からん、からん


フィンに手を引かれて店の中へと入ると、


「いらっしゃいませ」


店員さんたちは作業の手を止めて、一斉に私たちを迎えた。


ぺこっ。


軽く会釈をして店内を見回す。


商品が置かれている棚は全て目線くらいまでの高さほどで、お店の広さに比べると商品の量は少ないように感じた。


(なんだか、ブランドショップみたい……)


私が入ってもいいのかと気後れして、


きゅ……。


気づいた時には、脇を引き締めて身を縮めていた。


「みてみて! これきれーい」


フィンが手を引いて、もう片方の手で指を差した。

指の先にあるのは、顔より一回り大きい置き鏡。


「すごくきれいだね」


銀色のフレームは精巧な装飾が施されていて、元の世界でも海外のアンティークな調度品として思い浮かぶような意匠だった。


「ほしい?」


「え? ……ううん。見てるだけで大丈夫だよ」


欲しいわけではないけれど、ふと値段が気になった。

鏡の周りに視線を滑らせて値札を探す。けれど、


(値札が……ない)


見落としているのか、たまたまこの鏡だけ値札を置き忘れられてしまったのか。


ちらっ。


他の商品にも目を向けた。

だけど、どの商品も鏡同様に、値札は置かれていなかった。


(やっぱり……高いお店かもしれない……)


……スッ。

一歩後ろに下がった。


(商品には触れないように気をつけよう)


そう心に決めて、また商品を眺めた。


「……これ、なんだろう?」


商品棚の腰下辺りに並べられた木の置物と色とりどりな棒。

木の置物の上部は丸みを帯びていて、深い焦茶の重厚感に思わず惹きつけられる。


カラフルな棒は一見、木の置物とは相容れなさそうに見える。

だけど、その棒は明らかに木の置物と一緒に売ることを想定して並べられていた。


棒には細かい彫り込みが施されていて、決しておもちゃのような物には見えない。

かと言って、用途もまったく分からない。

不思議な組み合わせに、ただただ首を傾げた。


「これは、手紙をとじるのに使う」


ラケルが教えてくれた。


「手紙?」


「うん」


ラケルは頷くと、木の置物を手に取ってひっくり返した。

台座の裏が露わになる。


(き、貴族だ……)


高そうな売り物を躊躇なく掴んだラケルに感心しながら、上に向けられた台座の裏を見た。


「……はんこ?」


台座の裏は凹凸で何かが描かれていた。

よく見ると、それは花のようだった。


「おはなだ〜! かわいいねっ」


フィンが私を見上げて、にこっと笑いかけた。


「これはスタンプ。このロウをとかして、これでぎゅっておす」


「あっ……!」


ラケルの説明にはっとして声が出た。


封筒の口の先に赤いゴムのようなものが付いている手紙の写真を、昔どこかで見た覚えがある。


(……でも)


そのとき見たのは、確か貴族の家紋が彫られたスタンプだった。

それは私たちが使っている実印とほとんど同じような役割で、手紙の差出人を証する意味があったはず。


だけど、目の前にあるのは花の絵柄だ。

さらに言えば、家紋のスタンプがお店に売っているということも到底ありえない。


(気軽に使う用……なのかな?)


スタンプはラケルが手にしている物の他に、いくつか棚に置いてある。

それぞれ違う絵柄なのか同じなのか、それが少しだけ気になった。


「ルゥもたくさんもってる。あとでみる?」


スタンプをじっと見つめていると、ラケルは手元のスタンプを棚に戻しながらこちらに顔を向けた。


「えっ……いいの?」


「うん」


別のスタンプを両手に持って、同じようにひっくり返すラケル。

そこにはそれぞれ鳥の絵と、さっきとはまた違う花が描かれていた。


(お花かわいい……)



「……」


ラケルは鳥の絵のスタンプをそっと棚に戻すと、下げていた顔を上げて、そのまま横の方に視線を流した。

つられて視線の先を追うと、そこには店員さんの姿があった。


店員さんはこちらの様子を窺っていたようで、すぐにラケルの視線に気づくと、静かな足取りでこちらへと向かってきた。


「いかがいたしましょうか?」


「これと、これ全色。アルカラ男爵邸のラケル・アルカラ宛におねがい」


「かしこまりました」


淡々と店員さんに用件を伝えるラケルを、ぽかんと見つめた。


(ぜんぶ、買うの……?)


値札の確認もしていないけれど、普段から利用しているのだろうか。



「ロウがへってたから、ちょうどよかった」


ラケルはそう言って、小さく笑った。


***


からん、からん。


お店の中の物を一通り見終えて外へ出た。

雲は出ているものの陽は高く、時間にはまだ全然余裕がありそうだった。


「ネナ! きになるところある?」


「え?」


フィンはまた、私に尋ねた。


普段のフィンだったら、頬を桃色に染めながらお店に釘付けになって、"早く行きたい"と言わんばかりに私やラケルに話しかけるはず。

それなのに、フィンはさっきから私のことばかり気にしている。


「フィンは? フィンが行きたいところ、行きたいなぁ」


「えっ、ぼくの……?」


フィンは目を丸めると、お店ではなくラケルを見た。

視線を向けられたラケルは何も言わず、ただ頷いた。


(話さなくても、通じてる……?)


以心伝心できるほど仲がよくなったんだなぁ、とほっこりして目元が緩んだ。


フィンはラケルから視線を外すと、


「えっとねぇ……」


きょろきょろと辺りを見回し始めた。


「あっ! あそこ!」


フィンが指を差した方向を追った。


そこにあるのは、白い壁の三階建ての建物。

そのお店もショーウィンドウがあって、扉や窓の枠、看板の文字は金色に輝いている。


「……」


看板を見上げた。


(ほ……宝石、店?)


文字を読んで、表情が固まったのを感じた。


「そ……外から見るだけにしておこうか」


どれだけ気をつけていても、何かの拍子で壊してしまうかも分からない。


フィンはきょとんと目をぱちくりさせて、


「うんっ!」


にっこり笑って頷いた。



みんなで宝石店へと近づいていく。



(真っ白の壁なのに、汚れが全然ない)


日頃から、こまめに手入れをしているのだろう。

そんなところも、格式の高さを感じさせた。


「きらきら〜!」


フィンが並べられたアクセサリーを見て声を上げた。

私もフィンに続いて、ショーウィンドウを覗き込んだ。


アクセサリーはどれも宝石が付いていて、光を弾く色とりどりの宝石の美しさに、思わず息を呑んだ。


(おもちゃとは、全然違う……)


言葉に表すのは難しいけれど、本物の宝石には密度を感じる。

光に奥行きがある。そう感じた。



ちりん、ちりん。


ショーウィンドウをまじまじ眺めていると、店内から人が出てきた。

ラケルと同い年くらいの女の子と、スザンナさんと似たような制服を身に纏う男性が二人。


「……!」


女の子の視線がこちらを向いた。



「あら、アルカラ男爵令嬢でなくて?」


女の子はラケルの姿を視界に捉えると、目を細めて声をかけた。

声をかけられたラケルも、その声に振り返った。


女の子は一歩近づいて、


「ごきげんよう」


笑みを浮かべて挨拶をした。



「……トレヴァー子爵令嬢、ごきげんよう」


ラケルはスカートを摘んで、私たちが男爵邸に来た日と同じ、きれいなお辞儀をした。

スザンナさんもお辞儀をしている。

私も慌ててお辞儀をした。


(子爵だから、男爵より位が高い)


ランドル子爵夫人から教わった貴族の序列を思い出して、飲み込むように頭の中で呟いた。


子爵令嬢は私たちに一切目もくれず、ラケルを見据えたまま笑みを深めた。


「今日はどうしてこちらに? 宝飾店ならあちらの通りにありますわよ」


子爵令嬢はそう言うと、ここよりもさらに人が賑わっている通りに手を向けた。


(宝飾店じゃない? 宝石店だけど、アクセサリーもあるよね……?)


ショーウィンドウに飾られているアクセサリーたちを見て首を傾げた。


「……」


静かに子爵令嬢を見つめるラケル。

その視線が、ある一点で止まった。


ゆっくりと、口を開いていく。



「その髪飾り……ずいぶん、物持ちが良いのですね」



ぴくっ。


子爵令嬢の眉が跳ねた。

笑みを浮かべていた表情は一変、


スッ。


手に持っていた扇で口元を隠した。



「どういうつもりかしら?」


子爵令嬢はラケルを見下ろすように顔を上に逸らして目を細めた。


(え……? 怒ってる……?)


ラケルは子爵令嬢が物を大事に扱っていると褒めたのに、子爵令嬢はその言葉が気に入らなかったようだ。


ラケルはわずかに微笑みを浮かべて、子爵令嬢の目を見つめた。


「そのままの意味でございますわ。

 私なんて、最近新しい飾りをお父様にご用意していただいたばかりでしたので」


「っ」


子爵令嬢は肩を揺らし、眉間に皺を寄せた。

その一方でラケルは表情ひとつ変えず、淡々と——



「うらやましいですわ」


子爵令嬢に向かって、そう告げた。


「!!」


子爵令嬢は顔を真っ赤にして、わなわなと肩を震わせている。


(な、なにが起きてるの……?)


子爵令嬢がどうしてそんな反応をしているのか訳が分からず、戸惑うことしかできなかった。


「っ、今日はもうゆっくりしたい気分ですわ。行くわよ」


「はい、お嬢様」


子爵令嬢は早口でそう言って、騎士の人たちを連れて去って行った。


(ゆっくり……したい?)


言葉とは裏腹にそそくさと去って行った子爵令嬢の後ろ姿を、ただ呆然と眺めていた。


〔小娘、意外とやるじゃん〕


「お嬢様、お見事でございます」


ミントがにやりと笑ってラケルを見る一方、スザンナさんはうれしそうな笑みを浮かべてラケルに頭を下げた。


(???)


私とフィンは意味が分からず、首を傾げながら顔を見合わせた。


「なんのこと?」


「ふふ。戯言でございました」


(ざれごと……?)


ラケルはスザンナさんの言葉に小さく頷くと、私とフィンに体を向けた。


徐に指先を店の入り口に伸ばして——



「中、はいろ」



今日一番の笑顔を浮かべた。



「……え?」


「中にはいる」


「きらきらちかくでみれるの?」


「みる」


突然のことにぽかんとしていると、少しだけ声を弾ませたラケルがフィンの手を取った。


「えっ、待ってラケル……!」


「みるだけ。だいじょうぶ」


いつの間にかスザンナさんの手によって開かれたドアを潜るラケルとフィン。

スザンナさんはふたりが店内に入るのを見届けた後、素早く私の後ろに回り込んだ。


「ネナ様、失礼します」


「あっ、あっ……」


〔ネナチャ ハイル!〕


そして、私の背中をそっと押して、そのままお店の中へと誘導しようとした。


(は、入りたくない……! でも、ふたりはもう中に入っちゃってる……)


ガラスのドア越しに、店員さんたちがラケルとフィンを出迎えているのが見える。

すでに、お店の中に入らないという選択肢はないのかもしれない。


(でも……!)


なかなか入る勇気が出ず、スザンナさんの押す力に抗ってドアの前で立ち往生していると、


「お姉ちゃん」


ラケルがくるりと振り返った。


「ラ、ラケル……」


今にも消えそうな、情けない声をこぼした。

ラケルは両手を後ろに隠し、わずかに首を傾けて——



「たのしく見れるようにするから、安心してね」



いたずらな顔に、小さな微笑みを浮かべた。



第六十六話

芽吹きの地-花菖蒲(ハナショウブ)を束ねる- 完

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