第六十七話:萌す小手鞠
「ラケル様に足をお運びいただけるなんて、誠に光栄でございます」
スザンナさんに背中を押されて店内に入ると、女性のうれしそうな声が聞こえた。
声の方を見ると、制服に身を包んだ女性がラケルの前に立ち、恭しく頭を下げていた。
その女性は他の店員たちとはデザインが少し違う制服を着ていて、この中で一番地位のある人だということはすぐに分かった。
「本日は何をお求めでございましょうか?」
「今日は下見にきた」
「もしかして、夜会の……」
「そう」
二人がそんな会話を続けた後、女性は別の店員さんに声をかけて、またラケルへと向き直した。
「二階へご案内いたします」
きれいな微笑みに、ラケルは小さく頷いた。
***
(落ち着く……)
案内された二階の部屋。
そこにはテーブルとソファ、引き出し付きの棚だけがあって、宝飾品は一切置かれていなかった。
『只今商品をお持ちいたします』
そう言って部屋を出た女性を待ちながら息をついてソファに腰を掛けていると、隣に座ったラケルが顔を覗き込んできた。
「これなら安心?」
ラケルの言葉にはっとした。
(「たのしく見れるようにする」って、こういうこと……?)
コンコンコン。
「お待たせいたしました」
扉を叩く音がして一拍、
ゆっくりと開いた扉から入ってきたのは、さっきの女性と店員が三人。
女性と二人の店員は箱を抱えていて、もう一人は扉を支えている。
女性たちは箱をテーブルの上に並べると、
「失礼いたします」
女性のみが私たちの正面にあるソファに腰を掛けた。
他の店員たちは二人が扉の両側に立ち、一人は洗練されたお辞儀をして部屋を出て行った。
「こちら、事前に伺っておりました情報を元に厳選した宝飾たちでございます」
女性が三つの箱をなぞるように手のひらを向けた。
歩き回るのではなく、座ったまま見ることができるなら気持ちはずいぶんと軽い。
「ラケル、ありがとう」
声を潜めて伝えた。
ラケルは箱から私に視線を移して、小さく笑った。
「まずは……お連れ様方へのご挨拶がまだでしたね」
女性はそう言って、私とフィンを順番に見た。
「申し遅れました。
私はこの店の支配人を務めております、ジュリー・アッシャーと申します。
お気軽に『ジュリー』とお呼びください」
ジュリーさんはラケルにしたように、私たちに対しても丁寧にお辞儀をした。
「ぼくはフィン・シルヴァです!」
「ネナといいます」
フィンと私が挨拶をすると、ジュリーさんはにこっと微笑んだ。
「末永いご愛顧を賜れましたら幸いでございます」
その言葉が、どこか引っ掛かった。
(貴族だと思われてる?)
そう思ったけれど、すぐにそんなはずはないと思い直した。
たった数日マナーの授業を受けただけで、貴族を相手に商売している人の目を誤魔化せるとは思えない。
装いも、いつもよりはきれいな服を着ているけれど、それでもラケルのような刺繍やフリルがたくさん施されたドレスのような服と比べたら、貴族に見える服装ではないはず。
さっき出会った子爵令嬢もラケルと同じで、凝った装飾がふんだんに施された服を着ていた。
きっと貴族の服に、簡素な物はないのだろう。
(私は、落ち着いて好きだけど)
透真が贈ってくれた服をじっと見つめた。
「では……」
ジュリーさんは箱に視線を移した。
「真ん中の箱からお見せいたします」
そう言って開かれた箱の中にあったのは、紺色のクッションの上に並べられた髪飾り。
髪飾りは全部が銀色で、ラケルの深みのある金の髪にはどれも映えそうだ。そして、
「宝石のお色はイエローでよろしかったでしょうか?」
全ての髪飾りに、黄色の宝石が組み込まれていた。
「うん」
「ではやはり、土台部分はホワイトゴールドが良いですわね。ラケル様の瞳とお御髪、そしてこのイエロージルコンが惹き立ちますわ」
ジュリーさんはまるで独り言のように、ラケルと髪飾りを交互に見つめながらぼそぼそと呟いた。
(銀色じゃなくて、ホワイトゴールドっていうんだ……)
言われてみれば、少し黄色がかった白に見える気もする。
「当日、お御髪はどのように?」
「下半分おろして、上半分は両側であむ」
「ハーフアップにされるのですね。では大振りのものより、控えめな飾りの方が上品ですわね。
ラケル様のお御髪より飾りが目立ってはいけませんから」
「これとか」
「まさに! さすがラケル様、お目が高くございます」
ラケルが指を差したのは、黄色と白の小さな宝石がいくつか付いたピン。
白はおそらくパールで、黄色の宝石よりは控えめな大きさと数だった。
「……」
黄色の宝石に視線を注ぐ。
(えっと、これもイエロー……イエロージルコン? ……なのかな?)
内側から外側まで何度も光が屈折して、一つの宝石にたくさんの黄色が存在している。
(吸い込まれそう……)
気づけば、まじまじと髪飾りを見つめていた。
「ラケル様の髪飾りはこちらにお決まりになりそうですわね。後日、男爵様にはこちらを推薦いたしますわ」
「よろしく」
「では……」
ジュリーさんはそう言って箱を静かに閉じると、次は私の目の前にある箱に手を掛けた。
(今度は、ネックレスとか……かな?)
きっと髪飾りだけじゃないよね。
ぼんやりとそんなことを思いながら、その箱が開けられるのを眺めていた。
……かぱっ。
「……え?」
目に飛び込んできたもの。
それは——
「お次は"ネナ様の装飾品"の宝石候補でございます」
青や白、無色透明に輝く宝石たちだった。
(……うん?)
ジュリーさん、
『ネナ様の装飾品』って言った……?
「えっ……?!」
ジュリーさんの言い間違えかと思い、ラケルに視線を送った。
「どうして宝石だけ?」
「彼の方が、デザインはあちらで決めたいと仰られまして……」
「ふむ」
ラケルは何事もないように、淡々とジュリーさんと話している。
だけど、かえってその内容に、私はほっと息をつくことができた。
(デザインを自分で決めたいって言ってる人がいるなら、その人のだよね)
ジュリーさんが言い間違えたのではなく、きっと私が聞き間違えたのだ。
そう、胸を撫で下ろしていると、
「……」
「……」
いつの間にか二人の視線が私に集まっていることに気がついた。
「え……? えっと……」
(ど、どうして私を見るの……?)
二人の視線の意味が分からずおろおろする私に、ジュリーさんがそっと口を開いた。
「シルバー、パール、ダイヤモンド……」
「うん」
ジュリーさんの言葉にラケルが頷いて、ジュリーさんは開けたばかりの箱の蓋を閉じた。
「決まりましたわね」
(何が……?!)
ジュリーさんは戸惑う私をよそに、今度はフィンの前に置かれている箱に手を掛けた。
(きっと、私と同い年くらいの女性の分……)
自分自身にそう言い聞かせて、最後の箱の中を覗き込んだ。
「わあっ!」
〔!〕
フィンがうれしそうな声を上げた。
「ぼくのめとおんなじ、みどり!」
〔あたしの色!〕
箱の中に入っていたのは、
緑色に輝く大粒の宝石が嵌め込まれたブローチたちだった。
「うん。これフィンの」
「?!」
「ぼくの?! わぁああ……!」
フィンは体を前のめりにして、きらきらと箱の中を見つめている。
そんなフィンと一緒に、
〔ねーねー、フィン! これ! あたしこれがいい!〕
ミントも楽しそうにはしゃいでいた。一方、
(あの箱がフィンの、ってことは……)
そろりと、目の前に置かれた箱に目を向けた。
(やっぱり、さっきのって私の……だよね?)
それぞれの目の前に置かれた箱。
その内の二つはラケルとフィンの宝飾品ということが確定している状況。
そんな中、勘違いと思い込むことはもうできなかった。
(ど、どうしよう)
あんなにきれいで高そうな宝石を身につけて歩くなんて、恐怖で足が竦んでしまいそうだ。
だけど、ここまで話が進んでいる以上、断ることができないことも分かっている。
どうすることもできないもどかしさに、両手を膝の上でぎゅっと握りしめて俯いていた。
すっ。
「!」
手に重ねられた温もりに、はっと横を振り向いた。
両手を伸ばしたラケルが、私の顔を覗き込んでいる。
「ら、ラケル……」
「お姉ちゃん、大丈夫だよ」
「えっ……?」
ラケルはそう言うと、私の前に置かれた箱に視線を流して、
「世界でいちばんの防護魔法、かけてもらう」
また、私に視線を戻した。
「世界で……一番の……?」
「うん」
ラケルが頷いたと同時に、フィンを見ていたジュリーさんがこちらを振り向いた。
「世界一、間違いないですわね」
「ね?」
二人は冗談を言っている様子はなく、本当に世界一の防護魔法を掛けるようだ。
(そういう……サービスがあるのかな……?)
世界一の防護魔法であれば、転んだくらいでは傷すらも付くことはないだろう。
強張っていた顔から、力がふうっと抜けていった。
(……ドレスも、掛けてもらえないかな?)
そんなことを考えながら、フィンたちがブローチを選ぶ様子を眺めていた。
***
ちりん、ちりん。
「またのご来店をお待ちしております」
ジュリーさんと店員さんたちに見送られ、私たちは宝石店を後にした。
(ドレスにも防護魔法できるか、聞けなかった……)
宝石店にドレスのことを頼むのは失礼かもと思ったら、とてもじゃないけれど言い出すことはできなかった。
しゅん。
〔!?〕
わずかに肩を落とすと、肩にいたネロが慌てて私の服を掴んだ。
「!」
咄嗟にネロを支えた。
〔ネロ ビックリ!〕
「ご、ごめんね」
目を丸くして固まっているネロにすぐ謝ると、ネロは目をぱちぱちさせた後、
〔ダイジョブ!〕
にっこりと、私に笑顔を向けてくれた。
「ネロ……」
……すりっ。
私とネロが頬を寄せ合う一方、
「そろそろおやつ」
ラケルの一言に、フィンがぴょんっと大きく飛び跳ねた。
「おやつ!」
フィンが跳んだと同時に、ミントがフィンの頭から離れた。
〔ふう……危なかったわ〕
ミントは汗を拭う素振りをしながらフィンを見つめている。
(妖精も冷や汗かくんだ……)
呼吸もして、汗もかく。
私が思うより、妖精は人間と遠くない生物なのかもしれない。
〔? ……何よ〕
じっと見つめていると、ミントが眉間に皺を寄せて尋ねた。
ぶんぶん。
首を横に振ると、ミントは納得してない表情を浮かべつつも、ゆっくりとフィンの頭の上に戻っていった。
「ただのおやつじゃない。おいしいケーキ屋さん、ルゥが案内する」
「わーい! ケーキー!!」
〔ぎゃっ!〕
ラケルの言葉に、フィンはさっきよりも激しくぴょんぴょん飛び跳ねた。
私に気を取られていたミントはまた宙へと放り投げられた。
「あっちにある。ルゥがごちそうするから、休みながらたべよ?」
ラケルが指を差したのは、さっき子爵令嬢が『宝飾店は向こう』と言った、ここよりも多くの人々が賑わっている大通り。
(幼いラケルにご馳走になるのは、余計気が引けるけど……)
"断るのも失礼だ"
という言葉は、もう何度も頭を過っている。
ケーキ二つなら、それほどはしないだろう。
そう割り切って、有り難くご馳走になることにした。
「ありがとう、ラケル」
「ありがと〜、ルゥ!」
私たちがお礼を伝えると、ラケルは目を丸くした。
だけど、
「……うん」
すぐに、そっと微笑んだ。
「ぼく、たのしみ! はやくいこう〜!」
そわそわと、足を踏み鳴らして急かすフィン。
(いつも通りのフィンだ)
ようやく普段の姿を見せてくれたと思ったら、自然と笑みがこぼれた。
〔ネロモタノシミ!〕
〔あたしはナッツのケーキ!〕
両肩から弾んだ声が二つ飛んだ。
ミントはいつの間にか側にいたようで、ネロと反対側の私の肩に腰を掛けながら要望を口にした。
(そうだよね……。ふたりだって食べたいよね)
だけど、二人は周りから見えない。
ケーキがひとりでに減っていくのを見られたら、大騒ぎになるのは目に見えている。特に、
〔ナッツ、ナッツ、ナッツのケーキ♪〕
体を横に揺らしながら歌うミントを見た。
ネロはともかく、ミントはラケルとスザンナさんにも見えていない。
(お金だけ立て替えをお願いして、ミントとネロの分はお持ち帰りで頼もうかな)
(せっかくなら、透真とエヴァンさんの分もお願いしよう。うん)
心の中で頷いてすぐに、
「……」
地面を見つめた。
(買っても、渡せないかも)
透真の時間がないばかりか、私自身もまだ顔を合わせそうにない。
(エヴァンさんには申し訳ないけど、透真の分がないのにエヴァンさんの分は買えない)
男爵邸で待っているだろうエヴァンさんに謝るつもりで、ネロに向かって頭を下げた。
〔ネナチャ??〕
当然ネロは訳が分かるはずもなく、私を見つめて目をぱちくりとさせた。
「なんでもないの」
〔??〕
不思議そうにしているネロの頭を撫でて、ゆっくりと前を向いた。そのとき、
「……!」
視界に飛び込んできた人影に、目を大きく見開いた。
一つのお団子でまとめられた、艶やかな黒髪。
行き交う人々とは異なる、武道家のような服。
猫のようにつんとした目と、しなやかな手足。
「シンイーちゃん……」
「——?」
山吹色の瞳が、私を映した。
第六十七話
芽吹きの地-萌す小手鞠- 完




