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雨上がりの空で、傘をさす。  作者: つな△まよ
七章:芽吹きの地
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第六十話:馬酔木の行方



「拭き物はこちらに掛けてある物をお使いください。お召し物はこちらに置いておきます。濡れた衣服はこちらにお入れください」


「ありがとうございます」


メイドさんは二つの籠を指して説明すると、お辞儀をして脱衣室を出て行った。


(迷惑かけちゃったなぁ)


申し訳ないと、メイドさんが消えた扉を見つめた。


三人で雨に濡れた後、メイドさんは急いでお風呂の準備をしてくれた。


お風呂は各部屋についているようで、私たちは冷えた体を温めるため、ラケルは自分の、私とフィンは宿泊する部屋へとそれぞれ案内された。


「……」


ちらっと、着替えの入った籠に視線を移した。


私の服は今、透真のスマホの中にある。

本当は先に、透真のところへ私とフィンの着替えを取りに行こうとしたのだけれど、それはメイドさんに止められてしまった。


だから、この籠の中に入っているのは、ここ、男爵邸にあった服で——


(……高そう)


扱いには気をつけないと。


身につける前から、体に力が入った。


(早く入っちゃおう)


あまり長く待たせるのも悪いからと服に手をかけた時、横に立てかけてある鏡に目がいった。


「!!」


思わず身を縮めて体を隠した。


(透けてる……!)


鏡に映ったのは、透真が買ってくれた白いワンピースにくっきりと浮かぶ下着。


顔が一気に熱くなった。

誰もいないのに、恥ずかしくて顔を上げられない。


(透けてたから、なんだ)


透真たちのところへ行こうとしたのを止められた理由。

それがようやく分かった。


加えて、ここに来るまでの間は誰にも会うことがなかった。

それも、メイドさんたちの配慮だったのかもしれない。


(メイドさん……)


動揺して覚束ない手で服を脱ぎながら、心の中でメイドさんに感謝をした。



***



「……ふぅ」


湯船でしばらく体を温めた後はささっとお風呂から上がった。

扉の横に掛けてあるタオルを手に取って、ぴたっと。


「わぁ……」


指先を優しく包む、柔らかい手触り。

持ち上げると、ふわっといい香りが鼻をくすぐった。


これも高そう、なんて思いながら真っ白なタオルを横に広げた。


(……あれ? これって、バスローブ……だよね?)


明らかに、腕を通すことができる袖が二つ。

襟元にはフードが付いていて、腰には前を閉じるための幅広の紐が下がっていた。


「……」


メイドさんはこれを拭き物と指していたけれど、本当にこれで体を拭いて良いのだろうか。


(そもそも、どうやって使ったらいいの……?)


初めてのバスローブ。

使ったこともなければ、見たことあるのも羽織った姿だけ。


じー……。


広げたまま見つめ続けて数秒、


(……とりあえず、着てみる?)


着るのは間違ってないはずと、そろりそろりと腕を通す。

両腕を袖に通した後、バスローブの胸元を掴んだ。


ぽんぽん。


上半身の水滴を拭った後、今度はバスローブの裾を摘んで、同じように足を拭いた。

そして、フードを被って髪の水気を吸わせるように軽く髪を絞り、フードを優しく頭に押し当てること数回。


(……うん、垂れない)


髪から水滴が垂れなくなったことを確認して、バスローブをさっと脱いだ。


(……あれ? でもお金持ちの人は着たまま座ってたような……)


だけど、今使ったバスローブは水分をたくさん含んで濡れている。

着続けたら、それこそ風邪を引いてしまいそうだ。


(着替えもあるし……いいよね?)


着替えの入った籠をちらっと見た後、そっとバスローブを掛け直した。


籠に視線を戻して手を伸ばす。

着替えを掴み持ち上げて、首を傾げた。


(キャミソール……だけ……?)


パンツがない。


籠をもう一度見る。

だけど、そこには何もなかった。


(うそ……。パンツ……ない……?)


パンツがないことに戸惑いながらキャミソールを広げた。そのとき、



——ポトッ。



キャミソールから、何かが落ちた。


(! パンツ……?)


パンツはちゃんとあったのだと、ほっと胸を撫で下ろし思わず口元も緩む。

落ちたパンツを拾い上げようと、その形を見た瞬間、



「——!!」



脳天から雷が突き抜けたような衝撃に、目を大きく見開いた。


床に落ちている"それ"を恐る恐る拾い上げ、目の前に掲げた。

それは——



(紐の……パンツ……?)


布がほとんどないパンツだった。



「え……これを、はくの……?」


あまりの衝撃に、気づけば口からこぼれていた。

呆然と目の前に掲げたパンツを見つめていると、扉を叩く音が静かに響いた。


「ネナ様? 何かございましたでしょうか?」


わずかに声が届いていたのだろう。

心配そうなメイドさんの声に、慌てて口をぱくぱくして、



「あ、の……っ! パ……」


やっとの思いで声を出して、ふと。



(パンツって、パンツ……?)



パンツという言葉で伝わるのかという不安が頭を過った。


「えっと、下の履き物が……紐です……!」


言い方を変えて、助けを求めた。


メイドさんは少しだけ沈黙して、すぐに、



「布が多い方が前でございます」



優しい声で、そう教えてくれた。


(ちがう……ちがうの……)


そう言いたかった。

だけど用意してもらった手前、それを声に出すことはできなかった。

かと言って、これを履く勇気もない。


(しょうがないけど、元々履いてたパンツを履こう)


それしかないと、脱いだ服が入っているはずの籠の方を振り向いた。けれど、


(……ない)


籠の中は空っぽだった。

どうやら、私が入浴している間にメイドさんが持っていってしまったようだ。


(どうして……)


なぜ気づかなかったのだと、自分に呆れるあまりへろへろと体から力が抜けていった。


床に両膝をついて、手の中にあるパンツをぼーっと眺めた。


「ネナ様?」


メイドさんの様子を窺う声。


「だいじょうぶです……」


私は力なく答えた。


いつまでもこうしてはいられない。

だけど、これは履けない。


「……」


もう片方の手で持つキャミソールを見た。


この裾の長さなら、下は隠せる。


(履かない方がまだいいかも)



……す。


パンツを籠に戻した。


キャミソールを下から履くように足を通し、肩紐を持ち上げた。

腕を通して、裾を摘む。


(……うん、隠れる)


ほっと、息をついた。


これでようやく服を着れると、ひと安心したのも束の間。


(あ……れ……?)


着替えが入っていると言われた籠を見た。

そこには、私が戻した紐のパンツしか入っていない。


——服が……ない。



「……あの」


「いかがいたしましたか?」


「上に着る服が、その……ないみたいで……」


そう伝えると、メイドさんはわずかに声を明るくした。


「下着をお召しになられたのですね。

 上物はドレスをご用意しております。扉を開けてもよろしいでしょうか?」


「あっ……あっ……!」


思いもよらない事実と色んな感情が押し寄せて、言葉にならない声が飛び出した。


「それでは失礼いたします」


メイドさんには許可をしたように聞こえたようで、扉の取手がかちゃりと下がった。


「!!」


パンツを履いていない姿を見られたら、恥ずかしさのあまりどうにかなってしまいそうだ。



「まっ……待ってください……!!」


咄嗟に叫んだ。その瞬間、



「えっ?」


メイドさんの驚く声が聞こえた。

下がった取手は元に戻り、扉が開かれることはなかった。


私はすかさず扉の前に行き、取手をぎゅっと握った。


(これで、とりあえずは大丈夫……)


開けられる心配はないと、深く息をついた。

すぐに、そのままメイドさんに話しかけた。


「あの……実は、下を履けてなくて……」


正直に話そう。

これ以上変に気にしても、空回りするばかりだ。


「布が少ないから、恥ずかしくて……。すみません……」


用意してもらったのに申し訳ないと、謝った。

だけど、メイドさんからの返事はない。


(怒らせちゃったかな……?)


返ってこない声に、そわそわと胸が騒ぐ。

自分でも分かるほど眉は下がり、沈黙に耐えきれずもう一度謝ろうと口を開いた。そのとき、



「……音凪」



扉の向こうから、いるはずのない透真の声が聞こえた。



「とっ、透真?!」


応接室でヤコブさんたちと話をしているはずの透真。

それなのにどうして、ここにいるのだろう。


(待って……さっき私、なんて……)



『あの……実は、下を履けてなくて……』

『布が少ないから、恥ずかしくて……』



「〜っ!」


一気に体の温度が上昇した。

じわりと汗が噴き出して、目の奥からじわっと熱が滲みはじめた。


(は、恥ずかしい……!!)


ガチャンッ!


ガクッと膝から崩れ落ちた拍子に、握っていた取手が下がった。

同時に、体が扉に当たって——



「……」


「……ぇ?」


見上げると、目を丸くする透真と目が合った。


「!?」


バッ!!


透真は勢いよく顔を逸らした。


(……??)


何が起きたのか分からず呆然としている間に、透真は手探りで扉をそっと閉めた。

そして、少しだけ間を置いてから、


「……ごめん。着替え、ここに置いておくから」


そう言った。


「俺が部屋を出たら声をかけてあげてください」


「かしこまりました」


そんな会話をぼーっと聞きながら、自分の姿をまじまじ見つめた。


(……見えては、ないよね?)


座っていたおかげで裾は広がり、大事なところは見えていないはず。

それでも、パンツを履いていない状態で、そのことを知られた上で見られてしまったことに、茹で上がりそうなほど顔に熱が集まった。


「……ネナ様。トーマ様がご退出なさいました」


メイドさんの声に、よろよろと立ち上がった。


「ありがとう、ございます……」


静かに取手を下ろして、覗き込むようにゆっくりと扉を開いた。


「……」


扉を開いた先、メイドさんの姿はなかった。

その代わりに見えたのは、私と一緒にこの世界へと来てしまったスーツケース。


「!」


この中にはもちろん、下着も入っている。


(よかった……!)


いそいそとスーツケースを脱衣室の中に移動させ、扉を閉めた。


透真なら、透真が買ってくれた服だけを出すこともできた。

それをしなかったのは、私が下着に困っていると気遣ってくれたから。


(それは、うれしい)


このタイミングで透真が来てくれたことも、とてもありがたいと思う。だけど、


「……っ」


透真が服だけじゃなくてスーツケースごと出してくれたということ。

それは、私が今パンツを履いていないことが、透真の頭の中にしっかりと入っているということ。



(どんな顔をして、会えばいいの……)



一向に引かない熱をそのままに、

スーツケースから服を取り出した。



第六十話

芽吹きの地-馬酔木(アセビ)の行方- 完

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