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農家の異世界奮闘記 掌編集  作者: 今無ヅイ


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②帝都雛鳥通学録 その1 制服をつくろう。午後

午後の会議は、午前よりひどかった。


「生地ですが、学院標準制服用の濃紺平織を基本とします」


「軍用生地ではなく?」


「児童用としては重すぎます。学院用なら既存の調達契約があります」


「翼根部だけ当て布を変えたいですね」


「柔らかいものを?」


「はい。全面を変更する必要はありません」


 被服科の士官が布見本を三枚並べた。


 一枚目は柔らかい。指で撫でるとよく馴染む。


 二枚目は厚い。明らかに軍用品だ。


 三枚目は、その中間だった。


「一番左が最も羽根への負担が少ないですが、価格が学院標準布の約三倍です」


「却下だね」


 フレイヤが即答した。


 士官が顔を上げる。


「確認する前にですか?」


「百人分作るんだろ?」


「将来的には、その可能性を想定しています」


「なら全面に使う布じゃない。擦れるところだけ使いな」


 被服科の士官は一拍だけ黙り、頷いた。


「同意します」


 児童教育科も資料へ書き込む。


「翼根周辺のみ柔軟布。外装は学院標準布を使用、と」


「これなら既存工房でも縫製できます」


「専用機材は?」


「不要です。ただし型紙の配布と縫製手順の講習は必要でしょう」


「軍需工房で作るんじゃないのかい?」


 フレイヤが聞いた。


「初期試作と標準型の作成までは軍需品部で行えます」


「じゃあそのまま作ればいいじゃないか」


「できません」


 児童教育科の官吏が答えた。


「なんで」


「予算が違います」


「…………」


「日鴉猟兵の軍服は軍事予算です。帝国学院復興学級の制服は教育復興予算になります」


「服は服だろ」


「予算上は違います」


「帝国って面倒だねえ」


「その代わり、誰が何に金を使ったか後から分かります」


「……それ言われると何も返せないね」


 内乱のことを思えば、なおさらだった。


 金の行き先が曖昧になったところから、国というものは腐る。フレイヤ自身、帝国へ来てから何度も帳簿と署名に付き合わされてきたが、面倒だから要らないとはもう言えなかった。


「では、量産段階では学院契約工房へ?」


「第一案としては」


「日鴉族の仕立職人にも型紙を渡せませんか?」


 ロザリーが尋ねた。


 官吏が頷く。


「認定基準を満たせば可能です」


「認定?」


「寸法と縫製位置が規格内に収まるか、一定の耐久性を満たすか、価格が適正か。それを確認します」


「服屋になるにも試験があるのかい」


「帝国学院へ納品するなら」


「……徹底してるね」


 話はさらに広がった。


 基本型紙。


 年齢別寸法表。


 翼根間隔の測り方。


 翼高の測り方。


 羽根を痛めない採寸方法。


 着用手順。


 洗濯方法。


 補修方法。


 成長した場合の交換条件。


 さらに、先ほど発覚した教室用椅子と机間距離の問題まで、別紙として積み上がっていく。


 フレイヤは途中から数えるのをやめた。


「……制服より紙のほうが重くなってないかい?」


「規格とはそういうものです」


 被服科の士官が答える。


「一枚の型紙だけ渡しても、作る者によって仕上がりが変わります。どこまで変えてよく、どこを変えてはいけないかを決めなければなりません」


「羽根に当たる部分は変更禁止」


「はい」


「見た目の飾りは?」


「一定範囲なら工房裁量としてもいいでしょう」


 児童教育科が口を挟んだ。


「ただし復興学級だけ異なる意匠にするのは避けたいですね」


「日鴉族用だけ、色を変える案があります」


 被服科の一人が資料をめくった。


「黒、または濃灰色です。羽根との調和が良く、汚れも目立ちません。専用品であることも識別しやすくなります」


「黒?」


 ロザリーが少しだけ首を傾けた。


 机の向こうには、学院標準制服が掛けてある。


 白いシャツ。


 濃紺の上着。


 銀のボタンと学院章。


 その横には、黒い布と灰色の布が置かれた。


 ロザリーはしばらく見比べていた。


「……同じ色がいいです」


 声は小さかったが、はっきりしていた。


「学院標準色と、ですか?」


「はい」


 ロザリーは頷く。


「せっかく学院に通うので。私だけ違う服じゃなくて、みんなと同じ制服がいいです」


 誰もすぐには何も言わなかった。


 フレイヤはロザリーを見た。


 別に泣きそうな顔をしているわけではない。大げさな決意をしているわけでもない。ただ、自分が毎日着る服について、自分の希望を言っただけだ。


 それで十分だった。


「では、標準色で統一します」


 児童教育科の官吏が記録へ一行加えた。


『配色は帝国学院標準規格に準拠。白、濃紺、銀』


 それだけだった。


「肩布も濃紺で?」


「はい」


「胸元はスカーフ式を基本案とします」


「十五歳規格は自結式。十歳規格は簡易結びでもいいでしょう」


「五歳は?」


「結ばせません」


 ウィータがまた口を挟んだ。


「むすべるよ」


「本当に?」


「できる」


 付き添いの母親が苦笑した。


「靴紐はまだ結べません」


「できるもん」


「では試しますか?」


「やる」


 五分後。


「…………」


 ウィータは紐を前にして黙り込んでいた。


「五歳規格、結び式は不採用」


「まだ!」


「いや、今日は服と戦わなくていいんだよ」


 フレイヤが止めた。


 午後も半ばを過ぎるころには、四号型の仮縫いが形になり始めていた。


 三号型のように背面は大きく開ける。しかし、その上から濃紺の肩布を重ねる。布は肩を覆い、翼根を避けながら背中へ広がり、前側では細くなって胸元へ落ちる。


 遠目には、大きな襟のようにも見えた。


「……なんだか、ちょっと可愛いですね」


 ロザリーが言った。


「機能性の話をしてるんじゃなかったのかい」


「制服ですから、可愛いほうがいいじゃないですか」


「さっきから言うようになったね」


「毎日着るんですよ?」


「そりゃそうだ」


 ロザリーの言葉を、児童教育科の官吏がまた書いている。


「それまで記録するのかい?」


「着用者意見ですので」


「『可愛いほうがいい』って公文書に残す気?」


「意匠上の受容性、と表記します」


「なんでも役所言葉になるね!」


 ミドラーシュが肩を震わせた。


 仮縫いの間にも、書類は増え続けた。


「こちら、五歳規格留め具比較表です」


「十歳規格の成長余白案」


「翼高採寸の暫定手順」


「学院設備側へ回す確認事項」


「量産時原価の暫定値」


「軍需品部から学芸尚書府への技術移管書案」


「待ちな」


 フレイヤが手を上げた。


 誰も止まらなかった。


「大佐、こちらに確認印を」


「まだ押さないよ!」


「では内容をご確認ください」


「増やすな!」


 それでも夕方には、机の端に一冊の新しい綴りが出来上がっていた。


 表紙には、


『日鴉族児童学院被服暫定規格 第一版』


 とある。


 フレイヤはその文字を見て眉を寄せた。


「暫定?」


「はい」


「今日一日これだけやって、まだ暫定なのかい」


「実際に通学を始めれば、予想していなかった問題が出るでしょうから」


 児童教育科の官吏は当然のように答えた。


「問題が確認されれば改訂します」


「完成は?」


「ありません」


「ないのかい」


「子どもは育ちますし、学院も変わります」


「…………」


 フレイヤは少しだけ黙った。


 それから、机の上を見る。


 一号型。


 二号型。


 三号型。


 どれも今日の朝には、これでいけるかもしれないと思って作られた服だった。


 全部、何かが駄目だった。


 硬い。


 重い。


 羽根が引っ掛かる。


 着にくい。


 背中が見える。


 寒そう。


 そして、そのたびに線が一本増え、紙が一枚増えた。


「ロザリーさん、四号型が上がりました」


 仕立工の声がした。


 部屋の奥から運ばれてきたのは、まだ仮縫いの跡が残る一着だった。


 白いシャツに、濃紺の上着。


 背面は大きく開いているが、その上から肩を覆う濃紺の布が重なり、翼の根元と背中を自然に隠している。前側へ回った布は胸元で細くなり、仮のスカーフとして留められていた。


 銀色の学院章は、まだ針で仮留めされている。


「着てみます」


 ロザリーは受け取った制服へ腕を通した。


 今度は迷わない。


 肩へ掛ける。


 前を留める。


 背中へ手を回す必要はない。


 最後に胸元の布を整えた。


「一人で着用できますね」


「はい」


 被服科の士官が背面を確認する。


「翼根部への接触なし」


「肩布、問題ありません」


「ロザリーさん。翼を開いてください」


「はい」


 黒い翼が、ゆっくりと広がった。


 肩布がわずかに浮き、それから自然に羽根の上へ逃げる。


 引っ張られない。


 擦れない。


 もう一度畳む。


 布は元の位置へ落ちた。


「座ってみてください」


 今度は最初から丸椅子が用意されていた。


 ロザリーが腰掛ける。


「大丈夫です」


「背中は?」


「見えてませんか?」


 児童教育科の官吏が背後を確認した。


「ほとんど見えません。動いた際に多少隙間はできますが、通常の着用範囲です」


「寒さは?」


 ロザリーが肩を動かし、少し考える。


「さっきより全然いいです」


「ウィータさん」


 五歳の少女が呼ばれた。


「どう?」


 ウィータはロザリーを上から下までじっと見る。


 濃紺の上着。


 白いシャツ。


 胸元へ落ちる布。


 そこから覗く黒い翼。


 しばらく考えてから、ひと言。


「かわいい」


 ロザリーが笑った。


「ありがとう」


 ミドラーシュも近寄ってきた。


 白い翼を少し広げ、ロザリーの背面を覗き込む。それから肩布を指先で軽く持ち上げ、翼根へ触れていないことを確かめた。


 こくり。


「ミドも大丈夫だって」


「では、ミドラーシュさんの分も同構造で調整します」


 ロザリーはもう一度、姿見の前に立った。


 右を見る。


 左を見る。


 今度は背中を気にして何度も角度を変えることはなかった。


 白。


 濃紺。


 銀。


 人間の学生が着ている制服と、同じ色。


 けれど背中には、日鴉族の大きな黒い翼がちゃんとある。


 隠してはいない。


 無理に押し込んでもいない。


 その身体のまま、同じ制服を着ている。


 フレイヤは、しばらく黙ってそれを見ていた。


 戦場で最初に日鴉族用の軍服を作ったとき、考えていたことは一つだった。


 羽根を守る。


 山へ入る。


 戦う。


 そして、生きて帰る。


 だから丈夫であればよかった。破れず、邪魔にならず、命を守ればそれでよかった。


 だが、この服は違う。


 朝、家を出る。


 学院へ行く。


 机に向かう。


 友達と飯を食う。


 勉強して、夕方になったら帰ってくる。


 そのための服だ。


「……似合ってるよ」


 気づけば、そう言っていた。


 ロザリーが振り返った。


 一瞬だけ目を丸くして、それから笑う。


「……ありがとうございます」


 フレイヤは鼻を鳴らし、視線を逸らした。


「まだ仮縫いだけどね」


「それでもです」


 被服科の士官が横から入る。


「では四号試作型を暫定基本型として、洗濯耐久試験、引張試験、縫製摩耗試験、雨天試験へ移します」


「まだ試験すんのかい」


「子どもが毎日着ますので」


「……そりゃそうか」


 児童教育科の官吏も書類を閉じる。


「学院側では椅子、机間距離、扉、廊下について別途確認します。ロザリーさんの通学開始後、一月を目安に第一回の使用状況聞き取りを」


「まだ増えるんだね」


「はい」


 フレイヤは長く息を吐いた。


 そして、机の上へ積み上がった型紙と書類を眺める。


「なるほどね。服一着に一日使う国だねえ」


「ええ」


 児童教育科の官吏が頷く。


「大佐と子どもたちがいなければ、あと三日はかかっていましたね」


 フレイヤは吹き出した。


「ははは。それはさすがに言いすぎだろ」


 返事がない。


「…………」


 児童教育科の官吏は、真顔だった。


 隣の被服科士官も真顔だった。


「……本気かい?」


「試作品を西部へ送り、着用確認を行い、報告書を返送していただくだけで二日は失います」


「その後、修正試作品を再送します」


「さらに五歳規格については別途試験が必要でした」


「…………」


「今回はその場で『硬い』『痛い』『着られない』と回答いただけますので、非常に効率的です」


 フレイヤはゆっくり天井を見上げた。


「そうかい……」


 西部から何日もかけて自分を呼びつけた理由が、今になってよく分かった。


 帝国とは、会議と書類でできている。


 そしてどうやら、会議と書類を三日減らせるなら、大佐一人くらい平然と山から引っ張り出す国でもあるらしい。

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