第97話 魔族姫
奈落城崩壊後。
空。
黒い靄。
赤黒い瞳。
崩壊する城の上空へ。
士郎は静かに浮かんでいた。
轟音。
奈落城が崩れていく。
巨大な瓦礫。
神代文明最後の遺産。
全てが奈落へ沈み始めていた。
◇
リゼが呆然と見上げる。
「……飛んでる」
グランも顔を引きつらせる。
「いや、もう驚くの疲れてきたんだけど……」
エレノアだけは黙っていた。
赤い瞳。
士郎を見る。
変わった。
確実に。
だが。
消えていない。
西園寺士郎そのものは。
◇
士郎がゆっくり降りてくる。
黒い靄。
以前より濃い。
重い。
近づくだけで空気が軋む。
リゼが一歩下がった。
本能だった。
怖い。
なのに。
士郎本人はいつも通りだった。
「腹減ったな」
静寂。
リゼが叫ぶ。
「感想それ!?」
◇
グランが乾いた笑いを漏らす。
「化け物になって第一声が飯かよ……」
士郎は少し肩を回す。
「力が増えた分、腹も減る」
黒い瞳。
赤が混ざっていても。
そこにあるのは、いつもの士郎だった。
◇
エレノアが近づく。
赤い瞳。
真っ直ぐ士郎を見る。
「……本当に平気?」
珍しく。
少しだけ弱い声だった。
士郎は少し考える。
そして。
笑った。
「面白くなった」
エレノアが額を押さえる。
「聞いた私が悪かったわね……」
◇
その時。
セレナが静かに言う。
「行き先は決まったわ」
全員の視線が向く。
紫の瞳。
妖しく笑う。
「魔族領」
リゼの顔が引きつる。
「嫌な予感しかしないんだけど!?」
◇
セレナは続ける。
「奈落城が崩れた以上、向こうも気づく」
「“魔王”の気配にね」
静寂。
グランが眉をひそめる。
「向こう?」
「魔族」
空気が少し重くなる。
◇
その頃。
遥か遠く。
魔族領。
巨大な黒城。
玉座の間。
白銀の髪を持つ少女が、静かに窓の外を見ていた。
紅い瞳。
小さな角。
黒いドレス。
魔族姫アルシア。
◇
彼女の周囲では、上位魔族たちが跪いていた。
誰も口を開かない。
ただ。
少女だけが笑う。
「やっぱり」
紅い瞳が細くなる。
「退屈しなさそう」
◇
アルシアは静かに立ち上がる。
長い白銀の髪が揺れる。
「迎える準備を」
魔族たちが頭を垂れる。
「はっ」
静寂。
そして。
少女は窓の向こうを見る。
遥か先。
崩壊した奈落城の方向。
◇
「会いたいな」
小さく。
楽しそうに笑った。
「新しい“魔王”に」
◇
奈落城跡地。
士郎は静かに空を見ていた。
赤黒い瞳。
黒い靄。
以前より重い存在感。
それでも。
その笑みだけは変わらない。
獰猛に。
楽しそうに。
「次はどいつだ」
風が吹く。
その先に待つのは。
魔族領。
そして。
新たな怪物たちだった。
第五章 奈落城編 完




