第95話 境界
奈落城最深部。
巨大な“魔王の心臓”の前。
黒い光が溢れていた。
奈落城全体が脈打っている。
ドクン。
ドクン。
まるで。
世界そのものが呼吸しているみたいだった。
◇
士郎は静かに立っている。
黒い靄。
赤黒い瞳。
空間が歪む。
存在感そのものが変わっていた。
それでも。
その表情だけは、まだ西園寺士郎だった。
◇
『退屈だった』
原初の魔王の声。
『だから壊した』
静かな声。
まるで。
天気の話でもするみたいに。
◇
士郎は黙っていた。
脳裏へ流れ込む記憶。
滅びた世界。
崩壊した文明。
山のような死体。
そして。
玉座で退屈そうに笑う黒い王。
◇
その時。
士郎が小さく呟く。
「……くだらんな」
静寂。
原初の魔王の赤黒い瞳が細くなる。
◇
「退屈だから世界を壊した?」
士郎は笑った。
その笑みは、今までと少し違う。
冷えていた。
「随分つまらん理由だ」
リゼが息を呑む。
エレノアの赤い瞳も揺れる。
◇
原初の魔王は静かに士郎を見る。
『違うのか?』
士郎は即答した。
「俺は強い奴と戦えればいい」
黒い瞳。
赤が混ざっていても。
その奥には、まだ士郎自身の狂気があった。
「壊すだけじゃ退屈だろ」
静寂。
◇
エレノアの表情が少し変わる。
安心。
ほんの僅かに。
士郎は原初の魔王へ共鳴している。
それでも。
完全には染まっていない。
◇
原初の魔王が笑う。
『なるほど』
『だからお前は面白い』
その瞬間。
巨大心臓が脈動する。
ドクン。
ドクン。
黒い管が士郎へ伸びる。
だが。
今度は違った。
士郎の黒い靄が、それを飲み込んだ。
◇
原初の魔王の瞳が初めて揺れる。
『……拒絶?』
士郎は笑った。
獰猛に。
「勘違いするな」
黒い靄。
さらに膨張。
奈落城全体が軋む。
「力は貰う」
「だが」
赤黒い瞳が細くなる。
「俺は俺だ」
轟音。
空間震動。
その瞬間。
奈落城中の神代文字が、一斉に赤黒く発光した。
◇
エレノアが息を呑む。
セレナの笑みも消える。
原初の魔王ですら、静かに士郎を見ていた。
◇
魔王因子。
原初の記憶。
神代の力。
全部受け入れながら。
それでも。
人格侵食を拒絶している。
普通ならあり得ない。
◇
リゼが震えた声を出す。
「……何なの、この人」
グランも乾いた笑いを漏らす。
「化け物だろ、もう」
◇
その時。
原初の魔王が静かに笑った。
『そうか』
『それがお前か』
初めてだった。
原初の魔王が、“別個の存在”として士郎を見たのは。
◇
エレノアは静かに士郎を見る。
黒い靄。
赤黒い瞳。
もう人間には戻れないかもしれない。
それでも。
西園寺士郎は消えていない。
◇
その瞬間。
巨大心臓が暴走した。
轟音。
黒い光が空間を埋め尽くす。
奈落城全体が崩壊を始める。
リゼが叫ぶ。
「今度は何!?」
セレナの顔色が初めて変わった。
「心臓が……暴走してる!?」
◇
原初の魔王は静かだった。
まるで。
全部分かっていたみたいに。
『選べ』
赤黒い瞳が士郎を見る。
『継承するか』
『壊すか』
巨大心臓が脈動する。
ドクン。
ドクン。
まるで。
士郎の答えを待つみたいに。




