第94話 魔王化
奈落城最深部。
巨大な“魔王の心臓”から、黒い光が溢れ出していた。
轟音。
空間震動。
黒い粒子が、士郎へ流れ込む。
止まらない。
まるで。
心臓そのものが、士郎を選んだみたいに。
◇
エレノアが叫ぶ。
「士郎!!」
それでも。
士郎は立っていた。
黒い靄。
以前とは比べ物にならない。
濃密。
重い。
空間そのものが歪み始めている。
◇
そして。
士郎の瞳が、完全に赤黒く染まった。
リゼが息を呑む。
「……っ」
怖い。
今までとは違う。
人間じゃない。
本能がそう叫んでいた。
◇
士郎の脳裏へ、大量の記憶が流れ込む。
戦争。
滅び。
虐殺。
玉座。
そして。
世界そのものを敵に回した、孤独な王。
◇
『感じるか』
原初の魔王の声。
『力を』
士郎はゆっくり拳を握る。
ドクン。
黒い靄が脈動する。
その瞬間。
バキィィィン!!!
離れた場所の神代騎士像が、突然砕け散った。
静寂。
グランが顔を引きつらせる。
「……は?」
士郎は何もしていない。
ただ。
“力”が漏れただけ。
◇
エレノアの赤い瞳が揺れる。
ここまでとは思っていなかった。
適合速度が異常。
しかも。
拒絶反応がない。
まるで。
最初から完成されていたみたいに。
◇
セレナは歓喜していた。
紫の瞳。
狂気すら滲んでいる。
「成功よ……!」
「ついに……!」
リゼが怒鳴る。
「全然成功じゃないでしょ!!」
◇
その時。
士郎がゆっくり顔を上げる。
赤黒い瞳。
視線だけで空気が重くなる。
グランですら、一瞬身体が硬直した。
格が違う。
存在そのものが変わっている。
◇
原初の魔王が笑う。
『素晴らしい』
『その力こそ』
『世界を超える資格だ』
士郎は静かに聞いていた。
否定しない。
◇
その時。
エレノアが士郎の前へ立つ。
紅蓮の炎。
赤い瞳。
「それ以上、受け入れちゃダメ」
士郎は少しだけ視線を向ける。
「何故だ?」
その声。
低い。
以前より遥かに冷たい。
リゼの顔が青ざめる。
◇
エレノアは睨み返す。
「あなたがあなたじゃなくなる」
静寂。
士郎は少し黙った。
そして。
小さく笑う。
「今さらだろ」
その瞬間。
エレノアの表情が止まった。
◇
士郎は昔から壊れていた。
死を恐れず。
戦いを愉しみ。
強者しか求めない。
人間社会へ馴染めない怪物。
だから。
魔王因子へ適合してしまう。
◇
原初の魔王が笑う。
『理解しているではないか』
『お前は元より、こちら側だ』
黒い靄がさらに膨れ上がる。
奈落城全体が震える。
◇
その時。
巨大心臓が脈動した。
ドクン。
ドクン。
そして。
黒い管が士郎へ伸びる。
エレノアの顔色が変わる。
「士郎!! 避けて!!」
それでも。
士郎は避けない。
むしろ。
自分から掴んだ。
轟音。
黒い光が爆発する。
◇
士郎の脳裏へ、最後の記憶が流れ込む。
神代文明最終日。
空を埋め尽くす光。
崩壊する世界。
そして。
原初の魔王が、たった独りで笑っている。
◇
『退屈だった』
声。
静かだった。
『だから壊した』
士郎の赤黒い瞳が揺れる。
その瞬間。
初めて。
士郎の笑みが消えた。




