第93話 灰の魔女
奈落城最深部。
巨大な“魔王の心臓”。
その前で。
黒い靄が膨れ上がっていた。
士郎の周囲。
空間そのものが軋む。
床へ亀裂が走る。
リゼが息を呑む。
「士郎……」
黒い瞳。
赤が濃い。
明らかに変質が進んでいた。
◇
エレノアは士郎の前へ立つ。
紅蓮の炎。
赤い瞳。
今までで一番険しい表情だった。
「それ以上、近づかないで」
原初の魔王は静かに見ている。
まるで。
面白いものを見るみたいに。
◇
『灰の魔女』
低い声。
『まだ抗うか』
エレノアは笑わない。
「当たり前でしょ」
その声は冷たい。
「士郎は、あなたの器じゃない」
静寂。
◇
原初の魔王が少し笑う。
『違うな』
黒い瞳が細くなる。
『器ではない』
『“後継”だ』
その瞬間。
巨大心臓が脈動する。
ドクン。
ドクン。
奈落城全体が揺れた。
◇
士郎の脳裏へ、また記憶が流れ込む。
黒い王。
玉座。
神代騎士団。
そして。
滅びゆく世界。
それでも。
原初の魔王は絶望していなかった。
退屈そうだった。
まるで。
世界そのものに飽きていたみたいに。
◇
『お前は理解できるはずだ』
声。
直接響く。
『弱者に囲まれた退屈を』
士郎は黙っていた。
否定しない。
◇
エレノアの表情が険しくなる。
最悪だった。
士郎は共鳴している。
力だけじゃない。
思想まで。
◇
その時。
セレナが静かに前へ出た。
「なら、なおさら必要ね」
リゼが振り向く。
「え?」
セレナの紫の瞳が、士郎を見る。
「この世界を壊す存在が」
静寂。
グランが舌打ちする。
「やっぱイカれてやがる……」
◇
セレナは笑っていた。
妖しく。
「王国も」
「教会も」
「貴族も」
「全部腐ってる」
「なら壊せばいい」
その声には、本気の狂気があった。
◇
エレノアが睨む。
「士郎を利用する気?」
セレナは即答した。
「ええ」
空気が凍る。
「そのために、ここまで連れてきたんだもの」
リゼが顔を青ざめさせる。
「最低なんだけど!?」
◇
それでも。
士郎は笑っていた。
「正直でいい」
エレノアが振り向く。
「士郎!!」
士郎は黒い靄を纏ったまま、原初の魔王を見る。
「で?」
「俺に何をさせたい」
◇
原初の魔王は笑った。
『簡単だ』
『世界を壊せ』
その瞬間。
奈落城全体が震えた。
巨大心臓が脈動する。
ドクン。
ドクン。
まるで。
歓喜しているみたいに。
◇
士郎の黒い瞳が細くなる。
そして。
笑った。
獰猛に。
「面白そうだ」
リゼの顔色が変わる。
「ちょっ……!?」
◇
エレノアが士郎の腕を掴む。
強く。
「本気で言ってるの?」
赤い瞳。
そこには初めて、焦りがあった。
士郎は少しだけエレノアを見る。
そして。
静かに言った。
「半分な」
静寂。
◇
その時。
原初の魔王が笑った。
『やはり良い』
『お前は我と違う』
『だからこそ完成する』
その瞬間。
巨大心臓から黒い光が溢れ出した。
轟音。
空間震動。
そして。
黒い粒子が、一斉に士郎へ流れ込み始める。
エレノアの顔色が変わる。
「まずい!!」
止まらない。
士郎の黒い靄が爆発的に膨れ上がる。
赤黒い光。
揺れる空間。
そして。
士郎の瞳が、完全に赤く染まり始めた。




