第92話 原初の魔王
奈落城最深部。
巨大な“魔王の心臓”の前。
黒い霧の中から現れた男。
黒い甲冑。
長い黒髪。
赤黒い瞳。
そして。
士郎と同じ笑み。
◇
静寂。
リゼは言葉を失っていた。
グランも剣を握ったまま動けない。
本能が理解している。
目の前の存在は危険だ。
今までとは次元が違う。
◇
原初の魔王。
神代文明を滅ぼしかけた災厄。
その本人が。
今。
目の前に立っている。
◇
男は静かに士郎を見る。
赤黒い瞳。
まるで。
自分自身を見るみたいに。
そして。
笑った。
『待っていたぞ』
士郎も笑う。
「そうか」
リゼが頭を抱える。
「なんで普通に会話始まるの!?」
◇
エレノアの赤い瞳が細くなる。
警戒。
今までで最大。
セレナだけは嬉しそうだった。
「ようやく会えたわね」
原初の魔王は視線すら向けない。
興味がない。
見ているのは士郎だけだった。
◇
『よくここまで来た』
低い声。
空間そのものが震える。
それでも。
士郎は平然としていた。
黒い瞳。
赤が濃い。
そして。
黒い靄も以前より明らかに濃密になっている。
◇
原初の魔王が近づく。
一歩。
それだけで空間が軋む。
リゼが息を呑む。
「魔力がおかしい……」
いや。
もう魔力じゃない。
存在そのものが異常だった。
◇
原初の魔王は士郎の前で止まる。
そして。
静かに言った。
『似ている』
士郎は少し笑う。
「何度も言われた」
『当然だ』
赤黒い瞳が細くなる。
『お前は、我に最も近い』
静寂。
◇
エレノアが一歩前へ出る。
「離れなさい、士郎」
その声は珍しく強かった。
それでも。
士郎は動かない。
むしろ。
楽しそうだった。
◇
原初の魔王が笑う。
『よい』
『恐怖を知らぬ』
『死を愉しむ』
『強者だけを求める』
『実に美しい』
その言葉。
まるで。
自分自身を語っているみたいだった。
◇
士郎の黒い瞳が細くなる。
「お前もそうなのか?」
原初の魔王は笑った。
『ああ』
その瞬間。
士郎の脳裏へ、大量の記憶が流れ込む。
戦争。
虐殺。
滅びた文明。
そして。
玉座へ座る黒い王。
世界が壊れていく。
それでも。
王は笑っていた。
退屈そうに。
◇
『世界は脆い』
声。
頭の中へ響く。
『弱者は群れ』
『強者を恐れる』
『故に滅ぶ』
士郎は静かに聞いていた。
否定しない。
◇
エレノアの顔色が変わる。
まずい。
士郎が共鳴している。
思想ごと。
◇
その時。
原初の魔王が士郎へ手を伸ばす。
黒い粒子。
魔力。
いや。
もっと異質な“何か”。
『来い』
『完全になれ』
轟音。
巨大心臓が脈動する。
ドクン。
ドクン。
奈落城全体が揺れ始めた。
◇
リゼが叫ぶ。
「士郎!!」
グランも怒鳴る。
「やめろ!!」
それでも。
士郎は笑っていた。
黒い瞳。
赤が濃くなる。
そして。
ゆっくり。
原初の魔王へ手を伸ばした。
◇
その瞬間。
エレノアが動く。
紅蓮の炎。
爆発。
轟音。
強制的に二人の間へ割り込んだ。
「それ以上はダメよ」
赤い瞳。
今までで一番険しい。
◇
原初の魔王が初めてエレノアを見る。
『灰の魔女か』
エレノアは士郎を庇うように立つ。
「士郎は、あなたにはならない」
静寂。
原初の魔王は少しだけ笑った。
『……本当にそう思うか?』
その瞬間。
士郎の黒い靄が、さらに膨れ上がった。




