第91話 魔王の心臓
奈落城最深部。
巨大扉の奥。
黒い霧が広がっていた。
視界が悪い。
それでも。
一歩進むごとに、鼓動音が大きくなる。
ドクン。
ドクン。
まるで。
世界そのものが脈打っているみたいだった。
◇
リゼが顔を青ざめさせる。
「……帰りたい」
グランも険しい顔だった。
「今さら帰れねぇだろ」
エレノアは黙っている。
赤い瞳。
ずっと士郎を見ていた。
黒い靄。
赤黒く染まり始めた瞳。
奈落城へ入ってから、変化が加速している。
◇
セレナだけが静かに前へ進む。
迷いがない。
まるで。
ずっとここへ来たかったみたいに。
◇
やがて。
霧が晴れる。
その瞬間。
全員の動きが止まった。
◇
巨大空間。
地下とは思えないほど広い。
その中央。
“心臓”があった。
◇
巨大。
黒赤色。
山みたいなサイズ。
そして。
生きていた。
ドクン。
ドクン。
脈動。
血管みたいな黒い管が、空間全体へ広がっている。
リゼが震える。
「……なに、これ」
セレナが静かに答えた。
「“魔王の心臓”」
◇
原初の魔王。
その核。
千年以上封印され続けてきた、世界最大の災厄。
それが今も、生きている。
◇
その時。
士郎の黒い靄が膨れ上がる。
反応していた。
呼応するみたいに。
ドクン。
ドクン。
鼓動がさらに大きくなる。
◇
エレノアの表情が険しくなる。
「……まずい」
心臓が。
士郎へ反応している。
いや。
違う。
歓迎している。
◇
その瞬間。
巨大心臓から黒い粒子が漏れ出した。
そして。
士郎へ流れ込む。
轟音。
空間震動。
リゼが叫ぶ。
「士郎!!」
◇
士郎の視界が歪む。
また。
記憶。
黒い空。
崩壊した世界。
山のような死体。
膝をつく軍勢。
そして。
玉座。
黒い王。
◇
今度は顔が見えた。
黒髪。
赤黒い瞳。
そして。
笑っていた。
まるで。
全部どうでもいいみたいに。
◇
『ようやく来たか』
声。
直接響く。
士郎の黒い瞳が細くなる。
「……お前か」
黒い王は笑う。
『我が器よ』
◇
その瞬間。
士郎の周囲へ黒い靄が爆発的に広がった。
空間が軋む。
床が砕ける。
リゼが息を呑む。
「魔力……!?」
いや。
もうそんなレベルじゃない。
存在感そのものが変わっていた。
◇
エレノアが叫ぶ。
「士郎!! 拒絶しなさい!!」
しかし。
士郎は笑っていた。
歓喜。
戦闘時と同じ顔。
「面白い」
エレノアの顔色が変わる。
最悪だった。
士郎は恐れていない。
むしろ。
受け入れ始めている。
◇
セレナは静かに呟く。
「完成する」
その紫の瞳は、歓喜していた。
◇
その時。
巨大心臓の前。
空間が歪む。
黒い霧が集束する。
そして。
“何か”が現れた。
リゼが震える。
「……また敵?」
エレノアの赤い瞳が細くなる。
「違う」
静寂。
黒い霧の中から現れたのは。
一人の男だった。
黒い甲冑。
長い黒髪。
赤黒い瞳。
そして。
士郎と同じ笑み。
◇
男は士郎を見る。
まるで。
鏡を見るみたいに。
そして。
静かに口を開いた。
『待っていたぞ』
原初の魔王が。
ついに姿を現した。




