第9話 黒狼と呼ばれる男
赤蛇壊滅から三日。
城壁都市ルーガスは、異様な熱気に包まれていた。
酒場。
市場。
冒険者ギルド。
どこへ行っても同じ話題。
“黒狼”。
黒いコートを纏い、素手で盗賊団を壊滅させた怪物。
その噂が、街中へ広がっていた。
「聞いたか?」
「赤蛇を一人で潰したらしいぞ」
「団長のバルガスまで素手で……」
「ありえねぇ」
「でも生き残りが全員同じこと言ってる」
恐怖と興奮が混ざった声。
人々はまだ理解できていなかった。
あれが本当に人間なのか。
◇
冒険者ギルド。
士郎はいつものように肉を食っていた。
山盛り。
尋常じゃない量。
リゼが呆れた顔をする。
「ほんと、食費やばいよね……」
士郎は淡々と肉を咀嚼する。
「腹が減る」
それだけだった。
最近特に酷い。
いくら食っても満たされない。
身体が常に何かを求めている。
理由は分からない。
だが気にしても仕方ない。
その時。
ギルド内がざわついた。
「おい……」
「来たぞ」
視線が入口へ集まる。
重装備の男たち。
王国騎士団だった。
空気が張り詰める。
リゼが不安そうに呟く。
「なんで騎士団が……」
先頭の騎士が士郎を見る。
鋭い眼。
だが、その奥には警戒があった。
「西園寺士郎だな」
「ああ」
騎士は一枚の紙を取り出す。
「ギルドマスター・ダグラスへ。王都より通達だ」
ダグラスが受け取り、眉をひそめた。
「……討伐依頼?」
ギルドがざわつく。
騎士は低く言う。
「北部街道付近で魔獣被害が拡大している」
「どの程度だ」
「村が二つ消えた」
沈黙。
空気が重くなる。
レオンの目が細くなる。
「……種類は」
騎士が答える。
「不明」
それが一番まずかった。
未知の魔獣。
しかも村を壊滅。
普通の依頼ではない。
ダグラスが険しい顔で聞く。
「A級案件か?」
「その可能性が高い」
ギルド内の冒険者たちがざわめく。
A級。
それは、一流冒険者でも命懸けの領域。
レオンが腕を組む。
「面倒だな」
だが。
士郎だけは静かだった。
むしろ。
少しだけ目が細くなる。
「強いのか」
騎士が士郎を見る。
黒狼。
その噂は王都にも届いている。
そして騎士団も理解していた。
目の前の男は危険だと。
「……分からん」
「そうか」
士郎は立ち上がる。
黒いコートを羽織る。
リゼが嫌な予感を覚えた。
「え、まさか」
士郎は当然のように言った。
「行くぞ」
ダグラスが眉をひそめる。
「待て。まだ情報が足りん」
「現地で見ればいい」
「お前な……」
レオンが苦笑する。
「相変わらずだな」
だが、その目は少し真剣だった。
A級案件。
普通なら慎重に動く。
なのに士郎は、まるで散歩へ行くみたいな顔をしている。
その異常さが怖い。
◇
翌日。
北部街道。
士郎たちは壊滅した村へ到着していた。
静かだった。
風しか聞こえない。
家屋は破壊され、地面には巨大な爪痕。
血の匂いもまだ残っている。
リゼの顔が青ざめる。
「ひどい……」
レオンが周囲を見る。
「……妙だな」
「何がだ」
「死体が少ない」
士郎は地面を見る。
巨大な足跡。
深い。
重い。
そして。
「デカいな」
その時だった。
森の奥から、低い唸り声が響く。
空気が変わる。
レオンが剣へ手を置く。
「来るぞ」
木々が揺れる。
地面が震える。
そして現れた。
巨大な獣。
全長五メートル超。
黒い毛皮。
異常な筋肉。
赤い瞳。
その姿を見た瞬間、レオンの顔色が変わった。
「……ブラッドベア」
A級危険種。
普通の冒険者では相手にならない怪物。
リゼが震える。
「なんでこんなのが……!」
ブラッドベアが咆哮した。
轟音。
空気が震える。
だが。
士郎は笑っていた。
ほんの少し。
獰猛に。
「いい」
拳を握る。
「やっとマシなのが来た」
レオンが息を吐く。
「……やっぱりお前、頭おかしいわ」




