第10話 A級危険種
ブラッドベアが咆哮した。
空気が震える。
森の木々が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
圧倒的な威圧感。
リゼは足が竦んでいた。
「む、無理……」
A級危険種。
普通の冒険者なら遭遇した時点で逃走案件。
それほどの怪物。
だが。
士郎だけは静かに前へ出た。
黒いコートが風で揺れる。
ブラッドベアの赤い瞳が士郎を捉える。
殺気。
濃密な敵意。
レオンが低く言う。
「気をつけろ。あれは速い」
士郎は答えない。
視線は既に怪物だけを見ていた。
ブラッドベアが地面を蹴る。
轟音。
巨体とは思えない速度。
一瞬で士郎の目前へ迫る。
巨大な爪が振り下ろされた。
だが。
当たらない。
士郎は半歩だけ動いて避けていた。
爪が地面を抉る。
土砂が吹き飛ぶ。
その隙。
士郎の拳がブラッドベアの脇腹へ突き刺さる。
ドゴォォォン!!
衝撃。
巨獣の身体が横へ滑る。
木々をなぎ倒しながら数メートル吹き飛んだ。
リゼが目を見開く。
「うそ……」
レオンも顔をしかめる。
効いている。
A級危険種へ、人間の拳が。
ブラッドベアが低く唸る。
怒り。
獲物ではない。
危険な存在だと認識した。
次の瞬間。
再び突進。
今度はフェイント混じり。
速い。
しかも戦い慣れている。
レオンが叫ぶ。
「右だ!!」
だが士郎は既に動いていた。
爪を回避。
懐へ潜り込む。
肘打ち。
顎が跳ね上がる。
続けて膝蹴り。
腹部が沈む。
しかし。
ブラッドベアは倒れない。
逆に咆哮しながら腕を振り回した。
轟音。
士郎の肩へ直撃。
黒いコートが裂ける。
士郎の身体が吹き飛んだ。
木へ激突。
リゼが悲鳴を上げる。
「士郎!!」
土煙。
ブラッドベアが唸る。
勝利を確信した獣の目。
だが。
煙の中から士郎が立ち上がる。
肩から血が流れていた。
普通の人間なら腕が千切れている威力。
しかし士郎は肩を軽く回すだけ。
「重いな」
ブラッドベアが怯む。
理解できない。
効いているはずなのに、目の前の人間は倒れない。
士郎は歩き出す。
一歩ずつ。
静かに。
その姿に、レオンは寒気を覚えた。
まるで人間じゃない。
痛みへの反応が異常だ。
士郎は拳を握る。
「もう少し楽しませろ」
ブラッドベアが咆哮する。
そして。
逃げた。
森の奥へ。
全員が一瞬固まる。
「え……?」
リゼが目を瞬かせる。
「逃げた?」
レオンの顔が険しくなる。
「違う……!」
その瞬間。
森全体が揺れた。
重い足音。
一つじゃない。
複数。
士郎の目が細くなる。
木々の奥。
赤い瞳が次々浮かび上がった。
ブラッドベア。
二体。
三体。
四体。
群れ。
リゼの顔が青ざめる。
「うそでしょ……」
レオンが舌打ちする。
「最悪だ……!」
A級危険種が群れている。
そんな話は聞いたことがない。
普通なら軍隊案件。
だが。
士郎は笑っていた。
今までで一番。
獰猛に。
「いい」
黒い瞳が、ゆっくり細くなる。
「面白くなってきた」




