第88話 深淵の魔女
神代都市跡。
崩壊した塔群。
白骨の山。
空気そのものが死んでいた。
その中心。
遥か遠くで脈動する黒い塔。
ドクン。
ドクン。
巨大な鼓動音が響いている。
まるで。
世界そのものが脈打っているみたいだった。
◇
リゼが顔を青ざめさせる。
「……ほんとに行くの?」
グランも苦い顔だった。
「今さら引き返せる空気じゃねぇだろ」
実際。
空気がおかしい。
奈落城へ入ってから。
魔力濃度が異常なほど上がっている。
普通の人間なら、立っているだけで発狂しかねない。
◇
それでも。
士郎は平然としていた。
黒い靄。
赤が混じり始めた瞳。
なのに。
むしろ身体が馴染んでいる。
エレノアの表情が険しくなる。
最悪だった。
奈落城が、士郎を拒絶していない。
受け入れている。
◇
その時。
セレナが足を止めた。
「少し休みましょう」
珍しかった。
今まで一度も弱音を見せていない。
グランが警戒する。
「どういう風の吹き回しだ?」
セレナは少し笑った。
「この先は危険だからよ」
リゼが即答する。
「今までは危険じゃなかったみたいに言わないで」
◇
一行は崩れた神殿跡へ入る。
壁には大量の神代文字。
そして。
中央には巨大な魔法陣。
エレノアの赤い瞳が細くなる。
「封印術式……」
セレナは静かに答えた。
「魔王用のね」
空気が重くなる。
◇
その時。
士郎が神殿壁画を見る。
巨大な黒い王。
膝をつく騎士団。
崩壊する世界。
そして。
王の胸部へ突き刺さる“光の槍”。
士郎の黒い瞳が細くなる。
また。
記憶が流れ込む。
◇
絶叫。
燃える空。
崩壊する都市。
そして。
黒い王が笑っていた。
滅びの中心で。
まるで。
全部どうでもいいみたいに。
◇
『お前も似ている』
声。
頭の中へ響く。
低い。
重い。
士郎は小さく笑った。
「そうかもな」
リゼが顔を引きつらせる。
「独り言怖いからやめて!?」
◇
その時。
エレノアがセレナを見る。
赤い瞳。
鋭い。
「あなた、何を企んでるの?」
静寂。
グランも空気を読む。
セレナは少し笑った。
「急ね」
「誤魔化さないで」
エレノアの声は低い。
「あなた、“心臓”を破壊する気ないでしょ」
空気が凍る。
リゼが目を見開く。
「え?」
◇
セレナは静かだった。
否定しない。
それだけで答えだった。
グランが舌打ちする。
「やっぱりか」
◇
エレノアが一歩前へ出る。
「あなたの目的は何?」
セレナは少し考える。
そして。
静かに言った。
「世界を変えること」
リゼが顔をしかめる。
「絶対ろくでもないやつ……」
◇
セレナの紫の瞳が、士郎を見る。
「今の世界は腐ってる」
「王国も」
「教会も」
「人間も」
「全部」
静かな声。
その奥には狂気があった。
◇
「だから必要なの」
セレナが笑う。
妖しく。
「新しい“王”が」
静寂。
エレノアの赤い瞳が揺れる。
グランも険しい顔。
リゼは完全に嫌な予感しかしない。
◇
それでも。
士郎だけは笑っていた。
「面白い話だな」
エレノアが振り向く。
「士郎」
士郎は神殿壁画を見ながら呟く。
「この世界、確かにつまらん」
その瞬間。
神殿奥から、重い足音が響いた。
轟音。
空気が震える。
全員の視線が向く。
暗闇。
そこに。
巨大な“何か”が立っていた。




