第87話 魔王の記憶
奈落城地下深部。
崩壊都市。
空気が重い。
黒い塔。
赤黒い鼓動。
ドクン。
ドクン。
まるで。
都市そのものが生きているみたいだった。
◇
リゼが顔をしかめる。
「嫌な予感しかしない……」
グランも周囲を警戒する。
剣を握る手に力が入っていた。
「ここ、本当に遺跡かよ」
静かすぎる。
死んだ街。
なのに。
何かが見ている感覚だけが消えない。
◇
セレナは前を見据えていた。
紫の瞳。
黒い塔。
「あそこが中心」
静かな声。
「“魔王の心臓”が眠る場所よ」
エレノアの赤い瞳が細くなる。
警戒。
焦り。
そして。
僅かな恐怖。
「……進行が早すぎる」
視線は士郎へ向いていた。
黒い靄。
以前より濃い。
瞳の奥に赤が混ざる時間も増えている。
◇
士郎は歩いていた。
静かに。
黒い瞳。
だが。
時折、視界が揺れる。
知らない景色。
燃える空。
崩壊都市。
膝をつく騎士たち。
巨大な黒い玉座。
そして。
赤黒い瞳。
◇
『壊せ』
声。
低い。
頭の中へ直接響く。
『世界は脆い』
士郎の足が止まる。
リゼが振り返る。
「士郎?」
返事がない。
◇
視界が歪む。
戦争。
血。
死。
神代騎士団。
膝をつく軍勢。
巨大な黒い王。
その背後。
無数の翼。
そして。
燃え落ちる都市。
◇
『恐れるな』
声。
重い。
冷たい。
『恐怖は弱さだ』
士郎の黒い瞳へ、赤が混ざる。
黒い靄。
漏れ出す。
空気が軋んだ。
◇
グランが顔をしかめる。
「またかよ……!」
リゼも不安そうだった。
「大丈夫なの……?」
エレノアの声は低い。
「大丈夫じゃない」
静寂。
珍しく断言だった。
「普通なら壊れてる」
精神が。
人格が。
魔王因子に呑まれて。
とっくに終わっている。
なのに。
士郎は壊れない。
むしろ。
馴染んでいる。
◇
士郎がゆっくり顔を上げた。
黒い塔。
赤黒い鼓動。
まるで。
呼んでいる。
その時。
士郎の口元が少し歪む。
「……思い出してきた」
空気が凍った。
リゼが固まる。
「は?」
セレナの紫の瞳が細くなる。
エレノアの顔色も変わった。
「何を……?」
士郎は少し考える。
そして。
静かに言った。
「戦い方だ」
沈黙。
◇
次の瞬間。
崩壊都市の影が動いた。
轟音。
巨大な瓦礫が吹き飛ぶ。
そして。
現れた。
漆黒の巨兵。
十メートル級。
四本腕。
巨大剣。
全身へ刻まれた神代文字。
胸部核だけが赤黒く脈打っている。
リゼが絶叫した。
「デカすぎるってぇぇぇ!!」
セレナが低く呟く。
「神代守護兵……」
エレノアの表情が険しくなる。
「城塞攻略級……!」
その瞬間。
巨兵の赤黒い瞳が士郎を捉えた。
そして。
低い声が響く。
『……魔王候補』
静寂。
士郎だけが笑っていた。
「強いか?」




