第76話 魔女の依頼
地下闘技都市グラディウス。
拳王決定戦から三日。
それでも街の熱狂は冷めていなかった。
酒場。
賭博場。
裏市場。
どこへ行っても同じ話題。
――“黒狼”。
拳王ゴルドを倒した怪物。
地下都市最強。
新たな拳王。
その名は、もはや伝説になり始めていた。
◇
しかし。
本人はいつも通りだった。
酒場の席。
山盛り肉。
十五人前。
リゼが呆れ果てている。
「ほんとに人間……?」
「腹が減る」
地下闘技都市に来て以降。
飢餓感はさらに強くなっていた。
戦えば戦うほど。
魔王因子が活性化するほど。
身体が異常な量のエネルギーを求める。
エレノアは静かに士郎を見る。
黒い靄。
薄い。
それでも。
以前より確実に濃い。
そして。
士郎自身が、それを隠さなくなっていた。
◇
その時。
酒場の扉が開く。
空気が変わった。
入ってきたのは、一人の女。
長い銀髪。
漆黒のローブ。
紫色の瞳。
美しい。
それでも。
本能が警鐘を鳴らす。
危険。
グランの顔が険しくなる。
「……魔術師か」
女は真っ直ぐ士郎へ近づく。
周囲の客たちもざわついていた。
「誰だあの女……」
「只者じゃねぇ……」
◇
女は士郎の前で止まる。
そして。
静かに言った。
「西園寺士郎」
士郎は肉を食いながら答える。
「ああ」
女の紫の瞳が細くなる。
「噂通りね」
リゼが警戒する。
「誰?」
女は小さく笑った。
「セレナ」
その瞬間。
エレノアの表情が変わる。
珍しく。
本当に珍しく。
笑みが消えた。
◇
「“深淵の魔女”……」
グランが乾いた声を漏らす。
周囲の空気が凍る。
地下世界で知らぬ者はいない。
禁術。
古代魔術。
死霊術。
あらゆる禁忌へ手を出した魔女。
それがセレナ。
誰も逆らわない。
いや。
逆らえない。
◇
セレナは士郎を見る。
興味深そうに。
「あなた、面白いわね」
士郎は興味なさそうだった。
「そうか」
「普通はもっと警戒するのだけれど」
少し間が空く。
そして。
士郎は聞いた。
「お前、強いのか?」
沈黙。
リゼが頭を抱える。
「まずそこなの!?」
グランも乾いた笑いを漏らす。
「もう病気だろ……」
◇
セレナは妖しく笑った。
「ええ」
その瞬間。
酒場の温度が下がる。
魔力。
濃密。
空気そのものが重くなる。
客たちの顔が青ざめた。
椅子から崩れ落ちる者までいる。
それでも。
士郎だけは笑っていた。
「いい」
エレノアがため息を吐く。
「ほんと戦闘狂ね」
◇
セレナは静かに言った。
「依頼があるの」
士郎は肉を食いながら聞く。
「内容は?」
紫の瞳が細くなる。
「古代遺跡の攻略」
その瞬間。
エレノアの赤い瞳が鋭くなった。
古代遺跡。
神代文明。
原初の魔王。
全部繋がっている。
◇
セレナは続ける。
「そこには、“魔王の心臓”がある」
静寂。
酒場の空気が変わる。
エレノアの笑みが消えた。
リゼは意味が分からず首を傾げる。
グランの顔も険しくなる。
ただ一人。
士郎だけが笑っていた。
黒い瞳。
獰猛に。
「面白そうだ」
深淵の魔女は、妖しく笑った。




