第72話 拳王
地下酒場。
静寂。
誰も動けなかった。
酒場入口に立つ巨大な男。
三メートル近い巨体。
全身傷だらけ。
圧倒的威圧感。
存在するだけで空気が重い。
◇
グランの顔色が悪い。
「……嘘だろ」
リゼが小さく聞く。
「そんなにヤバい人なの?」
グランは乾いた声で答えた。
「地下都市最強」
沈黙。
「この街の王だ」
◇
巨大な男は笑う。
獰猛に。
「初めましてだな、黒コート」
士郎は静かに見上げる。
「お前が王か?」
周囲の空気が凍る。
普通なら。
絶対言わない。
それでも。
巨大な男は嬉しそうだった。
「ああ」
その目が細くなる。
「“拳王”ゴルドだ」
◇
地下都市グラディウス。
最強。
絶対王者。
百戦無敗。
地下闘技場最終到達者。
そして。
黒蛇会すら逆らえない怪物。
それが拳王ゴルド。
◇
ゴルドは足元で倒れているレオンを見る。
「お前が負けるとはな」
レオンは血を吐きながら笑った。
「化け物ですよ、コイツは」
ゴルドは笑う。
「知ってる」
そして。
士郎を見る。
その瞬間。
空気が変わった。
圧力。
まるで巨大な猛獣。
リゼの顔が青ざめる。
「……重い」
エレノアの赤い瞳が細くなる。
「強いわね」
グランが小さく呟く。
「今までの連中とは別格だ……」
◇
それでも。
士郎は笑っていた。
「いいな」
ゴルドも笑う。
完全に戦闘狂同士だった。
「気に入ったぜ黒狼」
――黒狼。
その異名を、拳王が口にした瞬間。
酒場がざわつく。
地下都市の王が認めた。
それだけで意味が違う。
◇
ゴルドはゆっくり近づく。
床が軋む。
巨体。
なのに。
異常なまでに隙がない。
士郎の黒い瞳が細くなる。
見えていた。
重心。
呼吸。
筋肉。
全部完成されている。
ただの怪力型じゃない。
武術。
実戦。
殺し。
全部極まっている。
◇
ゴルドが笑う。
「分かるか?」
士郎も笑った。
「ああ」
強い。
今までで一番。
――殺されるかもしれない。
その感覚に。
士郎の口元が歪む。
◇
次の瞬間。
ゴルドの拳が振るわれた。
轟音。
酒場の空気が爆ぜる。
しかし。
士郎は最小動作で回避。
同時に。
肘打ち。
――入った。
それでも。
ゴルドは微動だにしない。
士郎の目が細くなる。
硬い。
筋肉じゃない。
鍛え方そのものが異常。
◇
ゴルドは笑った。
「軽いな」
次の瞬間。
膝蹴り。
超重量。
士郎の身体が吹き飛ぶ。
酒場の壁を突き破る。
観客たちが凍る。
「黒狼が……!」
◇
瓦礫の中。
士郎はゆっくり立ち上がる。
血を吐く。
それでも。
笑っていた。
最高だった。
強い。
圧倒的。
だからこそ。
楽しい。
◇
ゴルドが酒場から出てくる。
夜の地下都市。
観客たちがどんどん集まり始める。
誰もが察していた。
始まる。
地下都市最強同士の戦いが。
ゴルドは首を鳴らした。
「場所変えるぞ」
士郎は笑う。
「ああ」
その瞬間。
地下都市グラディウス全域へ。
“拳王vs黒狼”の噂が駆け巡り始めた。




