第71話 処刑人レオン
地下酒場。
空気が張り詰めていた。
黒蛇会。
地下都市最大勢力。
その幹部――“処刑人”レオン。
そして。
黒コートの怪物、西園寺士郎。
◇
レオンは黒い短剣を抜いた。
細い刃。
暗殺用。
急所を裂くためだけの武器だった。
「お前、元々裏の人間だろ」
士郎は静かに見る。
レオンは続ける。
「動きで分かる。あれは闘士じゃない」
拳。
視線。
間合い。
全部が“殺し屋”。
目が細くなる。
「どこの組織だ?」
士郎は即答した。
「全部潰した」
沈黙。
グランが頭を抱える。
「サラッと言うな怖ぇよ……」
レオンは笑った。
「いいな」
◇
次の瞬間。
レオンが消えた。
超高速。
短剣が士郎の喉を狙う。
しかし。
士郎は半歩だけずれた。
刃は空を裂く。
同時に。
士郎の拳がレオンの腹へ入る。
ドゴォォォォン!!!
レオンの身体が吹き飛ぶ。
机を粉砕し、壁へ激突した。
客たちが悲鳴を上げて逃げ出す。
◇
レオンは血を吐きながら立ち上がる。
「……素手で俺の短剣を避けるか」
士郎は静かに歩く。
「遅い」
レオンの笑みが消えた。
次は正面からではない。
背後。
死角。
床を蹴る音すら消す。
完全な暗殺移動。
それでも。
士郎は振り向かずに肘を放った。
轟音。
レオンの顎へ直撃。
骨が軋む。
レオンは辛うじて後退する。
「見えているのか……?」
士郎は答えない。
見えていた。
呼吸。
重心。
筋肉の動き。
空気の乱れ。
そして。
刃の軌道。
アガルタ以降。
士郎の感覚は人間の領域を超え始めていた。
◇
レオンが再び突っ込む。
短剣の連撃。
首。
脇腹。
腱。
目。
すべて急所。
それでも。
士郎は素手で捌く。
手首を弾く。
肘で軌道を潰す。
肩をぶつけて間合いを消す。
短剣は届かない。
届いたとしても。
士郎は止まらない。
刃が腕を掠める瞬間。
士郎は避けずに踏み込んだ。
薄く血が飛ぶ。
しかし。
それは被弾ではない。
距離を潰すための代償。
次の瞬間。
士郎の膝がレオンの腹を抉った。
レオンが血を吐く。
◇
「……化け物が」
レオンは笑った。
恐怖ではない。
歓喜だった。
「当てても止まらねぇのか」
士郎も笑う。
「その程度ならな」
レオンは短剣を逆手に構える。
空気が変わる。
処刑人の本気。
しかし。
士郎の黒い瞳は冷えていた。
殺しの技術。
経験。
身体能力。
すべてが違う。
レオンは理解した。
目の前の男は、闘技場の怪物ではない。
本物の死線を渡ってきた殺し屋だ。
◇
レオンが最後の一撃に出る。
完全な無音。
完全な死角。
心臓への刺突。
しかし。
士郎の手が、レオンの手首を掴んでいた。
静寂。
短剣の切っ先は、士郎の胸の前で止まっている。
レオンの目が見開かれる。
士郎は静かに言った。
「終わりだ」
拳。
ドゴォォォォン!!!
レオンの身体が酒場の壁を突き破って外へ吹き飛んだ。
◇
静寂。
黒蛇会幹部。
“処刑人”レオン。
敗北。
士郎は血を払う。
その時。
酒場の入口から、重い拍手が響いた。
全員が振り向く。
そこには、巨大な男が立っていた。
三メートル近い巨体。
全身傷だらけ。
圧倒的威圧感。
グランの顔色が変わる。
「おい……マジかよ」
リゼが震える。
「誰……?」
グランは乾いた声で呟いた。
「地下都市の王だ」
巨大な男は、士郎を見下ろして笑った。
「面白ぇ新人がいるじゃねぇか」




