第70話 黒狼指名依頼
地下奴隷闘技場崩壊から二日。
地下闘技都市グラディウスの空気は、完全に変わっていた。
酒場。
賭博場。
裏市場。
どこでも同じ話題。
――“黒狼”。
奴隷商人ドグマを殺し。
地下闘技場を半壊させ。
奴隷たちを解放した黒コートの怪物。
今や、その名を知らない者はいなかった。
◇
酒場。
傭兵たちが騒いでいる。
「聞いたか?」
「ドグマんとこ潰したらしいぞ」
「正気じゃねぇ……」
「しかも護衛全部殺したって」
誰かが酒を飲みながら呟く。
「……本当に怪物だな」
もう笑う者はいなかった。
地下都市の人間ほど分かる。
暴力の価値を。
だからこそ理解してしまう。
――黒狼は、本物だ。
◇
その頃。
士郎は普通に飯を食っていた。
山盛り肉。
十人前。
リゼが呆れる。
「また増えてる……」
「腹が減る」
魔王因子の影響は、確実に強くなっていた。
身体能力。
感覚。
回復力。
全部が上がっている。
その代わり。
飢餓感も増していた。
エレノアは静かに士郎を見る。
黒い靄。
薄い。
それでも。
以前より濃い。
そして。
少しずつ士郎へ馴染み始めていた。
◇
その時。
酒場の扉が開いた。
空気が変わる。
入ってきたのは。
全身黒スーツの男たち。
統率されている。
裏組織の人間。
周囲の客たちがざわつく。
「“黒蛇会”だ……」
「地下都市最大の組織……!」
グランの顔が険しくなる。
「面倒なの来たな」
エレノアは楽しそうだった。
「有名になった証拠ね」
◇
黒スーツの男たちは士郎の前で止まる。
その中央。
長身の男が静かに口を開いた。
「西園寺士郎」
士郎は肉を食いながら答える。
「ああ」
男は感情のない目で言う。
「我々のボスがお前を呼んでいる」
酒場の空気が凍る。
黒蛇会。
地下闘技都市最大勢力。
賭博。
奴隷。
武器。
暗殺。
裏社会全部を牛耳る怪物組織。
そのトップからの呼び出し。
普通なら断れない。
◇
しかし。
士郎は即答した。
「断る」
静寂。
酒場全体が固まる。
リゼが吹き出す。
「早っ!?」
グランが頭を抱える。
「だと思ったよクソが……」
黒スーツの男たちの空気が変わる。
殺気。
周囲の客たちも慌てて距離を取る。
それでも。
士郎は興味なさそうだった。
「用があるなら来い」
沈黙。
完全に喧嘩を売っていた。
◇
長身の男は士郎を見つめる。
そして。
静かに笑った。
「なるほど」
その目が細くなる。
「確かに化け物だ」
男は名乗る。
「俺はレオン」
黒蛇会幹部。
地下都市最強クラスの一人。
その瞬間。
酒場がざわついた。
「レオンだと……!?」
「黒蛇会の処刑人……!」
百人以上を処刑してきた裏社会の怪物。
それでも。
士郎は少し笑った。
「強いのか?」
レオンも笑う。
獰猛に。
「試してみるか?」
その瞬間。
酒場の空気が、一気に殺気へ染まった。




