第69話 奴隷商人の最期
地下奴隷闘技場。
ドグマが逃げ出した。
悲鳴を上げながら。
脂肪だらけの身体を揺らし。
転びそうになりながら。
観客たちは道を空ける。
誰も助けない。
助けられない。
今この場で、一番強い生物が誰か。
全員理解してしまったから。
◇
「ひ、ひぃっ!!」
ドグマは必死に走る。
護衛は全滅。
“虐殺鬼”ガルドですら殺された。
もう終わりだった。
背後から。
ゆっくり足音が響く。
コツ。
コツ。
コツ。
士郎。
歩いているだけ。
なのに。
ドグマには逃げ切れる未来が見えなかった。
◇
観客席も静まり返っていた。
誰も叫ばない。
誰も笑わない。
ただ。
見ている。
――処刑を。
◇
ドグマは出口へ飛び込む。
しかし。
次の瞬間。
目の前へ黒い影が現れた。
「……あ?」
士郎だった。
一瞬。
本当に一瞬で回り込んでいた。
ドグマの顔が引きつる。
「ば、化け――」
拳。
ドゴォォォォン!!!
ドグマの身体が壁へ叩きつけられる。
石壁陥没。
血飛沫。
観客席が震える。
◇
それでも。
ドグマはまだ死なない。
這いずる。
「ま、待て!!」
血まみれ。
涙。
鼻水。
完全に醜態だった。
「か、金か!?」
「女か!?」
「奴隷でも何でもやる!!」
士郎は静かだった。
黒い瞳に感情がない。
ドグマは本能で理解する。
――通じない。
この男には。
◇
その時。
檻の中から視線が集まる。
奴隷たち。
獣人。
亜人。
子供。
みんなボロボロだった。
それでも。
その目だけは、ドグマを見ていた。
憎悪で。
◇
リゼが小さく呟く。
「……最低」
グランも吐き捨てる。
「死んだ方がマシなクズだな」
エレノアは静かに士郎を見ていた。
どうするのか。
◇
ドグマは泣き叫ぶ。
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
士郎はゆっくり近づく。
そして。
静かに言った。
「お前」
ドグマが震える。
士郎の目が細くなる。
「うるさい」
次の瞬間。
拳。
ドゴォォォォン!!!
ドグマの頭部が消し飛んだ。
静寂。
地下奴隷市場支配者。
ドグマ。
死亡。
◇
沈黙が続く。
そして。
檻の中の奴隷たちが、呆然と士郎を見る。
理解できない。
今まで絶対だった男が。
一瞬で死んだ。
◇
士郎は興味なさそうに血を払う。
そして。
檻を見る。
鎖。
鉄格子。
泣いている子供。
痩せ細った奴隷たち。
その時。
士郎が拳を振るった。
轟音。
鉄格子が吹き飛ぶ。
檻が開く。
奴隷たちが目を見開く。
士郎は短く言った。
「帰れ」
静寂。
そして。
誰かが泣き出した。
◇
観客席では、誰も動けなかった。
今、自分たちは何を見たのか。
黒コートの怪物。
殺し屋。
地下都市を暴れる災害。
――なのに。
奴隷を解放した。
理解できない。
◇
グランが苦笑する。
「お前、ほんと訳分かんねぇな」
リゼは少し笑った。
「でも、嫌いじゃないよ」
エレノアは静かに士郎を見る。
そして。
妖艶に笑う。
「優しい魔王ね」
士郎は少し眉をひそめた。
「気持ち悪いこと言うな」
その瞬間。
地下奴隷闘技場に、初めて笑い声が響いた。




