第7話 黒狼
オーク掃討の翌朝。
城壁都市ルーガスは騒然としていた。
酒場。
市場。
冒険者ギルド。
話題は一つ。
昨夜の怪物。
「聞いたか?」
「オークの群れを一人で潰したらしい」
「しかもB級のオークジェネラルまで……」
「嘘だろ?」
誰も信じていない。
だが。
現場を見た冒険者たちは全員、青い顔で頷いた。
現実だった。
◇
冒険者ギルド。
朝だというのに、人が溢れていた。
その中心。
黒いコートの男。
西園寺士郎。
ギルド内の視線が集中している。
恐怖。
好奇。
警戒。
士郎は気にしない。
受付カウンターへグレイブウルフやオークの討伐証明を置く。
受付嬢の手が震えていた。
「……ほ、本当に全部一人で?」
「ああ」
「オークジェネラルも……?」
「弱かった」
ギルドが静まり返る。
弱かった。
B級危険種を。
受付嬢は半泣きだった。
「規格外すぎる……」
横でリゼが頭を抱える。
「ほんとに思ったことそのまま言うんだから……」
その時。
奥からギルドマスターが現れた。
白髪混じりの壮年。
隻眼。
大柄。
周囲の空気が変わる。
「マスターだ……」
「ダグラス……!」
ギルドマスター、ダグラス。
元A級冒険者。
この街最強クラス。
ダグラスは士郎を見る。
数秒。
沈黙。
そして。
「お前、本当に人間か?」
士郎は即答した。
「たぶんな」
ギルド内で吹き出す者が出る。
だがダグラスは笑わなかった。
目が本気だった。
士郎の身体から漂う空気。
戦場の匂い。
そして何より。
“壊れ方”。
普通の強者ではない。
ダグラスは腕を組む。
「レオンから話は聞いた」
「そうか」
「お前、何者だ」
士郎は少し考える。
だが答えは変わらない。
「殺し屋だ」
ダグラスの眉がわずかに動いた。
妙に納得した。
この男の動きは、冒険者じゃない。
軍人でもない。
純粋な暗殺者。
人を殺すためだけに完成された技術。
だから異常に強い。
ダグラスは低く言う。
「この街で暴れるな」
「暴れるつもりはない」
「信用できんな」
その通りだった。
士郎自身も、自分が普通じゃないことは分かっている。
だが。
抑える気もあまりない。
その時。
ギルドの扉が勢いよく開いた。
血だらけの男が転がり込む。
冒険者だった。
「た、助けてくれ……!」
ギルド内が騒然となる。
ダグラスが駆け寄る。
「何があった!」
男は震えながら叫んだ。
「東の鉱山が……!」
息が乱れる。
恐怖で顔が歪んでいた。
「盗賊団に占拠された!!」
空気が変わる。
レオンの目が細くなる。
「どこの連中だ」
男は唇を震わせた。
「“赤蛇”……!」
ざわめき。
冒険者たちの顔色が変わる。
リゼが小さく呟く。
「赤蛇って……」
レオンが舌打ちする。
「最悪だな」
士郎が聞く。
「強いのか」
ダグラスが答える。
「この辺りじゃ最大級の盗賊団だ」
数百人規模。
元傭兵。
元騎士。
殺し屋。
犯罪者の集まり。
しかも。
「鉱山の住民が人質に取られてる」
ギルド内が重くなる。
レオンが剣へ手を置く。
「討伐隊を出すしかないな」
だが。
士郎は静かに聞いた。
「数は」
「……百以上」
士郎は少し黙る。
そして。
「少ないな」
空気が止まった。
リゼが頭を抱える。
「もう嫌この人……」
ダグラスが士郎を見る。
「まさか一人で行く気か」
「問題あるか?」
ダグラスは本気で悩んだ。
止めるべきか。
だが。
この男なら、本当にやりかねない。
レオンがため息を吐く。
「好きにしろ」
「おいレオン!?」
「どうせ止まらん」
その通りだった。
士郎は黒いコートを翻す。
そして歩き出す。
その背中を見ながら、ギルド内の誰かが呟いた。
「黒狼……」
いつの間にか。
誰かがそう呼び始めていた。
黒いコート。
獣みたいな強さ。
戦場を喰らう怪物。
西園寺士郎。
その異名が、少しずつ街に広がり始めていた。




