第67話 奴隷商人ドグマ
地下奴隷闘技場。
空気が凍っていた。
観客たちの視線が、一斉に士郎へ集まる。
黒いコート。
血の匂い。
そして。
――あの目。
「黒コートの新人……」
「昨日の怪物か……?」
ざわめきが広がる。
まだ確信ではない。
それでも。
本能が理解し始めていた。
――関わってはいけない、と。
◇
闘技場中央。
斧闘士が怒鳴る。
「ふざけやがって!!」
巨大な斧を振り上げ、士郎へ突進する。
轟音。
殺意全開。
しかし。
士郎は動かない。
そして。
斧が振り下ろされる寸前。
踏み込んだ。
最短。
最速。
拳。
ドゴォォォォン!!!
斧闘士の上半身が吹き飛んだ。
血飛沫。
肉片。
静寂。
観客席が凍る。
実況すら声を失っていた。
◇
士郎は興味なさそうに血を払う。
「弱い」
獣人少年は震えていた。
目の前で何が起きたのか理解できない。
リゼが急いで駆け寄る。
「大丈夫!?」
少年は怯えたまま頷く。
鎖だらけ。
痩せ細っている。
どれだけ酷い扱いを受けてきたか、一目で分かった。
◇
上層席。
奴隷闘技場オーナー、ドグマの顔が歪む。
「……ガキが」
太った身体。
大量の指輪。
下品な笑み。
典型的な成金だった。
周囲には重武装護衛。
それでも。
ドグマ自身は一歩も動かない。
完全に他人を盾にするタイプ。
グランが舌打ちする。
「胸糞悪ぃ野郎だな」
エレノアは静かに笑う。
「こういう男ほど長生きするのよね」
◇
ドグマが怒鳴る。
「捕まえろ!!」
次の瞬間。
闘技場周囲から武装闘士たちが雪崩れ込んだ。
剣。
槍。
斧。
数十人。
観客たちが熱狂する。
「始まった!!」
「殺せぇぇぇ!!」
完全に見世物だった。
◇
――それでも。
士郎は笑っていた。
「いい」
次の瞬間。
黒狼が動く。
轟音。
拳。
蹴り。
肘。
人体破壊術。
武装闘士たちが次々吹き飛ぶ。
頭蓋粉砕。
関節破壊。
喉潰し。
全部一撃。
観客席が静まり返っていく。
あまりにも。
殺し慣れしていた。
◇
グランの顔が引きつる。
「相変わらず容赦ねぇな……」
リゼも顔をしかめる。
「ちょっと怖くなってきた……」
エレノアだけは楽しそうだった。
「今さら?」
◇
その時。
一人の武装闘士が背後から少年へ斬りかかった。
リゼが叫ぶ。
「危ない!!」
しかし。
次の瞬間。
士郎のナイフが飛んだ。
銀閃。
武装闘士の喉へ突き刺さる。
絶命。
静寂。
観客席がどよめく。
「ナイフ……?」
「アイツ武器も使えんのか!?」
グランが苦笑する。
「そりゃ元殺し屋だからな……」
その瞬間。
観客席の空気が変わった。
――殺し屋。
その単語だけで。
地下都市の住人たちは理解する。
士郎の“異常性”を。
◇
士郎はゆっくりドグマを見る。
黒い瞳。
感情がない。
それでも。
その奥だけは冷えていた。
ドグマの顔から余裕が消える。
初めてだった。
自分が“獲物側”になった感覚。
士郎は静かに言う。
「次はお前か?」
その瞬間。
地下奴隷闘技場から、悲鳴が消えた。




