第66話 奴隷闘技場
地下闘技都市グラディウス。
昨夜から、一人の新人の噂が広がり始めていた。
バルガンを倒した黒コート。
“紫電”カインを沈めた素手の男。
まだ名前を知らない者も多い。
それでも。
一部の観客たちは、すでにこう呼び始めていた。
――黒狼。
◇
酒場。
賭博場。
裏路地。
どこでも同じ話題だった。
「昨日の試合見たか?」
「カイン負けたってマジかよ……」
「しかも素手だぞ」
「ありえねぇ……」
半信半疑。
しかし。
全員少しずつ理解し始めていた。
――あれは本物だ、と。
◇
その頃。
士郎たちは地下都市内部を歩いていた。
リゼは周囲を警戒している。
「なんか視線増えてない?」
「増えてるわね」
エレノアは楽しそうだった。
実際。
裏組織。
闘技場運営。
賭博屋。
奴隷商人。
全員が士郎へ注目し始めている。
地下都市の怪物たちが、“黒コートの新人”を認識し始めた。
◇
その時。
遠くから歓声が響いた。
しかし。
普通の闘技場とは違う。
歓声が濁っている。
悲鳴が混ざっていた。
リゼが顔をしかめる。
「……嫌な感じ」
後ろを歩いていたグランも、露骨に眉をひそめた。
「こっちは上級闘技場じゃねぇな」
地下闘技都市に来てから、グランは地下都市の案内役をしていた。
元傭兵の経験もあり、この手の裏社会には詳しい。
だからこそ分かる。
この歓声は異常だった。
◇
路地を抜ける。
そこにあったのは。
地下奴隷闘技場。
鉄格子。
鎖。
檻。
そして。
痩せ細った奴隷戦士たち。
観客たちは酒を飲みながら笑っていた。
「殺せ!!」
「立てよゴミ!!」
「次死んだら女出せ!!」
完全な地獄だった。
◇
闘技場中央。
獣人の少年が倒れていた。
まだ子供。
血まみれ。
対するのは、大男。
斧を持った闘士。
観客は熱狂している。
少年は立てない。
それでも。
審判は笑っていた。
「続行ォ!!」
リゼの顔が青ざめる。
「最低……」
グランも険しい顔になる。
「胸糞悪ぃな」
しかし。
士郎だけは静かだった。
その黒い瞳が。
闘技場上層席を見ている。
そこには。
太った男。
大量の護衛。
地下奴隷闘技場のオーナー。
ドグマ。
観客たちが媚びるように笑っている。
エレノアが静かに言う。
「この辺りの奴隷市場を支配してる男よ」
◇
その時。
獣人少年の腕が斧で叩き潰された。
絶叫。
観客大歓声。
リゼが目を逸らす。
「……最悪」
士郎は静かだった。
だが。
エレノアは気づく。
黒い靄。
少し濃くなった。
士郎がゆっくり歩き出す。
リゼが振り向く。
「士郎?」
士郎は止まらない。
闘技場へ降りていく。
観客たちがざわついた。
「なんだアイツ?」
「乱入か?」
審判が怒鳴る。
「止まれ!!」
次の瞬間。
ドゴォォォォン!!!
審判の身体が吹き飛んだ。
壁へ激突。
沈黙。
士郎は静かに獣人少年の前へ立つ。
斧闘士が怒鳴る。
「誰だテメェ!!」
士郎は答えない。
ただ。
静かに拳を握る。
観客席がざわつく。
「黒コート……」
「まさか昨日の……?」
上層席のドグマも目を細めた。
そして。
士郎は笑った。
獰猛に。
「気に入らんな」
その瞬間。
地下奴隷闘技場の空気が変わった。




