第65話 紫電絶影
地下闘技場。
空気が凍っていた。
“紫電”カイン。
地下都市上位ランカー。
その両剣から、異様な圧力が溢れている。
観客たちが息を呑む。
「来るぞ……!」
「カインの本気だ……!」
実況も震えていた。
「し、紫電流最終奥義ィィィ!!」
◇
カインが静かに構える。
呼吸。
重心。
気配。
全部が消える。
まるで。
存在そのものが薄くなったようだった。
リゼが顔をしかめる。
「……消えた?」
エレノアの赤い瞳が細くなる。
「完成されてるわね」
暗殺剣。
気配遮断。
殺意すら表へ漏らさない。
地下都市でも最高峰。
――それでも。
士郎は笑っていた。
◇
次の瞬間。
カインが消える。
完全に。
観客席がどよめく。
「いない!?」
「どこだ!?」
実況ですら目で追えない。
しかし。
士郎だけは静かだった。
黒い瞳。
わずかに細くなる。
見えていた。
空気の揺れ。
筋肉の軋み。
空間の違和感。
そして。
“斬撃が来る軌道”そのものが。
アガルタ以降。
魔王因子は士郎の感覚そのものを異常強化していた。
本人すら自覚していない領域で。
◇
「遅い」
その瞬間。
士郎の肘が動く。
轟音。
カインが強制的に姿を現した。
観客席が凍る。
「見えてたのか!?」
「嘘だろ!?」
カイン自身も驚愕していた。
今の一撃。
完全な死角。
完全な気配遮断。
なのに。
この男は反応した。
◇
次の瞬間。
カインが再加速する。
紫電流最終奥義。
“紫電絶影”。
超高速斬撃。
連続。
死角。
フェイント。
全部が混ざる。
観客には何も見えない。
ただ。
闘技場へ無数の斬撃痕だけが刻まれていく。
◇
士郎の身体から血が飛ぶ。
肩。
脇腹。
背中。
深い。
しかし。
士郎は笑っていた。
「いい」
カインの顔が歪む。
理解できない。
なぜ倒れない。
なぜ笑える。
普通の人間なら、とっくに死んでいる。
◇
その時。
士郎が踏み込む。
最小動作。
最短距離。
カインの剣を掌で逸らす。
同時に。
膝蹴り。
肘打ち。
喉への拳。
全部必殺。
カインが無理やり後退する。
しかし。
遅い。
士郎の拳が腹へ突き刺さる。
轟音。
カインが血を吐いた。
観客席がどよめく。
「また読んだ!!」
「なんなんだアイツ!!」
◇
士郎は静かに歩く。
血まみれ。
それでも。
まるで効いていない。
カインは理解し始めていた。
この男。
単純に強いんじゃない。
殺しに特化しすぎている。
技術。
経験。
身体能力。
全部が噛み合っている。
しかも今は。
そこへ、説明不能な“何か”まで加わっている。
――だから隙がない。
◇
カインは笑った。
血を吐きながら。
「最高だ……」
士郎も笑う。
「ああ」
次の瞬間。
両者が同時に踏み込んだ。
轟音。
紫の斬撃。
黒い拳。
真正面激突。
観客たちは息を呑む。
そして。
静寂。
カインの剣が止まっていた。
士郎の手が。
刃を掴んでいる。
血が流れる。
それでも。
止めていた。
カインの目が見開かれる。
その瞬間。
士郎の拳が動いた。
ドゴォォォォォン!!!
カインの身体が吹き飛ぶ。
闘技場を転がり。
壁へ激突。
石壁が崩落する。
静寂。
そして。
カインは笑いながら崩れ落ちた。
「……負けだ」
地下闘技都市上位ランカー。
“紫電”カイン。
敗北。
◇
観客席が爆発した。
「うおおおおおお!!!」
「なんだアイツ!!」
「本当に新人かよ!!」
実況が叫ぶ。
「また勝ったァァァァ!! 黒コートの怪物ゥゥゥゥ!!」
歓声。
恐怖。
熱狂。
全部混ざっていた。
そして。
誰もが理解し始めていた。
この男。
地下闘技都市そのものを壊しかねない。




