第62話 紫電
地下闘技都市グラディウス。
昨夜の試合は、街中で噂になっていた。
酒場。
賭博場。
裏路地。
どこへ行っても話題は同じ。
――“バルガンを倒した新人”。
それでも。
まだ誰も信じ切れていなかった。
◇
酒場。
傭兵たちが酒を飲みながら騒いでいる。
「昨日の試合見たか?」
「バルガンが負けたってマジかよ」
「どうせ八百長だろ」
「いや、俺見てたけどアレはヤバかった……」
空気は半信半疑。
しかし。
一つだけ共通していた。
全員、少し怖がっている。
◇
その頃。
士郎本人は普通に飯を食っていた。
山盛り肉。
五人前。
リゼが呆れる。
「ほんとよく食べるね……」
「腹が減る」
アガルタ以降、さらに酷い。
戦うたび。
黒い力を使うたび。
身体が異常に飢える。
エレノアは静かに士郎を見る。
黒い靄。
薄い。
それでも。
完全には消えなくなっていた。
◇
その時。
酒場の扉が開く。
空気が変わる。
入ってきたのは。
細身の男。
長い黒髪。
紫の瞳。
腰には二本の細剣。
周囲の客たちがざわつく。
「“紫電”のカインだ……」
「闘技場ランカー……!」
地下闘技都市上位戦士。
超高速二刀流。
試合相手を百人以上斬り殺してきた男。
そのカインが、士郎の前で止まる。
紫の瞳が細くなる。
「お前か」
士郎は肉を食いながら答える。
「ああ」
「バルガンを倒したっていう新人は」
士郎は興味なさそうだった。
「そうらしいな」
カインは笑う。
獰猛に。
「なら、試させてもらう」
リゼが頭を抱える。
「また始まった……」
◇
周囲の客たちは盛り上がっていた。
「おいおい!!」
「カインが直々に来たぞ!」
「流石に新人じゃ無理だろ」
「バルガン戦も偶然かもしれねぇしな」
まだ誰も確信していない。
士郎が本当に怪物なのか。
だから。
みんな見たがっている。
――本物かどうかを。
◇
数時間後。
地下闘技場。
再び満員。
観客たちは熱狂していた。
実況が叫ぶ。
「現れたァァァ!! 昨日バルガンを沈めた新人ォォォ!!」
歓声。
絶叫。
熱狂。
――それでも。
まだ半分は疑っている。
偶然か。
本物か。
対するカインは、静かに剣を抜く。
細い。
美しい剣。
しかし。
殺気は鋭い。
カインは笑う。
「拳だけでどこまでやれるかな」
士郎は静かだった。
そして。
「試してみろ」
次の瞬間。
カインが消えた。
超高速。
観客席から悲鳴が上がる。
速すぎて見えない。
実況すら目で追えない。
それでも。
士郎だけは笑っていた。
「速いな」
その瞬間。
士郎の頬から血が飛んだ。




