第61話 拳で語る男
地下闘技場。
静寂。
誰も動けなかった。
巨鬼化したバルガン。
地下都市最強。
その腕が。
たった一撃で爆散した。
観客席の誰かが呟く。
「……嘘だろ」
実況すら止まっていた。
理解できない。
今、何が起きたのか。
◇
闘技場中央。
バルガンは自分の腕を見る。
砕けた。
いや。
内側から潰された。
骨ごと。
筋肉ごと。
完全に。
ゆっくり士郎を見る。
黒いコート。
血まみれ。
それでも。
静かに立っている。
その姿に。
初めて寒気を覚えた。
「お前……」
士郎は少し笑う。
「まだやるか?」
◇
観客席がざわつき始める。
「なんなんだアイツ……」
「バルガンが押されてる……?」
「いや、違う」
誰かが震える声で言った。
「あの黒コートの方が怪物だ」
◇
バルガンは笑った。
痛みで顔を歪めながら。
それでも。
嬉しそうに。
「最高だな……」
士郎の目が細くなる。
バルガンは負けを認めていなかった。
むしろ。
もっと殴り合いたがっている。
士郎は少し笑う。
「いい目だ」
◇
次の瞬間。
バルガンが残った腕で突っ込む。
最後の全力。
闘気最大出力。
空気が裂ける。
実況が絶叫する。
「決着ゥゥゥゥゥ!!!」
士郎は避けない。
真正面から踏み込む。
拳。
激突。
轟音。
そして。
静寂。
バルガンの拳が止まっていた。
士郎の拳が。
バルガンの胸を貫いていた。
血飛沫。
巨体が揺れる。
◇
観客席が完全に沈黙する。
誰も歓声を上げない。
怖かった。
今、目の前で起きたものが。
士郎は拳を引き抜く。
バルガンは数歩よろめいた。
そして。
笑う。
満足そうに。
「……負けた」
崩れ落ちる。
地下闘技都市最強。
“巨人殺し”バルガン。
敗北。
◇
静寂。
――その直後。
歓声が爆発した。
「うおおおおおおお!!!」
「なんだアイツ!!」
「化け物だァァァ!!」
熱狂。
恐怖。
興奮。
全部混ざっていた。
実況が叫ぶ。
「勝者ァァァァ!! 謎の挑戦者ァァァァ!!」
観客たちは士郎の名前を知らない。
それでも。
もう全員理解していた。
とんでもない怪物が現れた。
◇
リゼはため息を吐く。
「絶対また面倒なことになる……」
エレノアは笑う。
「もうなってるわよ」
実際。
闘技場関係者。
裏組織。
賭博屋。
全員が士郎を見ていた。
獲物を見る目で。
あるいは。
災害を見る目で。
◇
その時。
倒れたバルガンが笑いながら言った。
「名前……聞いてなかったな」
士郎は静かに答える。
「西園寺士郎」
バルガンは笑う。
そして。
観客席へ向かって叫んだ。
「覚えとけ!!」
闘技場全体が静まる。
バルガンは血を吐きながら笑った。
「コイツは本物の怪物だ!!」
沈黙。
その言葉が。
地下闘技都市グラディウス全域へ広がっていく。
黒狼。
西園寺士郎。
その名が。
地下世界へ刻まれた瞬間だった。




