第57話 魔女と死神
古代都市アガルタ。
崩壊寸前。
神代文明の塔群が次々倒れていく。
空は黒い魔力で染まり。
地面は裂け。
都市そのものが悲鳴を上げていた。
その中心。
西園寺士郎が立っている。
血まみれで。
黒い靄を纏いながら。
◇
士郎の背後。
巨大な黒い影。
王冠。
赤黒い瞳。
巨大な翼。
――“原初の魔王”。
その輪郭が、今までで最も鮮明に現れていた。
古代兵器群ですら後退る。
本能的に。
恐怖していた。
◇
リゼは震えていた。
士郎ではない。
あの影。
見ているだけで息が苦しい。
エレノアの表情も険しい。
珍しく。
本当に珍しく。
余裕が消えていた。
「予想より早い……」
グランが叫ぶ。
「だから何がだよ!?」
エレノアは士郎を見つめたまま答える。
「魔王化よ」
沈黙。
リゼの顔が凍る。
グランの背筋にも寒気が走った。
目の前にいるのは、もう普通の人間ではない。
◇
その時。
原初の残滓がゆっくり両腕を広げた。
【継承開始】
瞬間。
黒い魔力が士郎へ流れ込む。
轟音。
空間が歪む。
士郎の身体から、さらに濃い黒い靄が噴き出した。
リゼが叫ぶ。
「士郎!!」
しかし。
士郎は笑っていた。
熱い。
身体が軽い。
今まで感じたことのない力。
壊せる。
全部。
そんな感覚が全身を満たしていた。
◇
原初の残滓が笑う。
【貴様は完成する】
【世界を滅ぼす王へ】
その瞬間。
士郎の黒い瞳が、一瞬だけ赤く染まった。
エレノアの顔色が変わる。
「まずい!」
次の瞬間。
士郎が踏み込む。
轟音。
速い。
今までとは別次元。
原初の残滓の眼前へ到達する。
拳。
ドゴォォォォォォォン!!!
空間が砕けた。
原初の残滓の上半身が吹き飛ぶ。
グランが絶句する。
「なっ……!?」
それでも。
残滓は笑っていた。
【素晴らしい】
肉体再生。
黒い肉が蠢き、身体が戻っていく。
士郎はさらに笑う。
獰猛に。
「死ね」
◇
拳。
蹴り。
肘。
人体破壊術。
そこへ。
黒い魔力が混ざり始める。
一撃ごとに空間が歪む。
建物が消し飛ぶ。
古代兵器群が余波だけで崩壊していく。
もはや人間同士の戦いではない。
災害。
神話。
その領域だった。
◇
エレノアは静かに見つめる。
士郎。
原初の残滓。
そして。
士郎の背後に立つ巨大な魔王の影。
確信していた。
西園寺士郎は。
本当に。
“原初の魔王”の器だ。
◇
その時。
原初の残滓が士郎の拳を受けながら、静かに呟く。
【何故、抗う】
士郎は笑う。
「勘違いするな」
【……】
士郎の黒い瞳が細くなる。
「俺を器にできると思ってるのか?」
沈黙。
その瞬間。
エレノアの赤い瞳が見開かれた。
初めてだった。
士郎が。
“力”ではなく。
“自分自身”を選んだ。
原初の魔王ですら。
支配する側に回る。
それが西園寺士郎だった。
◇
原初の残滓が初めて怒気を放つ。
【ならば奪う】
黒い波動。
都市全域を飲み込む超圧力。
それでも。
士郎は真正面から踏み込む。
笑っていた。
「やってみろ」
次の瞬間。
士郎の拳が、原初の残滓の核を貫いた。
静寂。
そして。
原初の残滓の身体が崩壊を始める。
黒い灰。
風化。
消滅。
最後に。
残滓は静かに笑った。
【いずれ貴様は理解する】
【自分が何者かを】
そして。
原初の魔王の残滓は、完全に消滅した。
◇
静寂。
崩壊するアガルタ。
士郎はその場に立っていた。
全身血まみれ。
黒い靄は、まだ消えていない。
エレノアが近づく。
赤い瞳で士郎を見る。
そして。
静かに言った。
「あなた、本当に魔王になるわ」
沈黙。
リゼが不安そうに士郎を見る。
しかし。
士郎は少し笑った。
「だからどうした」
その言葉に。
エレノアは妖艶に笑う。
嬉しそうに。
恐ろしいほどに。
◇
崩壊する古代都市。
黒い灰が舞う。
士郎は血まみれのまま歩き出す。
エレノアが隣へ並ぶ。
リゼは不安そうに士郎の背中を見る。
そして後方では。
グランが瓦礫を見ながら、乾いた笑いを漏らしていた。
「……もう傭兵辞めようかな」
誰も答えない。
グランは士郎の背中を見る。
黒い靄。
血まみれのコート。
まるで本物の魔王。
――それでも。
その背中から、不思議と目が離せなかった。
崩壊する古代都市を後にしながら。
黒狼たちは、静かに次の地獄へ向かっていく。
第三章『魔女と死神編』 完。




