第47話 壊れた男
災厄級魔獣、消滅。
王都中央広場には静寂が落ちていた。
崩壊した街。
黒い灰。
焼け焦げた大地。
兵士たちは呆然と立ち尽くしている。
勝った。
確かに勝った。
だが。
誰も歓声を上げられなかった。
◇
その中心。
西園寺士郎が立っている。
全身血まみれ。
黒いコートは焼け落ち、肌も裂けていた。
普通なら即死。
だが、士郎はまだ立っている。
そして。
笑っていた。
ほんの少し。
満足そうに。
兵士たちの背筋が寒くなる。
災厄級を倒した直後に。
なんでそんな顔ができる。
◇
リゼが駆け寄る。
「士郎!!」
士郎は振り向く。
「なんだ」
「なんだじゃないよ!!」
リゼの目には涙が浮かんでいた。
脇腹は貫かれ。
身体は焼け焦げ。
それなのに。
平然としている。
リゼは震える声で言う。
「死ぬかと思った……」
士郎は少し黙る。
そして。
「死ななかった」
リゼは唇を噛む。
この男は、本当に壊れている。
◇
その時。
エレノアが近づいてきた。
赤い瞳が士郎を見る。
正確には。
士郎の中を見ていた。
黒い靄。
まだ消えていない。
エレノアは静かに言う。
「今、自分で何をしたか分かる?」
士郎は眉をひそめる。
「殴った」
「そうね。でも、“ただ殴った”だけじゃない」
エレノアの声は真剣だった。
珍しく、ふざけていない。
「あなた、魔力を使ったわ」
沈黙。
リゼが目を見開く。
「え……?」
士郎は即答した。
「俺に魔力はない」
それは事実だった。
今まで何度測っても。
西園寺士郎には魔力反応が存在しない。
だが。
エレノアは首を振る。
「普通の魔力じゃない」
赤い瞳が細くなる。
「もっと古いものよ」
◇
兵士たちは遠巻きに三人を見ていた。
近づけない。
怖い。
特に。
今の士郎は危険だった。
身体から漏れる黒い気配。
まるで。
別の何かが中にいるみたいだった。
兵士の一人が震える声で呟く。
「本当に……人間なのか?」
その言葉を。
誰も否定できなかった。
◇
エレノアは崩壊した広場を見る。
黒い灰。
消滅した災厄級魔獣。
そして。
砕けた黒核。
彼女は静かに呟く。
「古代文明が封印していた理由、分かったわ」
士郎が聞く。
「なんだ」
「“魔王殺し”だからよ」
沈黙。
エレノアは士郎を見る。
「さっきの魔獣、あなたを見た瞬間に反応した」
リゼの顔が曇る。
エレノアは続ける。
「あれは“魔王”を殺すための兵器」
そして。
静かに言った。
「つまり、この世界は昔から、“魔王の復活”を想定していた」
空気が重くなる。
だが。
士郎は興味なさそうだった。
「どうでもいい」
即答。
エレノアが笑う。
「でしょうね」
本当にこの男は変わらない。
世界が滅びる話をしても。
本人は強敵にしか興味がない。
◇
その夜。
王都。
兵士たちは酒場で震えながら語っていた。
「見たか……?」
「災厄級を殴り殺した……」
「灰の魔女と並んで戦ってたぞ……」
「終わってる……」
そして。
必ず最後に出る言葉。
“黒狼”。
その名はもう。
英雄譚じゃなかった。
怪談だった。
◇
深夜。
士郎は一人で王都外壁に立っていた。
風が吹く。
静かな夜。
だが。
身体の奥がざわつく。
今日の戦い。
あの瞬間。
確かに何かが溢れた。
黒い力。
熱。
破壊衝動。
士郎は拳を握る。
その時。
後ろから声。
「眠れない?」
エレノアだった。
銀髪が夜風に揺れる。
士郎は振り返らない。
「ああ」
エレノアは隣へ立つ。
そして。
静かに言った。
「あなた、いずれ世界を壊すわ」
沈黙。
普通なら笑えない言葉。
だが。
士郎は少しだけ笑った。
「だからどうした」
エレノアも笑う。
妖艶に。
そして確信する。
この男は本当に。
“魔王”になる。




