第二部 第217話 初めて
静寂が落ちていた。
崩れた石床。
砕けた空間。
誰も動かない。
最初の観測者だけが、自分の口元へ指を触れていた。
長い沈黙。
まるで。
何が起きたのか確かめるみたいに。
士郎が少し首を傾げる。
「何してる」
最初の観測者は答えない。
少し間。
そして。
小さい声。
「分かりません」
静かな声。
「今のは何ですか」
士郎は少し笑った。
目が細い。
「笑ったんだろ」
短く。
「今」
最初の観測者が止まる。
長い沈黙。
自分の口元へ触れる。
小さい声。
「……これが」
少し間。
「笑う」
静かな目。
「というものですか」
翔が煙を吐いた。
静かな目。
「知らなかったのか」
最初の観測者は小さく頷く。
少し間。
「必要ありませんでした」
静かな声。
「今までは」
沈黙。
セレナが静かに見ていた。
小さい声。
「ずっと独りだったから」
最初の観測者は否定しない。
肯定もしない。
ただ。
静かだった。
士郎が鼻を鳴らす。
「なるほどな」
短く。
「暇だったんだな」
最初の観測者は士郎を見る。
翔を見る。
そして。
少し間。
小さい声。
「変ですね」
静かな声。
「理解できません」
「観測もできません」
少し間。
「なのに」
ほんの少しだけ。
口元が緩む。
「退屈しない」
沈黙。
翔の煙が揺れる。
静かな目。
「そうか」
短く。
「良かったな」
最初の観測者が少し止まる。
「良かった?」
翔は煙を吐く。
少し間。
「長生きしすぎたんだろ」
静かな声。
「少しくらい面白い事があった方がいい」
長い沈黙。
最初の観測者は翔を見ていた。
理解できないものを見る目。
けれど。
ほんの少しだけ。
口元が緩む。
「……そうですね」
小さい声。
「そうかもしれません」
士郎が少し笑った。
目が細い。
「確かにな」
短く。
「で」
拳を握る。
骨が鳴る。
「もう一回やるか」
最初の観測者は静かだった。
少し間。
そして。
初めて。
自分の意思で。
ほんの少しだけ笑った。
「ええ」
静かな声。
「是非」
その瞬間。
石床が砕けた。
轟音。
士郎の姿が消える。
翔の煙が揺れる。
最初の観測者は笑っていた。
本当に小さく。
けれど確かに。
目覚めてから今まで。
一度も無かった表情で。




