第二部 第205話 観測者
静寂が重かった。
果ての見えない石床。
時間だけに削られたような灰色。
中央にぽつりと存在する玉座。
誰も居ない。
なのに。
空席というには妙に存在感があった。
士郎は躊躇なく腰を下ろしていた。
笑うものが頭を抱える。
『いや何で座るんだよ!?』
『普通警戒するだろ!?』
士郎は肘を掛ける。
退屈そうに周囲を見る。
「座れそうだった」
短く。
「それだけだ」
本気だった。
深い理由など無い。
翔が煙を吐く。
周囲を見る。
認識。
気配。
流れ。
何も無い。
殺意も。
意思も。
生も。
死も。
認識に引っ掛かるものが何一つ存在しなかった。
少し間。
「……空だな」
静かな声。
「空っぽすぎる」
何も無い場所は存在する。
虚無界もそうだった。
だがここは違う。
何も無いのではなく。
何も残っていないように感じた。
セレナは玉座を見ていた。
少しだけ目を細める。
「……分かりません」
小さい声。
「でも」
少し間。
「見ていた場所」
静かな瞳。
「そんな気がします」
笑うものが顔をしかめる。
『いやもう嫌な予感しかしないんだけど』
その時だった。
音もなく。
本当に。
気付いた時には。
玉座の少し後ろ。
誰かが立っていた。
誰も現れる瞬間を見ていない。
気配も無い。
音も無い。
流れも無い。
ただ。
居た。
白でも黒でもない服。
男か女かも曖昧。
若くも見える。
老いても見える。
生き物なのに。
生き物らしくない。
存在感だけが妙に古い。
笑うものが固まる。
『……え?』
短い沈黙。
『いつから居た?』
誰も答えない。
誰にも分からない。
翔の煙が止まった。
初めて。
少しだけ目が細くなる。
沈黙。
それから。
小さい声。
「……効かねぇな」
右手が僅かに下がる。
いつもの霧流掌。
既に撃っていた。
現れた瞬間。
反射で。
当然のように。
だが。
何も起きない。
相手はそこに居る。
傷一つ無い。
気付いていた様子も無い。
最初の観測者は。
自分の手を少し見た。
不思議そうだった。
小さい声。
「今のは」
少し間。
「死でしたか?」
翔が煙を吐く。
少し間。
静かな声。
「生命寄りじゃねぇな」
最初の観測者は少しだけ考える。
まるで。
忘れていた何かを思い出すように。
そして。
静かに頷いた。
「長く見すぎました」
小さい声。
「もう、近くありません」
意味は分からない。
だが。
本人にとっては当然の答えだった。
士郎が初めて少し笑う。
目が細い。
退屈そうだった顔に。
ほんの少しだけ熱が宿る。
「お前」
少し間。
「強そうだな」
初めてだった。
管理中枢を壊した後。
本気で興味を示した相手は。
最初の観測者は静かに士郎を見る。
敵意はない。
恐怖もない。
警戒すらない。
ただ。
長い時間。
初めて何かを見る目だった。
「規格外ですね」
小さい声。
「あなた達は」
士郎が笑う。
翔が煙を吐く。
セレナは黙ったまま見ている。
笑うものだけが乾いた顔になる。
『いや待って』
短い沈黙。
『またヤバいの増えた!?』
『しかも本人にその自覚無さそうなんだけど!?』
静かな空間に。
初めて会話が生まれていた。




